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似非サムライ、異世界お使い見聞録  作者: あめふらし
第一部
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夢十話

「あのままでよかったの」

「わしら部族の自業自得を背負い込んでいた叔父上が死んだ以上、わしの仇討ちの旅はここまでじゃ。生き神さまがそう決めたのなら、ラムルの民や長があのオアシスで存続していくことに異論はない」

「残ったタウィの者は皆子供だった」

「中流階級である自由の民としてラムルの中で同化していく。それでよい。わしらの館はスラム街じゃ。オアシスの暮らしで慣れた子らにとっては魔境に等しい」


 白の問いに黒が馬上で答えている。オアシスからの帰路におけるやりとりである。

 奴隷階級に落とされようとしていたタウィの子らは、俺の物理な説得によって自由の民になった。

 こちらの機嫌ひとつでトカゲの部族が滅ぶ瀬戸際を、長以下側近たちも身に染みて味わった後の話だ。

 無碍には扱わないという約束をラムルの民の誇りにかけて誓わせた。

 亡くなった叔父の使い魔である金ディロスが約束遂行の後ろ盾になってくれるはずだ。

 タウィの再興でオアシスに火種を発生させるより、時間をかけて二つの部族が合一するほうが現実的だろう。

 俺がしたことは、サソリがトカゲに負けた後処理のようなものだ。

 というわけで、エヴレンが俺を生き神さまと呼ぶようになったことはあまり気にしないでいよう。


「それにしても、黒のサソリの尻尾には驚いた」

「ああ、アラクランサソリの尾か。とっておきは隠しておくものだと父に教えられていたのでな。つい言い損ねた」

「ウソ。ウンシンにサソリ女だと思われたくなかっただけ」


 乾燥地帯を駆ける白毛に併走するポンチョサムライの感慨に、もはやそれを隠そうともしなくなった黒が民族衣装から尻尾をのぞかせた。

 赤褐色よりやや濃い、まごうことなきサソリの尻尾である。

 メイ・ルーの突っ込みに違うわい、とそっぽを向くエヴレンの長いポニーテールが風に揺れていた。

 突っ込んだ側が私はウマ女を隠していないと呟く。

 そろそろ人化してくれないものかと思ったものの、彼女はまだそのときではないとの立場を崩さない。

 ちなみに二人とも婆から若返って日も浅く、本来の自身の力がほとんど出せないリハビリ同然の状態だという。

 回復しすぎて手に負えない存在にならないように心で祈った。



§§§§§§



 砂漠を北上し続け高原へ。昼夜のマラソンで疲労がたまった白に本格的な休憩が必要だとして、起伏のなかで数多く盆地が形成された街のひとつでお泊り。

 軍閥の居館や城下町、そこに入るための関所や柵は見受けられても、他のアルダーヒル地方のように街自体を囲む壁がないのは、地形が天然の要害と化しているからだろう。

 そうエヴレンから説明されながら、ビザンティンな香りがする(思い込み)石材作りの関所へ向かう。

 こんなときもあろうかと、ヤル・ワーウィック冒険王から身元を保障する手形を貰っていたいた黒は、白毛の使い魔、その世話係たる奴隷サムライを引き連れ、関所の役人に賄賂を渡すことで悠々と城内に入ることに成功した。

 メイ・ルーも俺も通常の人間ではない立場からか、人馬ともに珍妙な出で立ちとて珍しがられるだけで済んだのが幸いだ。

 通路が狭い山手の街ということで散策も短めに宿に入る。

 ちなみに宿代は、俺が樹海で魔物を追い払った際に得た素材なのだが、何故だかエヴレンがそれの全てを管理している。

 金銀財宝よりも上位固体の希少部位のほうが価値があるのは、この世界共通の認識だった。 

 

「いつ滅ぶかわからぬ国の貨幣よりも価値がある生き神さまの手持ちは、伝説級な武器防具の素になるほど強力なものじゃ。わしらが街中において最高級の宿でこうしていられるのも、それに執着せずわしに預けた太っ腹のおかげじゃな」

