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虹色居酒屋(過去編)  作者: 大山秀樹
8/9

第8話:カネ無し男8


 警察は初老の男と青年の2人組だった。

「こんな時間に何してるの?」

「ちょっとコンビニまで行ってました。スグ帰ります」

「本当? 実は君みたいな年頃の子がこの周辺をうろついてるって通報があってね。悪いんだけど名前教えてくれないかな?」

「なんでそんなことしなくちゃいけないんですか?」

「警察を助けると思ってさ」

「俺はたまたまここに来ただけです」

「そうかもしれないけど、市民を守るのは警察の義務だからさ。名前だけでいいからさ」

「……藤田剣です」

「身分証明できるモノはない? 顔写真入りのヤツ」

「なんでそんなのを……」

「頼むよう。君だって警察に絡まれたくないだろ? それさえ見せてもらえば帰るから」

 ねーよ。そんなの。

 ってか警察ってやっぱ嫌いだなー。

 ものすごく低姿勢だけどこっちを疑っているのがまるわかりだ。俺を家出人だとでも思っているんだろ。

 ちげーよ。俺は親に愛想つかして出てきたんだよ。家出じゃねーよ。

 それにちゃんと働いてるし。……ちょっと微妙だけど。

 身分証明書だしたらどうせ親とかに電話するんだろ?

 あんな親と話したくねーよ。さっさと帰ってくんねーかな。

「そんなもの持っていません」

「じゃあ保険証とかは?」

「……ありますけど」

「それで大丈夫。みせてくんないかな?」

 家を出る前に保険証は持ちだしていた。

 新品の財布から保険証を差し出す。これ見せたら帰れよ。

「はい、ありがとう。……藤田剣。親は……。住所は……。うん、ありがとう。疑ってごめんね」

「帰っていいですか?」

「うん、気をつけてね」

 警察は帰っていった。

 はぁやっと帰った。

 緊張した。後ろ暗い事情を抱えている俺としては警察なんて見たくない。

 違法質屋と不法滞在。どっちも犯罪だ。

 不法滞在?

 そもそもあの土地は誰のものなのだろうか?

 何故管理人が見に来ないのだろうか?

 もう3ヶ月近くあの家に滞在している。隣家とは結構距離があるが、こう長くいると見つかってもおかしくはない。見つかってないのだろうか?

 まぁ良いか。それでもーー。

 警察だ! 振り向きたい衝動にかられるが、必死でそれを抑える。

 道路のミラーに警察が映っていた。今は見えないが、確かに俺の背後に警察が見えた。さっきの2人組だ。

 尾行……されているのか?

 俺が? 

 やばっ。気づいて良かった。いつも通り廃墟……マイホームに向かっていた。

 危なかった。警察にマイホームがバレるところだった。

 ……さてどうしよう。

 フレデリックが待っているからマイホームには帰らなきゃいけない。かといってマイホームに向かったら色々とマズい。

 警察をまくしかないのか?

 でもあいつらはチャリに乗っていた。まけるか?

 それに例えまけたとしても、意味はあるのだろうか?

 俺はまたあのコンビニに行くだろうから、遅かれ早かれまた声をかけられる。コンビニに行かなくてもマイホームが近辺なのだからどこか違う場所で鉢合わせるだろう。その時にまいた事を聞かれるかもしれない。

 …………。

 俺にとってフレデリックとの交流は一番大事だ。

 あの言葉が通じなくても心が通じあっているような幸せな時間を無くしたくない。

 …………。

 良し! 決めた。

 警察を納得させるために実家に帰ろう。

 警察は俺の住所を知っている。実家に向かえば疑いは晴れるだろう。

 ……勘当されているから気が重いがな。



 随分と久しぶりだなー。

 高校に行くまで15年間暮らしていたんだよな。あんな親の家だが少々感慨深い。

 さて久しぶりに帰ってきた実の息子に対して俺の両親はなんと言うでしょうか?

 1、「どこほっつき歩いてきたのよ」正常な親の反応のように思える。

 2、「どこ行ってたの? 事件に巻き込まれたの? 怪我とかはない?」良い親だ。

 3、「無事で良かったわ。何があったか聞かせてね」良い親だ。

 んー。後は思いつかないな。

 こんなところだろ。

 だが俺の親はそんな反応じゃないことはわかっている。

 俺の親の反応は……。

「……ただいま」

「……お帰りなさい」

「…………」

「……ご飯作ってないから適当にすませて」

「……コンビニで買ってきた」

「用意がいいわね」

 ーーこれだ。

 この実の息子に全く興味がない人は俺の母親だ。

「なんだ帰ってきたのか」

「…………」

「人様に迷惑だけはかけるんじゃないぞ」

 この実の息子より自分の体裁だけを考えているのが俺の父親だ。

 勝手に出て行って勝手に帰ってきた息子に愛想を尽かした訳ではない。

 俺の両親はずっとこうだ。全く俺に興味がない。

 勘当された時も決して面と向かって言われた訳ではない。俺が保険証を持ち出し家をでようとした時、父親が新聞に目を落としながら「人様に迷惑をかけたら勘当だ」と言った。カッとなった俺は「だったら今勘当してくれ」と言い放ち家を出て行った。父親の返答を聞いてないので俺が勘当されたかどうかは知らないが、勘当同然と思って過ごしてきた。

