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似非サムライ、異世界お使い見聞録  作者: あめふらし
第一部
11/102

夢十一話

「港町が。揚げ魚が。交易品調味料が」


 海沿いに北上するという物見遊山の予定は露と消えた。黒の要望を叶えたからにはメイもという白の御用聞きに駆り出された翌朝のことである。

 北西の地に向かうには山越えが近道なのだが、商人や旅人たちはもとより腕に覚えのある者たちまでもが遠回りして比較的安全な高原の道を選んでいる。

 魔物や盗賊、荒くれた傭兵団が跋扈する最短経路に向かう命知らずはほとんどいない。

 そんななかで我々はその山越えを果たそうとしている。

 しかしながら俺は海の幸を食い損ねた無念でそれどころではない。


「目的地からさらに西のアルダーヒルは、この中央世界と西の世界の間にある内海に面しているから、魚介類の食べ物も豊富」

「まじすか」

「そのためには山や谷を突っ切るほうが早いし、そのぶん危険もあるけど、ウンシンがいるなら大丈夫」


 獣道もなんのその、ポニーのような大きさの二角獣が赤褐色の美人さんを乗せて軽快に駆け上がる。

 腰砕けの坂のなか、俺は無口気味なエヴレンの背中を追って駆ける。

 旅路というより再びサバイバルな行程になった。


「生き神さま。あれ」


 紅がかった藤色のポニーテールを揺らした黒が指を指す方向には、山越えがひと段落終えた盆地が広がっていた。

 そのなかでとりわけ目立っていたのは、大きなくぼみに乳白色の天然温泉が湧いていたことだ。

 湯気が立ち込めるそこへ飛んでいくように走っていく白はさすがに女の子。

 関所のような仕切りやら囲いで外観は人の手が入っているように思われたが、遅れてやってきた俺の目の前で展開されたのは、入浴したい雌馬と女の子と、させまいとする黒毛な獣人たちの乱闘騒ぎだった。

 

「こらこら君たち。無銭入浴は」

「代金はわしじゃと」

「え?」


 サソリの尾に弾かれて飛んできたお猿さんをぺいっと放り投げ、不機嫌そうな白の台詞も聞いた。


「こいつらは天然温泉をなわばりにする猿の亜人。あそこの洞窟が棲家みたい」


 毛皮を着込んだ後詰の猿どもが洞窟からわらわらと押し寄せてくる。

 お風呂に目がないメイ・ルーやエヴレンに張り倒された獣人たちがギャーギャーわめきながらこちらに向かって鈍器を振りかぶってきた。

 やめなさいとか話し合いましょうとか提案しながらデコピンで追い払う。

 温泉の効能で若返りの体を馴染ませたい彼女らの意図はわかるので、穏便にいこうと言い含めた。


「風呂に入りたいがための殺傷はやめましょうね」

「はーい」


 必殺の気合などゆるゆるな旅路の途中で漲らせるものではない。異口同音な合唱を聞いて安堵する。

 殺るのは時と場合(このあたりが悪党)というわけで、筋を違えて横たわる毛むくじゃらな雄たちを見えない距離まで放逐し、邪魔者のいなくなった天然温泉に浸かる乙女たちなのだった。

 美食と休養の日々であの子たちの本来の力が戻りつつあるようだ。

 俺も白頭巾と買い直した民族衣装を脱ぎかけた。


「手下どもが全滅……おどりゃどこのもん(傭兵団)じゃい」


 大柄な猿人たちがへろへろな状態で這い蹲るのを見たのか、最後に洞窟からやってきた小柄な猿が体毛を逆立てて飛び掛ってきた。

 背中の体毛がオレンジ色なボス猿の俊敏な動きで不意を衝かれたものの、からくも打撃をよけて転がった。

 硬い岩盤がボス猿の持つ鉱石からなる棒きれで粉砕されるのを見て、彼女らがおおっと叫ぶ。

 

「亜人の女はいただく。二角獣は解体して素材を売りさばく。人間の雄は即殺じゃけ」


 剣呑な台詞を吐く相手が人間業ではありえない速さで鈍器を振り回してくるのを、ひょいひょいと避ける。息巻くお猿は毛皮を着込んでいるが、俺はフンドシを巻いた下着一枚の半裸である。

 

「おどれぇ、名のある冒険者か狩人か? ワイの速攻から逃げ切れる装備なしの人間なんぞ初めて見た」

「あ、エヴレンが体を洗い始めた」

「お」

「ウソです」


 不意打ちのわが蹴りを食らってボス猿が吹っ飛んだ。すぐ起き直った彼がムッキーと吠える。


「こすい手をつかいおって、卑怯もんめ!」

「勝てばいいんだよ勝てば」

「どっちが獣じゃい」


 鈍器を放り投げ、突進してきた猿と両手で組み合った。衝撃を受け止めた際に踏ん張ったことで、足元の岩盤にヒビが入る。


「なんてこった。人間ごときがワイと素手で組み合う? ウソやろ」


 ひねり潰してやると咆哮したボス猿が拳を握りつぶす勢いで圧し掛かってきた。

 

