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似非サムライ、異世界お使い見聞録  作者: あめふらし
第一部
15/102

夢十五話

「もふもふ。ガフガフ。もふガフもふガフ」


 寝室において暖炉の火が使えるというのはありがたい。

 壷に入れた鍋の残りを温め、朝食にしたはいいものの、昨夜から推参した横着者が寝入って朝まで起きず、そのまま食事に同伴している事態になっていた。

 牛肉や野菜を木皿にてんこ盛り、主食の硬い麦パンをコンソメ汁に浸してうみゃいうみゃいと連呼するネコ娘は、ヤマアラシのように後ろへ伸びる紅の髪を振り乱し、ピンク色の肌をさらに紅潮させて、何度もおかわりを要求する。


「肉の脂で汁がまろやか。にんにくが利いて麦餅(パン)が進む進む。こんなうまい鍋をこの辺境で味わえようとは」

「ニャムどの、少しは遠慮せい」

「明日くらいまで持つ予定の食材がもうあと少し」


 食いしん坊の女性陣が鍋を奪い合うのを見ながら、手が使えない白のぶんを皿に盛り付ける。

 メイ・ルーからお礼の顔ペロペロをされた後、お茶の準備もしておくことにした。

 そうしているうちに、部屋の扉からノックの音とともに昨夜の中羽があらわれた。

 影衆の幹部たる上羽はすでにこの別棟にはいないという。当方だけ立ち上がって応対した。

 とりあえずは上羽の判断で渓谷を通行する許可だけは得たようだ。

 彼らに手渡したわが財産の希少素材(メイ・ルーの判断で俺は何を渡したのかわからない)が功を奏したと思われる。

 

「盗賊傭兵家業の他に情報屋でもあるのなら、ひとつ用件がある」


 再確認の意味で俺が問えば、紺装束の中羽が頷いた。

 

「影を借りたい」


 わが言葉に黒が木製スプーンの動きを止め、白がお皿に埋まっていた顔をあげていなないた。

 

「目的は」


 中間管理職のおっさん烏に問われて説明する。

 

「メイ・ルーの故郷、北西アルダーヒルの湖周辺がどうなっているか知りたい」

「北西の湖……スヒースクか」

「そう、スヒースク」


 おっさんの独語に、身づくろい中の白がそれを中断させてやってきた。

 往々のクセで、つい彼女の背をなでる。

 

「ぐ」


 背後で食後のお茶を飲んでいたエヴレンからサソリの尾の攻撃を食らう。

 けつに刺さったがなんとか我慢した。ニャムなるネコ娘は満腹なのかその系統の話に興味がないのか、こちらの話に割って入ってくるようなそぶりは見せていない。

 

「そなた、湖の一角獣らと同族とは」

「メイは二角の変異体。先天性白皮症(アルビノ)。天敵の生贄にされかけて故郷から逃げてきた」

「天敵……グァンズーだな?」


 おっさんの鋭い質問に彼女は首を振る。

 

「グァン……?」

「獅子の体に鷲の翼、ねじれ角の草食動物に似た顔を持つ魔物。別名有翼獣じゃ」


 知恵袋のエヴレンがいつの間にか隣にいたようだ。

 

「湖の所有を巡ってグァンズーとの争いが激化したと聞いている。北の魔物のなかで有数の凶暴性と捕食性のあるきゃつらに、一角獣たちは絶滅の危機に晒されているということだが」


 情報屋としてアンテナを張っている影衆らは、東西南北のアルダーヒルにおける大騒動のいくつかを承知しているようだ。

 タウィ一族のサソリ娘に何か言いたげな視線を向けたものの、青羽のおっさんは言葉を慎んでいた。

 幸いに俺がトカゲとサソリの諍いに首を突っ込んだ事件は知られていないと見える。

 トカゲたちが一族ふるぼっこにされました、と自ら宣伝するわけもなく、砂漠ではなかったことにされているのだろう。


「情報屋として使いたいというのならば下羽を何人か用意しよう。しかし青羽のものを使役する以上、発生する報酬は高いぞ」

「見合うものを提供してくれるのならはずむ。でないなら影の名にかけて遠慮するのじゃな。若手のあの腕ではやや心配じゃが」

「お試しになるか?」


 おっさんが殺気を走らせた。エヴレンの煽りは昨夜襲撃されたことへの憂さ晴らしにすぎないものの、互いの力量を見極めるにはもうひと越えやりあう必要がありそうだ。

 そんなとき、お茶を飲み終えたネコ娘が起立して手を上げた。


「ニャムも参加する!」

「客人」

「銀の霊気どの、全身白い角獣、赤褐色のサソリ女。どれもこれも興味深い。兄様の仕送りで無駄に毎日すごしているのも気がひける。せめて力比べのときくらいは役に立ちたいにゃむ」


 ボクは武勇の者だぞ、と威張る彼女のヤマアラシな紅髪が逆立っている。

 武者震いの彼女のやる気を見て、おっさんは呆れつつも頷いていた。



§§§§§§


 

 遺跡のような会見場から、遺跡のような闘技場に案内された。

 雑草がところどころに茂る石畳の舞台に、青羽のものとネコ娘、われわれ三人が立ち会った。

 

