第1話:カネ無し男1
くそったれ!
金がねーよ。
コンビニで買い物したら一文無しだ。ふざけんな、日本。
のたれ死にしろってのか? ああ?
仕事しろって? 高校中退の俺を雇ってくれるところなんかねーんだよ!
お先真っ暗だ。まっくろく○すけ出ておいで〜、じゃねーんだよ!
こうなったらいっそ銀行強盗でもして、パーッと金を使ってやろうかな。
親には勘当されてるし、住んでいたアパートも家賃滞納で追い出された。追い出された当初は荷物をコインロッカーに預けて、気楽なネカフェ暮らしをしてたが、僅かな貯金なんてたちまち底をついた。それから質屋通いが続いたが、もう売るものさえない。バイト先はクビになったし、知人に金借りるのも限界だ。
一昨日猫に餌なんてやんなきゃなー。あの金で腹の足しになるもん買えば良かった。後悔……なんとかだ。知らん。
どうする、どうする、俺。
いくら考えても俺のオツムじゃどうしようもない。良い案が浮かぶはずがない。
……とりあえず帰るか。昨日見つけた廃墟へ行こう。あそこは俺の家だ。誰も住んでないから俺がもらった。誰にも文句は言わせない。
町の外れに建っていた廃墟。あんなの今まで見たことない。いつ建って、いつ廃れたんだ? 小学生時代に探検であの辺りに行った時にも見たことない。
ガラッと引き戸を引いて、家に入る。
埃っぽい空気が鼻に入り、ゴホッと咳が出る。換気のため少し開けておこう。
一階は結構広く、2階は居住スペースだ。定食屋とかだったのか? よくみれば調理場と、テーブル、カウンターに椅子が数脚ある。といっても錆びて使えないけど。
そんなくそったれな家だが1つだけ特徴的な、不気味な箇所がある。
俺が入ってきた扉とは反対側にある引き戸だ。一見すると普通の引き戸なのだが、全く汚れてない。まるで違う次元にでもあるように、ピカピカである。触れるし、開けることも出来る。経年劣化だっけ? そういうのが全くみられない。
なんだろう、これ。正直怖いから、あまり近づきたくない。
俺は換気していた扉を閉めて、逃げるように2階に行く。
寝よう。何もすることがない時は寝るのが一番。エネルギーを使わずに済む。ポッケの中の菓子は起きてからだ。
布団も何もないが、初夏で良かった。昼寝するには良い心地だ。
寝れば何も考えないで済む。将来の不安とかもどこかへいく。
ポッケからお菓子を取り出し、寝転がる。昨日掃除したから比較的キレイだ。
おやすみ。
◇
ドスンッと大きな音が響き、眠りを邪魔される。誰だよ! ふざけんな! 俺の安眠を妨害しやがって。
真っ暗だ。電気、電気……通ってねーわ。水道もガスも通ってない。あいかわらずのくそったれぶりだ。
満月で良かった。月明かりで僅かに見える。
腕時計も質屋に預けたため、時間さえわからない。不便な生活だ。
ん? 1階からゴソゴソと音が聞こえる。誰かがいるようだ。
まずっ、住人か? こんなに廃墟に、住人なんているのか?
住人だとしたら2階に来るよな。怒られる……よな?
住居不法侵入とかって罪が会った気がする。テレビで見た。
あーあ、俺もとうとう犯罪者か。結構早かったな。いつかはなると思っていたが、野宿生活2日目でなるとは。
まっいっか。今の生活よりもマシだろ。公園の水をペットボトルに注ぐ必要もないし、飯も食える。何か手に職もつけられるって聞いたこともある。
よし! 住民に会いに行くか。あたって砕けろ。
忍び足で1階に行く。物音はまだ続いている。
すると階段の中腹で呼び止められた。
「ーーーー」日本語じゃねーな。何語だ? 英語? フランス語? 俺は日本語しか話せねーんだよ。日本なんだから日本語喋れよ。声的に男だな。真っ暗で何も見えない。
「ーーーー」更に叫ばれるが、意味がわからない。日本語喋れっつーの。取り敢えず、あれだ。あれを言おう。
「I can speak English a little.Please slowly」外人に会ったら取り敢えず言っとけ、っていうセリフ。「can't」はダメらしい。喋れるからって、くそったれな教師が口酸っぱく言っていた。高校で覚えた唯一の文章。これが通じなかったらお手上げだ。
「ーーーー」はいムリー。何も変わらなかった。
「slowly.slowly.Please slowly」「ーーーー」遅くって言ってるだろ。めっちゃ早口で何言ってるかわかんねーよ。外国に来るなら英語くらい勉強しとけよ。世界の公用語だろ?