「そう」

「こら白っ、そのキャバーブ(串焼きの羊肉)は俺のもんだぞ」

「ナーンの上に乗せる肉は多いほうがいい。ウンシンは香草(ハーブが少ないからはい」

「(馬と間接キスかい)お、おう。ってキミ乗せるどころか木皿から直食いやないか」


 素泊まりながら上階貴賓室に値する広々とした間取りのおかげで、ポニーほどの大きさの使い魔、中背の奴隷ともにエヴレンと同室になることができた。

 動物と奴隷が主と寝室を同じくするという前代未聞の行動は、問答無用の希少な対価素材によって見逃されていた。

 街中の露店で調達した夕食を二人と一頭がテーブルを囲んで奪い合う。

 ドゥーグ(ヨーグルト飲料)が入った木製コップを手に果物をもふる黒が、醜い争奪戦を見つめながら果汁がついた指を舐めていた。


「あっ最後の肉が。くそおおお食いそこねたああ」

「備蓄の干し肉なら鞍にある」

「それかっちかちやんけ!」

「わしの生き神さまは意地汚いのう」


 飲んで食って酔った宴会のあと、室内に設置されていた洗面器と水汲みを使って体を拭いてから、そのままおねむの運びになった。

 口下手な俺や白は黒の一族に関してはなにも言えない。

 気休めも励ましもいらぬという素振りのエヴレンは意地っ張りな娘で、寝床に半裸のままダイブして赤褐色な背中を向けたまま、何も言わずご就寝してしまった。

 くびれた腰の下、尾てい骨から伸びるサソリの尻尾がうにゃうにゃ動いている。それが彼女の思い悩みをあらわしている。

 奴隷の俺はポニーのような小さい馬体をふきふき、ふかふか絨毯の上でおねむになったメイ・ルーの寝息を聞いたところで、ようやく自身も横になった。

 寝床も絨毯もないが弾力ある飛竜の翼膜袋を枕に、木板の上に寝転ぶ。

 ランプなどの光源を極力なくした部屋のなかで石の天井を見上げ大あくび。

 早速体が宙に浮いている感覚がする。早くも夢見心地だ。


「ぐっ」


 不意に床の木板から浮かび上がった俺は、体に巻きつくサソリの尾によって、ふかふかな寝床にばいーんと放り出された。

 背を見せる黒の隣に添い寝の形になった。尾は彼女のでかい尻のあたりでゆらゆらうごめいている。


「俺じゃない。君の尻尾で」

「……」


 ひとつの寝床にふたりで横になる。結果的に夜這いのような展開になったことで、自然に言い訳が口から出た。

 背を向けたままの黒の肩は震えている。

 正真正銘、わしは一人になった、とか細い声が聞こえてきた。男と同衾しているとは思えない呟きだった。

 エヴレンがサソリの尾で俺を呼び寄せたのはどうやら無意識の行動らしい。

 

「寂しい。孤独じゃ……父上も母上もいない。好いた男も力を求めて旅立った。みな、わしのもとから去っていく」


 心のうちをぶちまける寝言らしきものにどう反応するか、夢なら覚めればいいという程度な認識の俺がそばにいてやるとも言えず、どうすることもできず彼女の嗚咽を聞き続けた。

 

「助けて。誰か助けて……生き神さま」


 押し殺すようなエヴレンのかすかな悲鳴は、嗚咽を聞き続けてかなりの時間が経ったあとのことだった。

 女のあしらいを知らず、恋人もいない甲斐性なしながら、名指しされたからには関わったなりのリアクションを示さねばなるまい。

 後ろから黒を抱きしめる。後頭部あたりに尾っぽの突っ込みが入ることを想定して肩を抱く。

 この世界に来てからというもの、煩悩を捨てきった毎日が続いたせいか、あるいは軍神のご加護か、やらしい考えは一切浮かばなかった。

 この子の震えよ止まれ、止まれと祈って彼女の背中を包み込む。熱くなった赤褐色の体から緊張がほぐれていくのを感じたのは、夜明け前のことだった。

 ひたすら安眠を唱え続け、エヴレンの寝息が安定してきたのを察して抱え込みを解除する。

 黒の保護者になったと苦笑する暇もない。寝返りを打ってきた相手がこちらを向き、うっすらと目を開けようとしたのだ。

 ばいんばいんの寝床を利用してそいっと自らが跳ね、木板に転がり込む。

 白が寝ている絨毯の上で回転は停止した。


「……夢か」


 エヴレンの独り言はすぐに規則正しい寝息に変わった。

 逆に俺はメイ・ルーの鼻息でおねむどころではなくなった。さすがに獣のそれは風当たりがきつい。

 わが頬を食い物と夢見ているのか、噛み付いて離れない。こうした黒白の対応で朝を迎える。


「ぐあ」


 頭に鋭い打撃を感じて飛び跳ねる。寝床を見れば、こちらに向いて横になるエヴレンがご機嫌悪そうにジト目を向けていた。

 眉間に皺が寄っているのは起きたばかりだからだろう。脳天に降りかかってきた打撃は無論サソリの尾だ。


「ぬふっ」


 白に首筋を舐められて振り返る。成り行きながらお馬さんと添い寝した事実は事実。

 機嫌が良さそうなメイ・ルーの笑顔(どう考えても笑っているように見えた)のそばで起床を果たしたサムライは、二人のおはようになはははと返すばかりだった。

 外の空気を吸うために窓を開ける。高原ならではの冷たい風が吹き付けてきた。

 半裸の黒と白も両脇から顔を覗かせて町並みを見る。

 用件を終えた帰り道なわけで、その旅程はだらだら物見遊山でいこう。旅を楽しむための夢の続きはまだ続いている。

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