「朝ごはんの腹ごなし」


 一族が滅亡の危機にあるという白はそれでも落ち着いて、目的地にとせかすこともない。

 生贄に出されたという変異体の彼女からすれば、同族は救う対象ではないのだろうか。

 

「望郷の念はあくまで生誕の地である湖。彼らじゃない」

「……おう」


 心を読んだメイ・ルーのささやきに首を縦に振る。


「先手を仕る」


 紺装束のおっさんが一歩前に出た。居並ぶ烏を模した影衆のなかで真打か、と思われる存在の彼が先鋒とは驚きだ。


「ではわしが受けよう。額に黒瑪瑙を施して以来、力がありあまって持て余し気味じゃ。少し暴走させてもらうぞ」

「では始めろにゃむ!」


 緊張感のないニャムの仕切り声で、おっさんが一枚の羽を手のひらに乗せた。

 同時に影たちと俺とメイ・ルーは石畳の舞台から降りる。

 日差しが眩しい朝だ。鳥の鳴き声が場違いなののほんさを伝えていた。

 それを切り裂くように、一枚の紺の羽が無数に増え、螺旋状となってエヴレンに飛んできた。

 石畳に羽先が突き刺さる。当たれば即死級の鋭さを感じさせるそれを、彼女はダンスを踊るように軽快に避けていた。

 

「波状」


 おっさんの一言で放つ羽の数がさらに増した。おしよせる紺の波に包まれ、羽まみれになった黒が倒れた。


「小頭、殺しちゃまずいんじゃね?」


 背後で観戦する下羽がざわめく。舐めた報いだといいたげな他の声も混ざるなか、ケモ娘がプンスカしながら舞台に上がった。


「叩きのめすのはいい、でもいきなり必殺の術はないにゃ!」

「刺さってはいない。しかし呼吸ができずにいずれ息絶える。客人、次は貴方が彼らの誰かと」


 おっさんが振り返りかけたとき、紺色の羽に包まれたエヴレンがうなー! と叫んで起き上がった。

 背伸びをしたかと思えば、包んでいた羽を気合で吹き飛ばす。


「ばかな」

「ぺっぺっ、口のなかに入った。切っ先にシビレ薬が仕込んでおるな。じんじんする」


 舞う羽のなか、エヴレンがにやりと笑ったかと思えば憮然としている。

 その意味を彼女は語った。


「生き神さまに与えられた力でふんぞり返る。なんとも救いようのない話じゃが……」


 額の黒瑪瑙が鈍く光っている。それをひと撫で、赤褐色の美女はまた笑った。


「羽で突き刺すこともせず、それでくるまれたわしの無防備な体を火で覆うこともせぬ。窒息という手加減をしてくれた礼じゃ」

「うおっ」


 エヴレンのサソリの尾がしなった。尖った先を叩きつける攻撃だが、おっさんには通用しなかった。

 伸縮自在の長い尾を石畳に刺したまま、飛んで逃げた相手を追い彼女も飛び上がる。意のままに長さを変え尾を操る黒の動きは流動的で、直線の動きしかできない相手を追い詰めた。

 青羽が得意とするであろう空中戦は、柔軟なサソリの尾によって旋廻性能に差が出た形で収束した。

 閃光を放つエヴレンの杖はメイ・ルーの双角の(いち)である。

 背後を取られたおっさんが光を食らって場外へ転倒していった。

 同時に彼の胴着からはらりと何かが落ちた。

 逆に痺れさせられたのか、身動きが取れず痙攣している。


「中羽が敗れた!」


 負けるはずのない緒戦の大番狂わせに、青羽たちが仰天している。

 ひとつ鼻を鳴らした勝者たるサソリ娘がひらひらと手を振った。


「手加減されまくったわしが後出しで一矢報いたにすぎぬ。彼が本気ならわしはニ撃目で刺殺されているか燃えている」


 そう言いながらエヴレンがおっさんの落とした何かを拾い上げている。

 それに気付いたのか、手下から回帰の処置を受けていた対戦相手が、よたりながら立ち上がった。


「以前のわしならぬしの敵ではあるまいよ」


 赤褐色の美人さんが束ねた藤色の長い髪をゆらして、手中の装飾品らしきものを彼に手渡した。

 

「かたじけない、それは遺品の首飾りでござった」


 一礼するおっさんに、人事ではないようにエヴレンが頷いた。

 白い歯を見せて笑うサソリ娘の横顔がこちらを向く。

 タレ目がちな彼女から抱擁されかけて、ツリ目の白に阻まれた。


「次は私」

「メイ・ルー。邪魔じゃ」

「おっちゃんの仇を取るにゃむ!」


 ヤマアラシ風のネコ娘が跳躍して舞台に降り立った。

 水晶を額に埋め込んだポニーな大きさの二角獣が、ウンシンとくっつくなと言い残し、ぱっかぱっかと舞台の中央に向かっていく。


「久しぶりのピリピリで手加減できないかもしれないけど」

「上等っ。ハリっ針にしてやんよ」


 メイ・ルーの角が帯電している。それを見て口角を上げたニャムがピンクの顔をさらに赤くした。

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