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似非サムライ、異世界お使い見聞録  作者: あめふらし
第一部
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夢十四話

 渓谷を縄張りとする青羽という烏に見立てた影衆に案内されたのは、遺跡かと思われるほど古びた石造りの聖堂だった。

 背後に山、左右に崖が聳え立つ、霧に包まれた天然の要害を砦のひとつとして活用しているらしい。

 すでに夜は更けている。かがり火に照らされた狭い入り口から、隠れ家のような施設の大広間に通された。

 薄暗い屋内のなかで、この会見の間だけは光源に照らされて視覚が通った空間になっている。

 そこで待っていたのは、上羽と名乗る影衆の幹部だった。


「中下ども、控えい」


 紺の中羽、薄紺の下羽に向かってあごをしゃくる。

 幹部の一言で我々を連れてきた集団がそのまま背後に控えた。

 濃紺の装束、マントを羽織った幹部がワタリ、と名乗る。

 額に青い羽が二枚添えつけられている。

 中羽が一枚、上羽であろう彼が二枚なら、長は三枚だろうか。

 

「そなたらが倒した影は現在別棟で介護要員になっている。猪突ながら、あれらは若い連中のなかでは手練の者だった。それに思い上がった跳ね返りども、図らずも上には上がいると体の不自由のなかで思い知ったことだろう」

「手下の調練はぬしらがやれい。わしらは食い物の恨みを晴らしたまでじゃ」


 半殺しになった若い連中の所在を知ってうそぶく黒がのう、と白に同意を求めていた。

 二角獣がそれに頷きながら、銀色の霊気の人物だと俺を紹介する。

 背中を押されて彼女らから一歩踏み出た。


「ようこそ。見慣れぬ甲冑の武人よ」

「旅人ウンシンです」

「……見えるか?」


 ワタリと名乗った上羽の男は三十がらみだろうか。片目に傷の痕跡が走っている。

 そんな幹部が虚空に向かって問いかけた。しばしの間の後、そうかと呟いた。


「高名な人物、魔物の目録のなかにウンシンなるものはいないようだ。しかし「(ふくろ)」は貴方が銀の霊気を発していると告げている」


 屋根の仕掛けか、そこにやや狼狽気味な人の気配がする。似非サムライの直感はごまかせない。

 鑑定士とか知恵袋担当の羽がいるのだろう。「嚢」なるものの気配が消えた。


「至高の霊気である銀の光を放つというのが事実であるのならば、あなたはそれに見合った力をお持ちのはずだ」


 黒白が下っ端を撃退した程度で済んだのは温情だろうと推測してくる。

 それよりおねむ前のお茶を飲んで横になりたい俺は、そうですねとあっさり肯定する。

 エヴレンが腰に手を当ててわしの生き神さまじゃ、とふんぞり返っていた。

 呆れて首を振るメイ・ルーとのコンビはもう板についている。


「生き神……神だと」

「怒りんぼな方ではない。しかしその気になればこの山くらいは消し飛ばせる」

「ははは馬鹿な」

「それでいい。でたらめな彼の力は知らないほうが幸せ」


 あくびの黒、知らぬでよいとする白の言葉に幹部が絶句する。

 長に伝えるべきかどうか悩んでいるのだろうか。それにしても背後から殺気を感じる。

 銀のオーラは別にして、中羽と下羽からはそんな力があるのなら見せてみろと言いたげだ。


「けええい!」


 いきなり裂帛の気合を察知して飛びのいた彼女たちを横目に、眠気満載の俺の体は動かなかった。

 椅子に座る幹部の後ろの壁の一部が回転し、裏から現れた何者かが椅子を飛び越え、かかと落としを放ってきたのだ。

 その蹴りの重圧で、俺のけつの下の石畳が陥没する。

 脳天に衝撃を受けたとて、こちらとしては白頭巾に守られているので痛くも痒くもない。

 

