夢十六話
ヤマアラシのような後ろ向きの紅髪が今だけは総毛立っている。
ピンク色の尻尾の毛もピーンと逆立っていた。
この世界にもTシャツ短パンに模したデザインの格好があるのだと思いつつ、四つんばいになって戦闘態勢に入るネコ娘が八重歯を見せた。
「行くにゃむ!」
小手調べの如く、ポニーほどの大きさの白に踵蹴りを放ってきた。
後退して難なくよけたメイ・ルーの目の前に、ニャムが素早く押し迫る。
「ふんぬっ」
腰を軸にひねりを加えた正拳突き。馬体を掠めて飛んでいった衝撃は、後方の遺跡の壁をぶちぬいていた。
白毛のたてがみの一部が空に舞って落ちていく。
パワータイプの獣人に対し、白い角獣は俊敏さが持ち味である。
どっかんばっかん石畳を破壊する肉弾戦の相手をかわし、攻撃を空振りさせたと同時に後ろ足蹴りを放った。
自身の勢いで胴体にカウンターをもらったネコ娘が場外に飛んでいきかけたものの、回転してなんとか舞台の端で踏み止まった。
「やるにゃ」
擦り傷のひざに視線を落としたピンクな顔がはっとした。自身のハリネズミのような髪が帯電していたからだ。
「平らな石畳の限られたここでは、ニャム姫は突起物同然」
メイ・ルーの角が光った。同時に、最も光を呼び込みやすい尖った物体、この場合針髪獣がいた場所に雷鳴が轟いた。
「客人!」
中羽のおっさんが預かり物の身を案じて立ち上がる。煙のなかから突進してきたニャムがいってえなあと叫んで紅髪を振り乱した。
至近距離で放たれた髪の毛は針の波となってメイ・ルーを襲う。
蒼い角で紅針を振り払い、続いて繰り出された横蹴りをポニーの尾で絡めとったものの、三段仕立ての連携攻撃になっていたニャムのピンクの尻尾がムチのようにしなって、無防備な白毛の横っ腹をしたたかに打った。
声も出ず石畳の上に横滑りしながら倒れる角獣へ追い討ちをかけるように、ネコ娘がにゃむ、と叫んで独特な印を結んだ。
なぎ払われて石畳に散乱していた針のような髪の毛が再び浮き上がった。
「あの獣人、自身の髪を自在に操れるのか」
「白の電撃に耐えうる頑丈な体にもびっくりです」
「降参するにゃむ」
黒と俺の感嘆のなかで、ネコ娘が横たわるメイ・ルーに勝負の見切りを告げようとしていた。
「エヴレンはウンシンから勝利の抱擁を受けていた。私が負けることで、彼から同情まがいに抱かれるわけにはいかない」
起き上がった白が前足を上げながら高らかにいなないた。
キィイインという音とともに彼女の額に埋め込まれた水晶に光が集まっていく。
「やばいにゃ!」
何かを感じ取ったニャムが結んでいた印を解き、宙を返りしながら距離をとった。
メイ・ルーが面を伏せる。水晶の大きさから考えて小口径の光線を放とうとしている。
線の細さを補うべく、舞台一面を光で横薙ぎに払うつもりだ。
「ニャム姫、青羽も逃げい! 光線で丸コゲになるぞ」
大技の危険性を告げるエヴレンの大音声で、対戦相手と背後の影衆が一斉に散開した。
「逃がさない」
照準をニャムに合わせた白が、額の角度を上に向けた。
§§§§§§
「生き神さま」
エヴレンに呼ばれたところで、横顔を見せてだいじょぶ、と頷いた。
メイ・ルーが渾身の光を対戦相手に放とうとした瞬間、水晶を渡した責任のある俺は彼女の前に割り込んだのだ。
スン、という音は太刀を振りかぶった後に聞こえた。光は刀身に反射し、弾かれたそれは別方向な空に向かって流れ星のような軌道を描き、そして消えていった。
「ウンシン」
「あぶねえ」
目を見開いて固まる白に向かい、こらっと叱責する。
力比べ程度の試合で超本気の気合を入れてはいけません、と言い含める。
