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来たるべき時  作者: 牧田紗矢乃


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2/2

後編 腑分け

 ひらりと着陸したオウルは、転がるように自宅へ飛びこんだ。

 道すがらこれまでの経緯を説明していた上忍も慌ててそれに続く。


「鶯宿さんっ!」

「はいデス!」


 切迫したオウルの声とは対照的な返事がして、奥から女性が現れた。抹茶色のエプロン姿の、娘といっても言い過ぎではない年齢の女性だ。


「ダンナ様っ、おかえりなさいデシタ」


 カタコトの彼女はぺこりと頭を下げてオウルを出迎える。オウルより二回りほど小柄な鶯宿はちょこちょこと跳ねまわりながらも彼から離れようとしない。


「『被検体』が逃走を図ったと聞きましたが、怪我はありませんか?」

「ワタシ元気してるデス」

「そうですか。それは何よりで……」


 オウルは鶯宿を抱き上げると、細い首筋に顔をうずめた。

 その直後、オウルの眉間にしわが寄る。彼の鷲鼻がひくりと動き、鶯宿の全身を嗅ぎまわった。


「鶯宿さん? 血の臭いがしますが」

「ああー……」


 言葉を詰まらせた鶯宿の視線は空中をさまよった。その足首には肌よりも白い包帯がきつく巻き付けられている。

 オウルは何も言わずに冷めた瞳で包帯を見つめていた。彼に抱えられた鶯宿はその腕から逃れることも叶わず、困惑しながら言い訳を探すのがやっとだった。

 二人の元へ大きな影が近づく。


「オウル様、申し訳ございません」


 オウルよりもさらに体格の良い大男が、巨体を小さく折り曲げて最大の謝意を表した。オウルは鶯宿から男へと視線を移してため息を漏らす。


「あなたに鶯宿さんを任せた私が悪いのです」


 諦めの混ざった言葉に、力男はひどく傷ついた表情を浮かべた。

 二人に挟まれた鶯宿はオウルの白衣を握り締めた。彼女の怯えに気付いたオウルだが、力男をねめつけるまなざしは変わらない。


「ダンナ様……? 悪いはワタシデス。ワタシうっかりしてたデス。だから、力男悪くないデス」

「鶯宿さん、彼をかばって何の得があるんですか」

「力男助けてくれたデス。責められる違うカラ……」


 鶯宿の言葉にオウルの眉間には再びしわが寄った。


「力男、何があったか説明しなさい」


 苛立ちの滲む声で促すと、力男は深く頭を下げた。気持ちを落ち着けるためか、その姿勢のまま深呼吸をする。


「オウル様がご不在の間、鶯宿様と件の侵入者の観察を行っていました。

 問診をしたり、知能検査をしたりとご指示をいただいていた範囲の調査をしていた時です。俺が侵入者から目を離した隙に、侵入者は逃亡を謀りました。鶯宿様がおっしゃるには、侵入者は爆ぜる火球を使ったそうです」

「火球、ですか?」

「はい。カグラ様を筆頭とする狐族の使うまやかしの鬼火とは違い、高温の、本物の火球だったそうです。驚いた鶯宿様は悲鳴を上げられ、その声で男は気絶しました」


 力男の報告を聞き終えたオウルは、一つ咳払いをした。

 鶯宿の甲高い悲鳴はときに相手の意識を奪う。小さくか弱い彼女なりの護身術だった。


「ワタシびっくりしたのデスヨー」

「……で、鶯宿さんの火傷はどのようなご加減なのですか?」

「いいえ、鶯宿様は驚いて湯呑を落とされまして……。お怪我は大したこともございませんが応急処置をさせていただきました」

「それは何よりです」


 抱きかかえていた鶯宿を力男に預けると、白衣の襟をただした。

 今度こそ彼女をしっかり守り切るように。言葉にこそ出さないものの、オウルのまなざしには強く表れていた。

 かつて失態の多さからカグラの元を追われた力男は、そのありがたみを噛みしめながら包み込むように鶯宿を抱いた。


「力男っ、きついデス」


 小さな羽をばたつかせて抗議する鶯宿を見て微笑むと、オウルはエルフの男が収容されている部屋に入った。

 後ろ手に扉が閉められ、施錠の音が二つの空間を隔てる。

 オウルの算段にいち早く気付いた鶯宿は、力男の腕から飛び出さんばかりの勢いで身を乗り出した。


「ダンナ様っ! 駄目デスッ!」


 身をよじって力男の腕から抜け出すと、不安定な羽ばたきで扉の前に降り立った。

 力男にも鶯宿の考えは薄々わかっていた。だが、それを裏付ける証拠はない。


「鶯宿様、落ち着いて下さい。まだ解剖の許可は下りていないはずです」

「デモ……ダンナ様があの目をするは覚悟してる時デス」


 大きな瞳から零れそうになった涙を拭い小さな肩を震わせる。

 部屋の鍵はすべてオウルが管理しており、鶯宿といえどそのありかはわからなかった。


 固唾を飲んでオウルが戻るのを待つ。長引く静寂に耳の奥が痛くなった。

 その時、突然争うような物音がして悲鳴が響き渡った。そこにゲラゲラと狂気じみた笑い声が重なる。笑い声の方はオウルのものに間違いなかった。


「ダンナ様ーっ!」


 必死で扉を叩いて呼び掛けたが、悲鳴と笑い声がやむことはなかった。

 その狂乱に紛れ、玄関で誰かが叫んでいるのが微かに聞き取れた。先ほどのことを踏まえ鶯宿を連れて行くべきかと逡巡した力男だったが、今の鶯宿を扉から引きはがすことは不可能だと判断し客人の元へ急ぐ。


「はよ開けんかい」


 怒鳴り声と共に室内に飛び込んできたのはカグラだった。思いがけない元上司との再会に、力男は面食らって立ちすくむ。


「相変わらずどんくさいんやな」


 力男を一喝するとカグラはずかずかと廊下を進んでいった。その後ろを追いかける力男の姿は、家人と客人が逆転したようなありさまだった。


「鶯宿ちゃん! 元気やった?」


 依然として扉を叩いていた鶯宿を軽々と抱き上げると、無理矢理頬ずりをする。

 その時、ちょうど扉が開いてオウルが姿を見せた。白衣は返り血でまだらに染まり、無造作に掻き上げられた前髪はかなり乱れていた。


「鶯宿さん……っと、カグラさんも。ちょうどいい。これを見てください」


 オウルが差し出した銀のトレーには淡い蒼の光を放つ小豆大のモノが載せられていた。ところどころに血が付いたままのそれは、柔らかそうな質感である。


「私たち獣人の体にはない臓器です。すぐにホルマリン漬けにしてウロガミ様に連絡を……――」


 オウルが言い終えるが早いか、その臓器は光を失い赤黒い塊と化した。その場にいた全員が息を飲み、目の前で起きた事象に呆気にとられた。


「長年医師を務めてきましたが、このようなことは初めてです」

「ウロガミになんて説明したらええんや……」


 頭を抱えるオウルの手からトレーを取ると、鶯宿は手早く標本にするための処理を施した。


「たぶん、劣化早い臓器デス。ダンナ様は早く連絡するデス」


 冷静に手元の作業をこなしながら指示を出した鶯宿に、平静を取り戻したオウルはうなずいた。

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