ナッカさんの幸せ
「…うぐっ…えっ……えぐっ……ぐすっ…ぐすっ…」
「何してるのナッカさん。」
「ウルド様ぁ!」
「包丁振り回さないで。玉ねぎ凄い切ったね。オニオンスープとカレー、どっちがいい?」
山盛りの玉ねぎが目に入る。
「オニオンスープデ!」
「じゃあお昼はそうする。ところで何でそんなに玉ねぎ切ったの?」
「料理ツリーの野菜切りの試練を、ウルド様みたいに魔法でやろうとしたら、失敗しちゃったんデす。イメージが足りない様なので、練習すれば上手くなるかト…。」
「ふうん…。」
喋っている間にも手を動かす。ナッカとは野菜の切り方と、味の出方の話で盛り上がった。野菜は筋目にそって切るか、断つほうに切るかで辛味、苦味などの出方が違うのだ。野菜の味を出したいとき、抑えたいとき、料理によってその要望は違う。切り方一つで色んな可能性が広がる。それが楽しい。
玉ねぎに塩を振ったら、加熱してメイラード反応を起こし、同時に水分を抜いていく。加熱によって辛味と酸味成分を分解し、残った糖とアミノ酸をメラノイジンに変えるのだ。素早く香ばしさとコク、甘みを深くした飴色玉ねぎが出来る。
ストックしてあるブイヨンを加えて、玉ねぎを伸ばす。具沢山にしたいので、ブイヨンは少なめだ。
そのうち皆が食堂にやってくる。
「いい匂いー。ナッカちゃんはお手伝い?」
皆が席についたのを見計らって、カップにスープをよそう。バケットを載せてグリュイエールチーズをたっぷりとかけたら、かりかりの焦げ目がつくまで加熱する。
「オニオングラタンスープと目玉焼きサラダです。」
「たっ…玉ねぎの王様が、馬車でお供の玉ねぎを連れ立ってパレードしてまス。パレードでス。玉ねぎの楽隊が、玉ねぎの、玉ねぎによる、玉ねぎのための玉ねぎ楽曲を歌ってまス。じゅわっと浸みたパンにほのかなチーズの苦味と濃厚なコク…。あ…ああ…パレードが行ってしまいまス…待って、まだ…っ…行かないで…っおかわり!」
「ヨッカはぶれないね。」
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今日は午後からウルド様と迷宮です。自分が解放してない試練でも、連れていってもらえば入ることは出来るみたいです。最近ウルド様は、制覇したツリーを魔法調理でクリアし直しています。試練には関われませんが、観て対策するのが許されているんですね。先生なんかがたまに引率したりしてます。まあその分試練は容赦無いですけど。
容赦無い試練ですが、ウルド様は鼻歌交じりです。通常は器具を使う試練を、魔法でクリアしていきます。魔力の制御を一所懸命みつめます。あまりの見事さに思わずほわーっと見ていると、ウルド様はそれに気付いて、くすりと笑いました。
「難しいけど、この試練同じ様に魔法でクリア出来たら、ご褒美あげるよ。」
「抱いてくダさい!」
「未成年です。」
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深夜の食堂。喉が乾いたので、冷蔵庫の檸檬水を飲みにくる。ついでにプリンとティラミスでも補充しておこう。
ナッカがふらふらとやってくる。
「……かゆ…………うま……」
うま?…ああ、馬乗りになりたかったんですね。ちょっと重いですよ。あとお腹すいたんですか首筋齧るのは止めてほしいです。
「…むにゅ……」
「夜食なら作りますよ?いつも頑張ってるの知ってますから。応援してるんですよ。でも無理しないで、ちゃんと休んで下さいね?」
なんだかナッカのぎゅう、と拘束する力が強くなった。幸せそうに涎を首筋に塗りつけている。そのままにしていると、幸せそうな寝息が聞こえてきた。
そっと身体を引き剥がして、ナッカの寝室に運んだ。ベッドに横たえたら首をがっちり拘束して離してくれなくなった。
アル直伝の回復魔法を、優しく優しくかける。
ゆっくりと。優しく。循環する魔子を少なくして、快感への刺激も最小限に。ナッカは少し眉根を寄せながら、長い長い吐息を吐く。少し熱をはらんだ、唇が艶かしい。
ゆっくりと力が抜けたので、身体を起こし、ふわふわした前髪を撫でる。
「……アルや俺達は…ナッカもヨッカも見捨てませんよ。不安を感じなくても大丈夫です。頑張らなくても、本当はいいんです。貴方たちが幸せになってくれるなら、俺達が命を賭けた意味があるんです。」
ナッカの頬を優しく流れた涙の雫は、見ないふりをして部屋を出た。
ナッカさんはただの駄エルフじゃない、妹や里を思って、庇護者たちへ自分の有用性を証明しようとしたり、身体を使って取り入ろうとしたり。一生懸命で、必死に、ある意味保証を求めていました。そういう打算やあざとさの部分は確かにあったけど、そうでなくても惹かれていて。そういうちょっと打算的な部分もきちんと把握してくれていながら、優しく受け入れてくれたウルドに、ナッカの気持ちは深く純粋なものに変わります。
そういう表現が伝わってると嬉しいです。