気合の光を水晶に溜め込み、結集させて放つ、という大技をわずか数日で会得したメイ・ルーの活用センスに仰天するばかりだが、そんな必殺技をやたらと撃ち放題にされては周囲の生き物が(俺や黒を含め)ただではすまない。
彼女が乱射の常習犯にならないよう、エヴレンも時と場合を考えろと口添えしてくれた。
「普段は冷静なぬしがわしより力の暴走にとらわれてどうする」
「面目ない。でもどうしてもエヴレンに遅れをとるわけにはいかなかった」
ようやく我に返った二角獣が、絶命の危険にあったニャムと青羽のものたちにあらためて頭を下げ、申し訳なさそうに謝罪していた。
「マジであれは死ぬとこだったにゃむ」
「われら青羽の数名が塵と消えるところであった」
闘技場の舞台下に戻ってきたネコ娘と影たちがほっとした様子で、アルビノのお馬さんを見る。
無効試合になった感がある遺跡の空気が変化したのを、おっさん以下薄い紺装束の下っ端どもも悟ったようだ。
「いいものを見せてもらった。角獣に一点集中の光を放つ術があろうとは……かつて知らぬ」
青紫の装束、マントをまとい、青紫の羽を二枚頭巾に添えつけた性別不詳の何者かが、落ち着いた声とともに、音もなく舞台に降り立った。
烏の影衆のなかでもあきらかに格の違う雰囲気を漂わせている。
すでにおっさんたちは跪いて迎える態勢をとっていた。
「上羽がひとり、ミヤマと申す」
「昨日会った上羽とは違うようじゃが」
「あの濃紺のものは交渉方。刃を担当するは私だ」
黒の質問に、布で顔下半分を覆ったミヤマと名乗るものが目元をほころばせた。
よい獣を飼っていると告げられた俺は無言。
威圧感より得体の知れない奥深さを感じた白も、飼い馬扱いされながら反論しなかった。
「銀の霊気を持つものよ。貴方が試合うとあらば私が相手をいたそう」
「ミヤマ様が」
中羽のおっさんが面を上げてはっとなり、すぐ伏せた。
中下にとって上羽は絶対の存在らしい。舞台の石畳は二度の戦闘によってコンディションが悪くなっていたが、このまま続行するようだ。
「ウンシン。私に言ったことを貴方は忘れないように」
「ん?」
「やりすぎはよくない」
「お、おう」
冷静さを取り戻したメイ・ルーがぶるると鳴いて舞台を下りた。
エヴレンからは太刀、数珠を取り上げられる。
小太刀で立ち向かえというのだろう。高名な影衆の刃とやらを相手に獲物ひとつで戦えというスパルタのうえ、やりすぎるなと再度釘を刺される始末だが問答は不要だ。
「準備はよろしいか?」
青紫な彼(もしくは彼女)のマントがどういう原理かいくつかに枝分かれ、そして浮き上がっている。
「参る」
俺が上羽にほうへ歩み寄ろうとした瞬間、殺気が飛んできた。正確には長大なマントが伸びてきて、その裾が鼻先をかすめた。
「っと」
「踊れ」
闘牛士の如く(かなり適当)、手に持った相手のマントが縦横無尽に荒ぶった。
暗い色の布は伸縮するムチのようにしなり、それでいて鋭い槍の先のような尖って石畳を叩き割る。
小太刀を抜く暇もない。突き刺さった石ごと持ち上げ、人間の頭ほどあるそれをこちらに投げてくる。
咄嗟に避けられず、サムライチョップで投石を払う。一個や二個ではない。
「素手で岩石の塊を叩き落した……!」
観戦していた下羽たちの誰かが叫ぶ。粉々になった飛び道具が砂塵となって視界をふさいだ。
その間に青紫の生地が低い位置から煙を裂くように伸びてきて、俺の足を捕らえる。
「まずは一撃、受けたまえ」
硬質にして柔軟な青紫の鞭もどきが巻きつき、わが足首に食い込む。
ミヤマの指がくっ、と動いた。枝分かれしたマントの二つ目の鞭が、身動きのとれない俺に襲い掛かる。
一つ目は槍先のような形状だったが、二つ目はハンマーの如く頭部を殴打するに適した形をしていた。