 だが父親の反応を見る限りではまだ勘当されていないのだろう。それが嬉しくもあり悲しくもあった。

 げんなりした俺は階段を登り自分の部屋へと行く。

 子供の頃、盛大に駄々をこねて「一生のお願いだから」と拝み倒して手に入れた小さな部屋。思えば両親から唯一のプレゼントかもしれない。誕生日やクリスマスを祝った覚えがないからな。お年玉は両親以外からもらってたし。

 5畳程度の俺の王国。両親から自分の身を守る最後の砦。

 ガチャッ。

 鍵を開けて中に入る。

 中は何にも変わってなかった。

 鍵がかかっているとはいえ、親は合鍵をもっている。俺の部屋を開けようともしなかったのだろう。我が親ながらため息が出る。

 埃っぽいベッドに座りコンビニの袋からおにぎりを取り出す。1人分には少し多い4個のおにぎり。今日はツナマヨと鳥五目。そしておにぎりには合わないコーヒーと合う2本のお茶。

 ビリッ。

 パリッ。

 ムシャムシャ。

 ゴクッ。

 ゴクゴク。

 パリッ。

 ムシャムシャ。

 ゴクッ。

 ゴクゴク。

 …………。

 ゴクゴク。

 会話のない食事。このクソッタレた家での日常。

 いつからだろう?

 会話のある食事が普通になったのは。

 いつからだろう?

 会話のない食事がこれほど苦痛になったのは。

 いつからだろう?

 食事よりも相手の言葉が気になったのは。

 当然答えは決まっている。

 フレデリックに出会ってからだ。

 夜ごとやって来る異世界の客人と交流を始めてからだ。

 フレデリックに会いてーな。

 あいつは今日もマイホームに来て俺の帰りを待っているだろう。

 俺が帰らないって知ったらどんな気持ちになるだろうか?

 すまない。

 今日だけはあの刑事の疑いを晴らすためマイホームに行けない。許してくれ。

 明日は沢山の食料を買い込んでフレデリックをもてなそう。

 さっさと夕食を終えた俺は埃っぽい布団に潜り込んだ。



「山さん帰りましょうよ」

「最近のわけーのは根性がねーな」

「そうじゃなくて。家に入ってくところを見たじゃないですか? 確かに保険証に載っている住所です。あの子を疑う理由がどこにあるって言うんですか?」

「理由ねぇ。刑事の勘さ」

「適当に言って。何かとそれなんだから」

「なんだと、おめぇ」

「刑事の勘なんて時代遅れですよ」

「刑事の勘をなめちゃあいけんぞ。あいつは何か秘密を抱えてやがる」

「どうしてそう思うんですか?」

「刑事の勘さ」

「またーー」

「またとはなんだ、またとは。お前は俺が信じられねぇってのか」

「信じられません」

「お前……仮にも上司に向かって。だからゆとり教育は!」

「またそれですか。ゆとり教育がダメなんて迷信ですよ、迷信。ちゃんとしている奴はゆとり教育を受けても、受けなくても常識を持ちますよ。大体山さんの世代にだってはみ出し者はいたでしょう」

「……そりゃあいたがよ」

「ねっ。もう帰りましょうよ。確かに署長のお子さんが家出したのは大事件ですけど、我々がやるべきことは他にもあります。確かに藤田剣は署長のお子さんと同級生でしたが、今では退学になりアルバイトをして生活しているとの情報があります。家にもキチンと帰っているようですし、あらぬ疑いをかけるのはやめましょう」

「だがよう、俺らに職質された時のあいつの反応はおかしかったぜ。何か重要な秘密を隠しているような、人に言えないことに手を染めているような」

「なんでそんなことが……ああ答えなくていいです。刑事の勘っていうに決まっています。とにかく俺は署に戻ります。張り込みするなら山さんだけでやってください」

「おおい、待てよ。張り込みは2人以上が基本だろ?」

「だから俺はやらないって言ってるんです。もしそんな無駄なことをしたいのなら、他の人を呼んで下さい」

「おめぇ、そんな舐めた口聞いてると……行っちまった。ったく最近のわけーのは」

 山も後を追った。

「確かにあいつは何かを抱えている。俺がそれを突き止めてやる」

 定年間近の山の目に炎が(とも)った。

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