「あ、あれっ」


 先制してきた相手がお座りなままの俺のポカーン顔を見て動転している。

 にゃ、にゃんで効いてないのと目を見開き、ヤマアラシのように後ろに伸びたツンツン髪の女の子が、横から現れたエヴレンとメイ・ルーの気合を悟って後ずさった。


「紅針髪の獣人……ぬし」

「客人。ここには来ないほうがよいと何度も」

「いやぁハハハ」


 物知りな黒がコーツィ族のものじゃと見定める。上羽の濃紺装束が諦めに近い語感で乱入者をたしなめる。

 粗相のツンツン髪の娘は、ピンク色に近い肌の獣人だった。

 左右で違う色の瞳はともかく、ネコ耳や細長い尻尾に、思わずもふりたくなって手を伸ばしかける。


「銀の霊気を持つ誰かがやってくるって聞いたにゃむ。どんなツワモノか試してやろうと」

「御身の興味本位でわが城砦が吹き飛んだらどうなさる」


 黒白の脅しがあながち嘘ではないと察しているような上羽の小言だった。

 にゃ、にゃんだとと驚くネコ娘の驚きがいちいち可愛らしい。

 尖った長い耳をぴくぴくさせてびびっているが、それはうちの子らのジト目を受けているからだろう。

 

「本当に効いてない。ニャム渾身の蹴りが」

「客人」


 名前を自ら暴露したケモ娘の迂闊に上羽がため息をついてうなだれた。


「あうあう」

「ニャム? 北東に城塞を構えるツインコーツィ獣人公の片割れ?」

「違うナリ!」

「ワム・ツインコーツィ公が現在の当主のはずじゃが」


 馬とサソリの問いかけに知らないにゃ、と吐き捨てて上羽の椅子の裏に逃げ込んだ相手の動きは、完全にお子様のそれである。白が十六、黒が十八と自称するならこの紅針髪の獣人は十五くらいであろうか。

 会見がややこしい展開になったことで続きは明日になったらしく、ニャムと名乗ったうっかりネコの行動によくやったと思いつつ、別室に誘導された。

 古い施設ながら暖炉らしきものも設置されている。それに火をくべて暖を取った。

 それにしても三人が寝るには十分な広さの部屋で、久しぶりの屋根つきはありがたい。

 それぞれクッション代わりの寝具を整え、おねむ前の再度のお茶のなかで、最前の出来事を語り合った。


「ツインコーツィという権力者の血縁がなぜこんな山奥の影衆の庇護下にいるのだ?」

「青羽といえば長も本拠も不明ながら、影としては名の通った集団で、この位置も貴種を匿う土壌がある」

「東西南北、各都を追われた王侯貴族、または亜人たちが命からがらここに落ち延びてくる。彼らもまた積極的に亡命者を迎えている。ゆえに各方面の情勢に詳しく、またその縁故ゆえか裏社会のなかでは家格が高い。あのニャムとやらもそんな亡命者の一人じゃろう」


 メイ・ルーとエヴレンの解説で、高名な忍者一族みたいな奴らだと改めて思った。

 昨今のツインコーツィ領での内戦が激化しているとの噂はどうやら本当らしい。

 ツインの片割れを先に亡命させたのかと考えたりしたが、政治とか政変に無知な俺が関わることはないとして夜話を打ち切った。今宵は風に吹かれることなく熟睡してやろう。


「銀の霊気どの! ニャム・ツインコーツィが失礼するぞ!」

「なんか来た」

「もう眠いから放っておけ」

 

 白が起き出そうとしたがそれを押さえ込んだ。

 馬と並んで寝るこの仕様に慣れて久しい。


「やかましいネコじゃのう。わしらは旅でお疲れなのがわからんか。上羽や下っ端はどうしたのじゃ」

「幹部のおっちゃんは好きにせいと送り出してくれたぞ!」

「めんどくさいのを厄介払いしおったな」


 よし、と赤褐色のサソリ娘が一計を案じた。

 温かいお茶はどうじゃと勧められ、気が利くサソリにゃとご満悦で木製のコップを傾ける。

 それから数分後、無理やりの睡眠導入剤で寝息を立てる紅針髪の獣人の姿があった。

 

「さて、わしもおねむじゃ」


 白の体温を感じながら意識がなくなっていくなか、サソリ娘が寝袋から手を出して俺を力任せに引き寄せる。ぶるるといなないた馬が角でわが襟足を引っ掛けて引き戻す。

 綱引きにさらされながら夢の世界に旅立った。

 夢のなかで夢を見るというおかしな現象はまだ続いている。

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