第5話:カネ無し男5
予想通りっちゃ、予想通りだけどよ。図書館に必死で来てこれじゃあ、凹むよ。
フレデリックに書いてもらった24の文字はどこにも見当たらなかった。
こりゃ、どういうことだ?
…………。
うん、出来の悪い俺の頭では、2パターンしか思い浮かばない
①フレデリックが図鑑に載らない程の少数民族出身である。そして独自の文字を持っている。
②フレデリックは異世界人であり、あの場所は異世界と繋がっている。
正直①はないと思う。少数民族出身でも日本を歩いていたらペットボトルやアルミホイルなどは目に付くはずだ。だがフレデリックはそんな、ありふれたモノに恐怖した。その理由は知らないからではないだろうか。知らないモノは怖い。良くわかる。
フレデリックがあの家にずっと閉じこもっているなら、①もあり得るが、フレデリックはいつも明け方になるといなくなる。あの家を出るのだ。どこに行ってるかは知らないが、少なくとも外に出てる。そして夕方になるとあの家へと戻ってくる。
だから①はなし。
すると……②だよなぁ。
②と……仮定するとフレデリックの反応が理解できる。
俺の持ってきた食品を警戒したこと。
キャップの開け方もわからなかったこと。
言葉が通じないこと。
見慣れぬ銀貨をもっていること。まぁ俺が知らないだけかもしれないが。
植物みたいな服を着てること。あれは異世界のファションなのだろうか?
廃墟同然のあの家で片一方の引き戸だけが薄汚れていなかったこと。
まっ、こんだけの根拠があれば十分だろ。
答えは②。フレデリックは異世界人。そう決めた。
しかし異世界……ねぇ。どんな世界なんだろうか。一度行ってみたいな。
魔法が使えて、ドラゴンがいて、ドワーフ、エルフ、サキュパスとか、そんな漫画みたいな世界なんだろうか? あの服も魔法で編まれているのか? 引き戸が汚れないのは魔法の効果?
そういえばフレデリックはずっとあの服だな。別の服を持っていないのか?
色々疑問点が浮かび上がるが、一番聞きたいのは何故毎夜あの家に現れるか、だ。
朝出かける時に周囲を警戒していることも考えると、やっぱり何かから逃げているのだろうか? 追われていてあの家を隠れ家としているのだろうか?
むぅ、気になる。非常に気になる。
だがあえて無視する。
理由はただ1つ。
フレデリックに嫌われたくないから。
言葉が通じずとも、フレデリックは俺の親友だ。何でも話せる友達だ。
それにフレデリックがあの家に来なくなったら生活できない。あの銀貨がなければ途端に飢えて死ぬだろう。そのためフレデリックとは良いお付き合いをしなければならない。
背景を探って嫌われたら元も子もない。
さっ今日も出資主の機嫌を取るためコンビニ行こう。
◇
今日もコーヒーと適当なおにぎりとお菓子を買って帰宅した。やはりフレデリックはいて「ゆうじょう」と拳をぶつけあった。今回は満喫に行ってないので、だいぶお金に余裕がある。
早速コーヒーを飲みおにぎりを食べる。今回は鮭とツナマヨだ。
昆布やおかかなどの新しい味も買いたかったが、外国人、異世界人が美味しいと思うのだろうか、という疑問があり、安全な鮭とツナマヨにした。
そしてポテ◯を広げる。勿論塩味。
フレデリックは満足しているらしく、何回も「ダック」と言っている。おにぎりの包装紙を剥くのも失敗しなくなった。
そして食べ終わった頃に俺は話しだす。高校中退になった理由を。
実はコンビニで高校中退になった出来事の関係者に会った。そいつは気まずい顔をして、軽く頭を下げ逃げ出すように消えていった。俺は無言でそれを見送り、レジに向かった。
ふつふつと怒りが沸き、それを吐き出したくなった。
「なぁ、ちょっと聞いてくれるか?」
「ーーーー」
「俺の昔話なんだ」
俺の気持ちが伝わったのか、フレデリックは押し黙った。
くそったれた家庭で俺は育った。
親の愛など微塵も感じられない家庭だった。
ネグレクト、と最近では言うらしい。俺は育児放棄をされた。どこかへ旅行に行ったことなど1回もないし、祭りに行ったこともない。一緒に飯を食べることもなく、ただ同じ家で暮らしている他人。俺の家族はそんな関係だった。
高校を卒業したら絶対に家を出ようと決めていた。しかし高校を卒業できなかった。
ある日商店街で同じ高校の生徒ーーAが3人の他校生に絡まれていた。カツアゲってやつだ。
元々カッとなりやすい俺は無駄な義侠心にかられてその争いにちょっかいを出した。当然他校の奴と喧嘩になり、俺は散々にそいつらを殴った。俺が強いってより、そいつらが弱かった。自分より弱者をイジメることしか能のないボンクラだったのだ。
そのことは商店街の人々からスグに高校に伝えられた。俺は楽観的だった。弱者を救い出した俺が怒られる訳無い、と高をくくっていた。
次の日教師に呼び出された。俺はありのままの事実を教師に伝えたが、教師は俺の言葉を一切信じなかった。ならカツアゲの被害者に事情を聞け、と教師に迫ったがあっさりと首を横に振られた。
「もう事情は聞いている。君が一方的に殴っていた、と証言している」
「なっ!? んな訳ねーだろ?」と憤ったが、状況は変わらず俺は退学になった。俺の抗議は一切認められなかった。後日町であった被害者Aに問い詰めると、「カツアゲしてきた生徒の親が自分の親の上司であり反抗できない」という時代錯誤のような答えを返された。
「なんだ、そりゃあ」と胸ぐらを掴んで怒鳴ったが、Aは「ごめんなさい、ごめんなさい」と泣くばかりでどうしようもなかった。コンビニで会ったのがこのAだ。
ほとほと学校に愛想を尽きた俺は成人している友人にお願いしてアパートの1室を借りてもらった。そしてそこに移り住んだ。あんな親とこれ以上顔を合わせたくない。
あいつらは高校を退学になった俺に対して「そう」と言っただけだ。
「何故?」とも「これからどうするの?」とも聞いてこなかった。当然高校へ抗議にいくこともない。俺に全く興味がないのだ。
自立した俺はアルバイトをして生活していた。
しかし家族との関係が希薄で怒られ慣れていない俺にはアルバイトは向かなかった。元々年齢で弾かれることも多い上に、やっと入れた職場で長続きしなかった。毎回上司と喧嘩になり退職した。次第に金はなくなり、俺は知人という知人に無心した。大抵は断られるが中には貸してくれる奴もいた。そうやって金を借りて生活していたのだが、それも行き詰まりとうとうアパートを追い出された。
そうしてこの廃墟に来たのだ。
この話は誰にもしたことがなかった。俺の無念を理解してくれる奴なんていないと思ったからだ。
長々と続く俺の語りをフレデリックは黙って聞いてくれた。そして話が終わると、ポンッポンッと背中を叩いてくれた。
涙が出そうになるくらい嬉しかった。俺を理解してくれる人がいる。そう感じた。
それからフレデリックと話をした。お互いの言葉でモノの名前を言い、ノートにメモする。その繰り返しだった。フレデリックもボールペンの使い方をマスターし、何不自由なく使っている。
もしかしたら俺とフレデリックが言葉を通じ合える未来が待っているのかもしれない。俺はこの親友をもっと知るために言葉を勉強することに決めた。
きっとフレデリックも同じ気持ちだろう。熱心にノートに向かっている。
懐中電灯を持ち手元を照らしながら俺達は話し、笑いあった。満ち足りた時間だった。