おっ、だんだん目が慣れてきてうっすらと相手が見えてきた。
小ぶりな耳に、真っ白な肌、変な色の髪。青と紫の中間くらい。身長は180cmの俺と同じか。西洋風の顔立ちだな。ヨーロッパのどっかの国出身か。服は……なんだこれ? 植物でも身体に巻きつけてんのか? 気持ち悪っ。外国人のファッションは良くわからんな。
しかしイケメンだな。芸能界デビューできそうなくらいだ。日本語さえ話せれば、俺がプロデュースしてやるのに。残念だ。
あれ? イケメンが右手を俺に突き出している。その手には……ナイフじゃん!? 光ってんじゃん!?
えっ、マジかよ。何? 不良外国人? そんなの日本くんなよ。税関どうなってんだよ。さぼってんじゃねーよ。
しかもナイフを振りながら威嚇してくる。警告だろう。
ヤバイ、このままだと刺される。そして死ぬ。
取り敢えず両手を挙げて、戦意ないアピールだ。言葉は通じないが、これなら意味は伝わるだろう。両手を挙げて、左右に振る。
戦う気はない。伝われ、俺の思い!
おっ伝わったか? ナイフが止まった。理解してくれたか。ナイフを仕舞い、自分の胸の中心に両手を持って行き、左右へ引っ張る。その動作を何回も繰り返した。……服を脱げ、ってことか? 良いよ、何でもやってやんよ。
上着を脱いだ。イケメンを見るとコクリと頷いた。行動は間違っていない。順に、シャツ、ズボンと脱いでいき、ボクサーパンツに手をかけたところで、イケメンが右手を突き出し左右に振る。もう十分ってことか。よかった。流石にパンツを脱ぐのは恥ずかしかった。
そして俺の脱いだ服を指さし、投げろ、とジェスチャーで指示をだす。それに従い、服をなげると、イケメンが受け取り、パンパンッと叩く。
ああ、俺の一張羅が。殆ど質屋に持ってったから、もう1着しか服ないのに。
イケメンは服を投げ返してきて、俺の身体へと指を移動させる。着ろ、ってことか。危険はないと、判断して信頼してくれたか。ありがたい。初夏とはいえ、やはり夜は冷える。少々肌寒さを感じていた。イケメンの気が変わらない内に、急いで服を着よう。
服を着たい後、イケメンは俺に座れと命じ、自分も距離をとって座った。フーっと深い息を吐くと埃が舞い上がった。俺はそれを両手で払いのける。扉を開けて換気しようかと、座ったまま動くと、イケメンが大きな声を出して、俺を止めた。動けず仕舞いだった。
このままじゃ埒が明かないので、意思疎通を試みる。
「なぁ、あんたは誰なんだ?」
「ーーーー」
「どこから来たんだ?」
「ーーーー」
「何しに?」
「ーーーー」
5分程度声をかけてみたが全く意思疎通を図れなかった。だめだ、こりゃ。
そんなこんなで10分が経ち、喉も乾いてきた。確かここら辺に、水の取り置きが……あった、あった。水だけはペットボトルに保存してある。手の届く範囲にあってよかった。身をよじり、5本あるペットボトルの内、1本を手にする。
良かった。水が飲める。だが俺がペットボトルを手にした瞬間に、イケメンが金切り声をあげた。そして立ち上がりナイフを構える。
なんだ、なんだ? ただペットボトルを手にしただけだろ? ペットボトルで人を襲える訳ないじゃないか。俺はペットボトルを左手に持ち替え、右手を左右に振り、違う、違う、とアピールするが全く通じない。むしろイケメンの警戒の度合いが増し、一触即発という事態になる。鬼気迫る表情だった。
こいつ、ペットボトルしらないのか? このご時世にそんな奴いるのか?