「ぐぬぬぬ岩をも握りつぶすワイの力でも押し切れねえってのか!」

「ふおおお」


 便所で力むがほとき踏ん張りでなんとかそれに耐える。

 今の俺のやる気というか、頂上竜を追い払ったテンションのオラオラ度に比べて、その力は一割ほどにもあたるまい。つまり力自慢なお猿さんに装備なしの素手では猶更分が悪い。

 なわけで、卑怯者らしく悪知恵を働かせることにした。


「あらら、エヴレンが温泉から出てまうで」

「な、なんだって」

「一緒に入りたいやろ?」

「う、ウン」


 怪しい方言になってしまったが気にしない。組み合ったまま顔を近づける小猿の雄と半裸人間の雄。

 地味な戦いの上、なんというか絵面的に非常に汚い。


「みんなで仲良く入浴。裸の付き合いをしましょうや」

「お、男はいらん」


 猿の頭に生えた牛のような角でヘッドバットされた。ズシン、と岩盤の地が揺れる。


「あいてー」

「……」

「今のは驚いた。たんこぶできたらどうすんねん!」

「……鉱脈ごと砕くワイの渾身の頭突きがたんこぶて……なんじゃいその間の抜けた痛がり方は」


 泣きそうになる小猿のくしゃくしゃな顔に思わず笑いがこみ上げる。


「ちょっと頑丈やからと調子に乗りおって……許せん」


 一人相撲なボス猿のテンションに置き去りにされた俺は、彼の激高でオレンジから黄色になった体毛を見ても大した反応を示せなかった。温泉を満喫している黒白が試合観戦さながらの声援を送ってくる。

 そんな余裕も気に食わないのか、大口を空けたボス猿が息を吸い込んだ。

 変身したことでより一層剛力が増した握り拳の重圧を受け、耐え切れず膝をつく。

 止めとばかりに奴がカッ、と気合を入れていた。

 

「生き神さま!」

「ウンシン!」


 エヴレンとメイ・ルーの悲鳴を聞いた。温泉から這い出した黒の全裸を見逃すエロ猿ではない。

 無意識に彼女を視姦したようだが、顔が動いたせいで必殺技のような空気砲は逸れ、それは頬を掠めて洞窟のほうへと飛んでいった。

 鈍い音がして岩の壁が砕け散る。粉砕されて小石なったそれが舞う。


「生き神さま無事かっ」

「黒のおかげで顔面陥没にならずにすんだ」


 洞窟の一部が崩れ去る効果音を聞きながら、黒に温泉へ戻るように指示する。

 目の前のエロ猿の横顔がいやらしい。

 勝利を確信した相手が余裕ぶってエヴレンの全裸を舐めまわすように見ている間に、俺を呼ぶ白い二角獣が口に小太刀をくわえてやってきた。

 

「その刀持ってきてたの?」

「鞍の物入れに差し込まれてた。それをたった今見つけた」

「それはそれは」

 

 エロに負けた相手が組んでいた手を離したのが幸いだった。

 白から口渡しされた小太刀を抜く。

 赤褐色の肌の全てをさらしていることにようやく羞恥心を覚えたエヴレンが、お湯の中にドボンしたのと同じくして、黄色の猿がこちらを向いた。

 わが額が少し切れていることを確認したのか、牙を剥いて笑っている。

 再度の空気砲を放つ前に、俺はそのニヤケ面に小太刀を振り下ろした。



§§§§§§



「ワイの角が」

「せめてものお詫びにこうしてみんなで入浴」

「わしの裸を何度も見た代償じゃ。生き神さまの両刃でない刀剣に感謝するのじゃな」


 しょげこむボス猿が小さい体をさらに小さくしてへこみながら温泉に浸かっている。

 白がいなないてフォローし、黒がけたけた笑って彼の頭をぴしゃぴしゃ叩いていた。

 小太刀を峰打ち、角を折って一撃のもとに猿の亜人を叩きのめした俺といえば、今更武器の重要性をしみじみ感じているところである。

 軍神としてのポテンシャルが発揮されるのは武器防具そろってこそ、というわけで、このボス猿のように強力な敵には、やる気のなさも手伝って、素手では苦戦するぞと思い知らされていた。


「それにしてもなあ、おどれのような魔物以上の力を持つ人間がおるとは」

「生き神さまは死合いに関しては規格外じゃ。いかなる敵にも負けはせぬ。ぬしのような地域の長であっても、本気になったら一撃じゃ」

「どちらかというと、お猿さんはウンシンを手こずらせたほう」

「そ、そうけ?」


 たゆんたゆんなエヴレンの胸元を見た小猿は、乳白色の液体を顔で洗ってむふふふとご満悦。

 勝敗をいつまでも後に引かない性格なのか、顔の真ん中に走る小太刀の峰打ちの跡も鮮やかながら、美人との混浴に会心の笑みを浮かべていた。

 物理的におねむさせられていた手下の大猿どももそのうちに目を覚まし、湯治代わりに入湯している。

 夕方になり、夜になっても月見な温泉三昧は終わらない。

 黒白や猿たちが酒飲みだとわかりあって意気投合、朝まで宴の流れになった。

 世界や種族を問わぬ酒という飲み物は偉大である。

 切れた額に手持ちの生薬をこすりつけながら、スラム街のエヴレンの館に武器防具を取りに戻ろうと決めたサムライなのだった。

 湯煙のなかの夢物語はまだ続いている。

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