糸
私は この森に生まれ育ち、もう随分になります。
人間は私たちの事を 魔獣と呼んで、姿を見ると悲鳴を上げて逃げ出すか、雄叫びを上げて襲いかかって来るかのどちらかです。
なので こちらからは人間に近づきはしません。
私は雌なので、大人になると強い雄を伴侶に決めて番となり、子どもを産み育てました。
長い間に たくさんの子どもを持ちました。
どの子もとても可愛く、私たちは一生懸命に世話をして、一人前になった彼らが巣立って行くのを見送りました。
子どもは一度に四、五匹生まれます。
その時、私と子どもたちの間に不思議なつながりができます。お互いを糸で結ばれような感じです。
その糸のおかげで 子どもがどこかへ行ってしまっても、すぐに見つけることができました。
そして子どもが巣立つとその糸は切れてしまうのです。
その年の子どもは六匹も生まれました。
子どもの数が多くなると、反対に体が小さい子どもが生まれます。小さな子どもは育てるのが大変です。
そして困ったことに、私たちの縄張りに大きな魔獣が住み着きました。
大きな魔獣は子どもたちを狙っています。
食べ物を探すのも大変でした。なにせ、魔獣のいない時を見計らって、子どもたちを連れ出さなければなりません。しかもいつもより多くの子どもたちがいるのです。
私たちは交代で見張りをして、子どもたちに食事をさせました。
それでも大きな魔獣に見つかって逃げ回る毎日でした。
その日は 大きな魔獣はいつもよりしつこく追いかけてきました。
私たちは必死に子どもたちをまとめながら逃げ回りました。
ところが、中でも一番小さな子どもとはぐれてしまいました。
大きな魔獣はその子を追いかけて行ったようです。
今までたくさんの子どもを育ててきた中には、病気にかかったり、怪我をしたり、そしてこの子のように他の生き物に襲われて命を落とした者が少なからずいました。
他の子どもたちを守るために諦めるしかありませんでした。
そんな風に別れた子どもとの糸は切れてしまい、もう感じることはできません。
私たちは もうどの子も失くさ無いように別の場所に移り住みました。
そこは前より食べ物は少ない場所でしたが、ずっと安全でした。
そこで私たちは他の子どもたちなんとか育て上げました。そうして 、いつものように 巣立った子どもたちとの間の糸が切れて行くのを感じていました。
でも皆の姿が見えなくなってしまっても 糸が、ひとすじだけ 切れずに残っています。
私はその糸を辿って行きました。
糸は森の奥に続いています。
昔、小さな子どもとはぐれてしまった所を過ぎ、もっと森の奥に続いています。
やがて私たちのような小型の魔獣には 怖ろしくて住めないほどの暗い森にたどり着きました。
もう先には進めません。子どもを探すのは諦めようと思った時。
藪の中から薄緑色の獣が飛び出してきました。
とても立派できれいな毛並みをしています。
糸はその獣と繋がっています。その獣は昔はぐれて命を落としたと思った小さな子どものようです。
なぜかあの子は 無事に育って、とても立派な魔獣になっていました。
その獣は私を見ると嬉しそうにしっぽを振りました。私のことを覚えているようです。
私はもっとそばに寄ろうとしました。すると遠くから低く、でも優しいうなり声が聞こえました。
するとその獣は私をちょっとの間見つめると、
「ぴぴっ」とひと声鳴いて声のした方に向かって走り去って行ってしまいました。
そのとたん、細く繋がっていた糸が切れるのが感じられました。
私は、あの子も一人前になって 巣立って行ったことが分かりました。
自分の子どもが巣立つのは寂しい、けれど嬉しさの方がずっと大きいのです。
私は幸せに包まれながら、番の待つ我が家へと向かって帰って行きました。
あの子はどんな幸せを見つけたのかは分かりません。
でも、あの優しいうなり声の持ち主と一緒ならとびっきりの幸せなのでしょう。
私のように。