イケメンがジリジリと距離を詰め、ナイフに手をかける。マズい、刺される。これは凶器でもなんでもない。ただの飲み物だ。
それをわからせるには、これしかない。
急いで、キャップを外し、口に入れる。満タンの水は口に入る前に、しこたま服にこぼれたが、四の五の言ってられない。喉を鳴らして、ごくごくと飲む。寝起きともあって、500mlのペットボトルの半分を一息で飲んだ。ヌルく、カルキ臭く、マズい水だった。左手で口を拭き、イケメンを見るとポカンと呆けた顔になっていた。俺がベットボトルのキャップを閉め、床に置き、両手を挙げると、イケメンもナイフを仕舞い座った。
危なかった。水を飲んだだけで、殺されていたら、洒落にならなかった。笑い話にさえならない。
命が助かり、フーっと深い息をつく。良かった、良かった。
するとイケメンが左手を伸ばしてアピールしてくる。なんだろう? 右手を頭の上に持って行き、回転させる。掌は何かを握っているような形状だ。そして口は上を向き、半開き。
水が飲みたいのか。わかったよ。
すかさず、もう1本のペットボトルを背後から取り、イケメンへと転がす。床を転がったペットボトルはしっかりとイケメンへ届いた。イケメンは怪訝な表情を浮かべ、ペットボトルをマジマジと見て、指で弾いたり、押したりした後、俺へと投げ返してきた。
なんだよ! いらな……そうでもないみたいだ。再度同じ行動をしている。俺は違うペットボトルを取り投げると、今度は受け取りもせず、投げ返された。そしてまた同じ行動をする。
どっちなんだよ! ああ、もう喋れよ。じゃないとわかんねーよ。なんでこんなことしなきゃなんねーんだよ。動物か、俺達は。
悪態をつきそうになったが、ピーンと来た。もしかして野生動物のように、毒を警戒しているのか? つまりイケメンが欲しいのは……これか?
半分飲みかけのペットボトルを掲げ指差すと、イケメンがコクッと頷いた。俺口つけたんだけど。しかしそんな俺の思いもよそに、イケメンはさっさとくれとばかりに、手の動きがはやくなる。まぁ、イケメンが良いってなら、良いか。潔癖症じゃないし。
ほらよ、とペットボトルを転がす。受け取ったイケメンはキャップを開けようとするが、開けれなかった。違う、違う、引くんじゃなくて、回すんだよ! ほんと知らないんだな。俺は「おいっ」と声をかけて、違うペットボトルでキャップを開ける動作を繰り返した。3回目でイケメンも理解し、慣れない手つきでキャップをゆっくりと回し、水を口に含んだ。よほど喉が乾いていたのか、一気に飲み干し、名残おしそうに空の容器を覗き込んだ。
俺は再度「おいっ」と声をかけ、イケメンがこっちを向くと、もう1本のペットボトルを開け、口をつけずに喉に流し込む。そして蓋を閉めて、イケメンへと転がす。イケメンは受け取ると「ーーーー」何かお礼めいた言葉を発して、口をつけた。水を3分の1程度残して、口を離した。随分飲んだな。
するとイケメンが立ち上がり、こっちに近づいてくる。
こわっ、何だ、何されるんだ?
身構えたが、イケメンは立ち止まると、右手を差し出してきた。……握手? 握手か?
おずおずと立ち上がり、右手を出し、固い握手を交わした。
フー、一件落着だ。
それから少々話をした。と言ってもイケメンが何を言っているのかわからないし、イケメンも俺が何を言っているのかわからない。
でもそれで良かった。日頃の鬱憤を誰かに聞いてもらいたかったんだ。俺はイケメンの言葉に耳を傾ける。意味はわからないが、彼も何かに不満をもっており、時折床をバンっと叩きつける。そういう時に俺は大げさな同意を示す。イケメンも同じで、俺の怒りのピークの時にそっと肩に手を置き、ウンウンと頷く。俺は言葉も通じないこのイケメンと、どこか心が通じあったような気がして、泣きそうになった。
「フリ※ック」イケメンが胸に親指を当てる。
「フリック?」イケメンが首を横に振る。
「フレ※ック」
「フレック?」
「フレデリック」
「フレデリック!」イケメンが首を上下させ、笑みを浮かべる。名前はフレデリックか。覚えた。
今度はこっちの番だ。
「ケン」自分の胸を指した。名字は省略しよう。相手も省略したようだし。
「コン?」狐か!
