夢百一話
「いててて」
ミヤマをかばうために動かず、後頭部に直撃を食らった。
ハリセンでしこたまどつかれた感覚を覚えて頭がふらつき、またも膝をつく。
「腑抜けの今こそ脳天唐竹割りにできたはず……なぜ弾かれた?!」
仰け反りながら瞠目する赤い虎の動揺を、出会ってから初めて見た気がした。
「ウンシンどの」
「だいじょぶ。目が回っただけ」
頭をさすりながら相手に視線を向けようとして、ビシバシと何度もしばかれた。
「あいたた、ちょ、少しは喋らせろ」
一心不乱に軍配を叩きつけてくる敵の勢いには容赦がない。
両手でガードするも、周囲に発生する自然破壊はますます派手になるばかりだ。
なぜ潰れないと言いたげな虎の目がさらに赤く充血していた。
「彼が打ち出す天災を鎮めることができるのは、同じ至高の霊気を持つウンシンのみ」
「自身でも止められぬ暴走だと見える。生き神さま、今こそでたらめの出番じゃぞ」
「虎にはけっして出せないもの、それが銀どのが誇るあほうな力にゃむ!」
メイ・ルーとエヴレンから叱咤激励が飛んできた。
ニャム姫が跳ねながら片手を空に突き出す。いっけえという頼もしい声援に、気力が百倍に増した気がしてゆっくりと立ち上がる。
土砂災害は続いていた。ミヤマを後ろに下がらせたことで、遠慮なしに気合いを解放させる。
「抜けい! 最強の矛と盾、どちらが優るか打ち合おうぞ」
この世界に来たばかりの頃、火山と樹海を巻き込んでヤーシャールを斬り飛ばしたが、今はそんなデストロイな心境には至らない。
上がったテンションは眼前の強敵と同じながら、意味合いは間逆なほどに違っていた。
どっかんばっかんと怒涛の攻撃を繰り出してくる虎に対し、俺は標的のみをぶっ倒すことに決めている。
神器である太刀には手をかけなかった。
本物のサムライと似非との違いは力の源にある。乱世の将に対して、こちらの力の源は娘っこたちにあった。それが俺のサムライ道だ。
「素手で余と渡りあおうてかっ」
本物の怒号が戦場に響く。大上段からの軍配チョップを白頭巾の額で受け止めた。
天地が振動し、砂塵のシャワーが降り注ぐ。
死ねいと押し込んでくる赤い虎の胸倉に腕を伸ばし、両手でしっかりと掴みとった。
「グオ」
「歯ぁ食いしばれ、本気でいくぞ」
銀の霊気を最大放出して抗う虎に、あらためて霊気をぶつけてみた。
先程の場合とは違い、互いのそれが相殺されるように霧散した。これで肉体どうしのガチンコ勝負ができる。そう思い、逃れようとするのを引き寄せた。
よいさあとヘッドバットを放つ。
かっちかちやぞの額が白い毛を纏う兜をぶち破り、仮面を破壊し、露出した薄赤い奴の額へ会心の一撃を与えることに成功した。
ゲレオンの総大将がクレーターの底のような地形で片膝をつく。上半身を折り曲げ、ばかな、とうめいた。
その状態でも将たる将の巨躯は俺の背丈より高い。
「殺し合いというより頭突き合いだ。ほなもう一発」
「放せ」
「そうはいかない」
胸倉を取る俺の手をもぎ放そうと、おハゲの口ヒゲ野郎が顔を真っ赤にしながらうぬぬと吠える。
させるかと吠え返しながら、二度目のヘッドバットをぶちかました。
「おお、お」
正真正銘の化け物と味方からも恐れられた赤い虎が、今度こそ大きくふらついた。割れた額から血を流しているものの、それは俺も同じだ。
「龍虎は互角のはず。だが余の軍配を跳ね返し、霊気をも封じおった……お前は……やはりサムライではない……いったいお前は誰だ! 何者なのだ?!」
「サムライ御殿に住む一家の家長です。よろしく」
過去に何度問われただろうか。しかし今回はしっかりと肩書を誇っておかねばなるまい。
自己紹介のあと、三度目のジャンピングヘッドバッドをお見舞いする。
ごっつんこの重い音が周囲一帯に響き渡った。
ズシン、という地鳴りとともに、最大の敵が両膝をついて震えていた。
「まだ意識があるな。もう一発」
「やめ」
「却下します」
頭を振り上げがてら、クレーターの最深部から地上の娘っこたちを見上げる。
いつしか砂埃が消えていた。日の光で眩しい。
「放せ放せ放せ! 龍どころの化け物ではない、でたらめな存在め!!」
「気合いを込めてる途中なんで、静かに」
「余はこのような適当な男に敗れるのか」
「せーの」
黒白ネコ烏がととめだぁと囃し立てるのを聞きながら、赤く腫れるたんこぶに向かって四撃目を打ち込んだ。
「ほぁ……あ~」
間抜けな断末魔を発した赤い虎が轟音を立てて倒れこんだ。ぴくりとも動かなくなった相手を確認して、俺は大きく息をついた。彼女たちが歓喜のなかでわが名を呼んでいる。
呼吸を整え、尻餅をついた状態から立ち上がった。不恰好でしまらないにへら顔を身内に向けた。
興奮を抑えきれないエヴレン、ミヤマ、メイ・ルー、ニャム姫の順に、ガチンコ勝負の感想を口にする。
「でたらめサムライが本物のサムライを返り討ちじゃ!」
「刀ではなく生身であの大虎を打ち伏せてしまうとは……やはり夫は古今独歩の勇士なり」
「三発目くらいから彼は涙目になっていた。メイの愛しのあほうにかかれば、ゲレオンの王とて有象無象な魔物のひとりにすぎないわけだ」
「嵐を呼ぶ男に関わったのが運のつき。銀どのの完全勝利にゃむ!」
ミヤマの褒め殺しな表現も含め、ひどい言われようである。
やっぱり災厄扱いやんけ、と思いつつ坂を上がり、丘陵下の荒廃した平地に飛び上がった。
「お、ニャム姫それは」
「ワインにゃ!」
「おお、乾杯しよう」
「しようしよう」
ネコ娘と白がとてとてやってくる。
回し飲みの様相になったところで、俺の後を誰が飲むかでもめている。
戦場とは思えない平和な光景は、どこからか聞こえてくる小鳥の鳴き声で、ののほんさがより強調されていた。
烏とサソリが言葉を交わす。
「赤い虎が率いていたゲレオンの軍勢、いつの間にか西へと逃げ去ったようだ」
「アルダーヒル全土を飲み込もうとしていた無双の王者が頭突きだけで破れたのじゃ。総大将すら翻弄するでたらめなんぞと戦っていられるか、という遠吠えが聞こえてきたぞ。もはや生き神さまがおわすここに攻め込もうする勢力はどこにもおるまいよ。触らぬ神に祟りなしじゃ」
ミヤマにワインの回し飲みを先に越されたエヴレンが、んっとこちらに瓶を差し出してくる。
わしの後に飲めということだろう。へいと答えて口をつけた。
うちの子たちの笑い声が心地よい。何よりの褒美だ。