「ケン」
「コイン?」金欲しいな〜。
「ケン」
「ケン!」
「ケン、ケン」
「ケン、ケン」そう、その通り。その後で俺らは名前を確認し合い、何度も呼び合った。固い友情が結ばれた気がした。
すると突然、フレデリックの腹が鳴った。腹減ってるのか。しかしゴメンな。金が無くて、食い物も買ってやれない。食い物の買い置きなんて……ああっ、あった、あった。昼間コンビニで買ったあれがあった。
「フレデリック、ちょっと待ってろ」と言い残して、俺は2階へと上がる。今では随分目が慣れ、目的の物も一発で見つけられた。明るい色のヤツを1本買っといて良かった。
息を切らして戻ると、フレデリックは元いた場所で待っていた。ナイフを取り出したりはしていない。どうやら信頼してくれたようだ。
「ほらよ」とフレデリックに1本渡す。貴重な食料だが、親友フレデリックのためなら惜しくない。フレデリックは受け取った棒をコロコロと掌で転がしていた。その光景がなんとも滑稽で俺は吹き出してしまった。
「違う、違う。これはこうやって食べるの」俺は包みを開け、かぶりつく。うーん、サクッと歯ごたえがあって、中は空洞でふんわりしている。この安っぽい味。ほのかな甘み。好きだなー、これ。ガツガツ食べ進め、半分くらいになった時にフレデリックを見ると、キョトン顔だった。仕方ない。
俺はフレデリックの掌からそれを奪い、包みを開けて、フレデリックの口へと持っていく。そして口を開け閉めして、食え、と命令した。フレデリックは恐る恐る口を半開きにして、ほんの少し齧る。ネズミの1口分しかそれは減っていなかった。咀嚼し、飲み込むとフレデリックは目を見開き、俺から引ったくるようにそれを奪い、大口でそれにかぶりついた。
マナーなんてそこにはなかった。でもそれで構わなかった。笑顔を見てるのは楽しい。
カスを撒き散らしながら、咀嚼し、水を流し込む。こいつは口内から恐ろしいほど水分を奪い取る。水は必須だ。できればコーラが良いがないものねだりだ。
イテテ、肩を2回叩かれた。「ーーーー」美味いなー、これ、そう言っているんだろう。フレデリックの緩む頬からはそう感じられた。
あっという間に平らげたフレデリックは、包みを逆さまにしてカスを口に入れる。そして……そして俺の持っているそれに視線を落とす。「くれっ」そう訴えられているように感じられた。
だめだ。
これは俺の唯一の食料だ。簡単に手放して良いモノでは……まっいっか。
こんなに美味そうに食ってる奴にやらない訳にはいかない。俺は黙ってそれを差し出す。フレデリックは大喜びしてそれを受け取り、口にした。「ーーーー」また大声で何か言っている。違う味にびっくりしているのだろう。何種類もの味があるからな。
中が空洞で、円柱状で、金欠の俺でも買えるお菓子。そう、おれはう◯い棒のコーンポタージュ味とチーズ味を買っていた。フレデリックに渡したのがチーズ味で俺が持っていたのがコーンポタージュ味である。どちらもとてつもなく美味い。サクッ、フワッと、軽い食感と濃厚な味。かすかな香りがそれを引き立てる。おまけに安い。1本10円だ。
フレデリックはコーンポタージュ味もあっさりと完食して、俺にお礼を言ってきた。
良いってことよ。
俺達は親友だろ?
それから再度語りあった。
言葉は通じないが、心は通じた。
魔法のような時間だった。
そんな時間はあっさりと過ぎた。俺達は一睡もしないまま朝を迎えた。埃のつかない不可思議な扉を開け、キョロキョロと周囲を確認したフレデリックは頷き、俺に近寄ってきた。そして頭を下げ、俺の手を取り、硬貨を置いた。大きさ的に100円玉かな。20円しか払ってないから、得したな、と思っていると、俺に手を振って扉から出て行った。
なんとも不思議な経験をした。しばし放心したが、フレデリックはどこに行くんだろう、と思って扉を開けると、草原が広がるばかりで、人影はない。
変だな。まぁ良いや。気にしないようにしよう。
フレデリックは何をくれたんだろう?
これは銀貨?
それはピカピカと光沢のある少しひしゃげた銀貨だった。描かれているのは誰だ? 日本人じゃないし、外人なら知るはずがない。取り敢えず換金所に……換金所ってどこだ? 知らねーぞ。やべー詰んだ。
あっ質屋がある。そうだ、う◯い棒を買ったコンビニの隣に古めかしい質屋があった。俺が何回もお世話になった店だ。そこに持って行こう。
質屋が開く時間までコンビニで立ち読みをした。
◇
おいおいおいおいおいおい。
5千円になったぞ。銀貨を見た質屋は即金で5千円を出してくれた。俺はポカンとして、質屋の言うがまま、なすがままに5千円を受け取った。
5000円ー20円=4980円。
マジかよ。
これで今日のメシ代どころか、当分余裕が出来た。
フレデリック、ありがとう!