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エルフ?を拾う

かっぽかっぽかっぽかっぽ。


呑気な馬蹄の音とはうらはらに、景色は滑る様に流れ、馬車は進んでゆく。

馬体にかけられた強化魔法と、馬車に仕込まれた慣性制御用の魔石により、馬車の速度は通常の十数倍の速さを獲得している。それを実用化した王国は、飛躍的に流通を拡大し、大陸に文化の流動をもたらした。

王都から延びる主要な街道は、上下二車線の四本の道に、魔物除けの認識阻害魔導器が、石畳に等間隔で設置され、馬車を周りから隠している為、魔物は寄って来ない。其れは隣接する魔導帝国まで伸びている。


それだからか、馬車の中でその主たちはのんびりと、魔法工学で造られた魔法携帯を其々手にして、王都の友達とたわいない会話を交わしている。

馬車の屋根に寝そべったもう一人、澄み切った青空のような髪の色をした少年は、両手を枕に空を眺めて今にも寝そうな顔をしている。

御者をしている初老の執事服の男は、馬に強化魔法を掛け直しながら、穏やかな目を油断なく周囲に走らせていた。


「うーんぅ…」


屋根の上の少年が伸びをしながら息を洩らす。その脇にあった天窓がカタンと開いて、中から金髪の少女が顔を出した。


美少女である。


薄い白金色の髪は、サラサラと動く度に光の粉を塗したかのように輝く。くっきりとした眉と、赤みがかった不思議な翠色の目は、強烈な意志と内にある陽気さを滲ませている。ツンと上を向いた鼻から、尖った顎までのバランスが、絶妙な均整を保っていて、思わず見惚れずにはいられない。ぽてっと厚い唇は艶やかに潤い、花びらの様な笑みを浮かべていた。


「ふぅーいい天気。あとどれ位かかりそう?」


「お昼前には学園に着くと思うよ。」


「あー来週からとうとう後期の受講が始まっちゃうのねー。科目の選択は決めた?」


帝国にある魔法学園の、後期の受講開始は、夏の暑さの名残も残る秋口だ。魔法に特化した学園だけあって、基礎理論から専門的な魔法工学、魔法土木、魔法化学、魔道具工芸など多岐に渡る科目を独特な方式で受講出来る。


「アルファリーゼ様、ウルドラル様」


答えようと口を開いた少年を遮り、御者席の男が注意を促す。それとともに馬車の速度が落ちた。


「行き倒れの様に見えます」


注意を促した先、前方を見ると、確かに道の真ん中にぼろきれを纏った人の形をしたものが倒れていた。馬車は盗賊の罠を警戒して、数十メトル手前で停まった。

アルファリーゼと呼ばれた少女がちらりと傍らの少年を見る。少年は興味がなさそうに欠伸をしていた。


(危険はなさそうね。)


少年の様子を見て、少女はそう判断する。彼が警戒してないなら、危険は無いはずだからだ。


「…助けましょう。セドリック、毛布をお願い。」


少女は御者台の男に声をかけると、頭を引っ込めて馬車から降りようとした。そこに、少年がポツリと言った。


「アル、エルフだよ、あの子。」


それを聞いた少女は一瞬だけ動きを止め、次の瞬間、馬車の扉が爆発したかの様に蹴破られる。

そこから先の少女がとびたした。女の子はしちゃいけない顔をして。


「ゥェエルゥフゥゥゥウウーーーーぅおおおおヒャッハぁぁぁーーーーー!!!!」


「えぐぅ!」


そのままぼろきれの人物に突撃し、タックルで抱きついたあと勢いでそのまま一緒に転がっていく。雄叫びと悲鳴が聴こえた気がするけど多分気のせいだ。いきなり豹変した少女に対し、馬車側は全員スルーしていた。いや、一瞬初老の男が動きを止めたが、頭を振って作業に戻る。


「罠だったらひとたまりもないわねぇ。」


馬車の扉からもう一人少女が降りる。


此方は夕闇を溶かしたような藍色の髪に、狐色の()が入ったくすんだ黄色の瞳が、月のように輝いている。アルと呼ばれた少女が太陽のイメージなら、こちらは月のような、静謐な雰囲気を纏った美少女だった。


「ソフィ姉、周囲の索敵は問題ないし、あの子も武装は碌にしてないよ。」


「わかってるわよぅ」


危険があれば、それを弟が許すはずはないのは分かっている。まあ、それはそれとして、行き倒れにタックルをかますアルを止めないで、甘やかす弟に、ちょっと思うところがないともいえない。

アルのエルフスキーは平常運転だから、言っても無駄なのだが。ここは穏便に黙っておく。


「ウルドーっ、この子、耳が二つある!」


アルがぼろきれをがさごそ弄って、声を上げた。

ウルドと呼ばれた少年は、ひょいっと姉の隣に飛び降りて、一緒に近付きながら、穏やかに説明する。


「その子は千年エルフっていう種族だね。」


「千年エルフ?なにそれ?」


「見た通り、耳の耳朶が二股に分かれてるのが外見的な特徴で、音とか波長みたいなものにすごく敏感っていう話だね。あまり他の種族との交流は無いはずなんだけど。まあそんな事より意識はある?」


あってもさっきのタックルで…、と密かに姉は思ったが、ぐっと我慢する。ツッコんだら負けである。非常識に常識を振りかざすのは、最初から負けの決まった戦場に行く様なものであるからだ。アルと行き倒れのところへ辿り着くと、ともかくフードにかくれた顔を覗き込んだ。泥塗れで髪はぼさぼさ、コレぞ行き倒れの見本の様な子供だ。今年13才になるアル達より、3つか4つ下に見える。


「…ぅ…あ…?」


「気がついたっ?」


「…何だか酷い目にあった気がしまス…」


「やー良かったね!もう大丈夫だよ!」


膝枕したアルが嬉しそうに笑う。行き倒れのエルフの子供は衝撃によって混乱しているが、諸悪の根元(ちょうほんにん)は完全にスルーするつもりらしい。


きゅるるるる〜。


子供のお腹が盛大に鳴った。


「お腹すいた?ごはん食べられる?」


ウルドが言いながら両手を軽く広げると、何処からともなくウルテ米と水とポルトニ茸が現れ、空中でぐるぐると混ざりあわされる。見る間に、茸から出た出汁が全体を薄い茶色に変えていく。同時に熱が加えられているようで、透明だったウルテ米が白くふっくらと変わっていき、出汁にとろりとしたとろみが加わる。更に塩とチーズらしき粉末が混ざり、乳白色のいい色になると、いつの間にか下に据えられていた木皿に静かに着陸した。更に卵が現れて、ほかほかの粥の真ん中にぽちゃんと落ちる。

目を瞬かせる暇もなく、あっという間に茸粥が出来た。


子供はぼろきれの間からくりっとした目を一杯に開いて、あっという間に出来た食べ物に驚いている。が、あまりの食欲を刺激する匂いに、我知らず大きな生唾を飲んだ。


「ごきゅり」


「うんうん、どうぞ召し上がれ?」


ほかほかと湯気のたつ木皿と木匙を握らせると、子供は一瞬の躊躇もなく粥を掻き込んだ。はふはふ、はふはふと、粥を食べる音だけが絶えることなく続く。


顔を真っ赤にしながら食べる子供を見ながら、ウルドはさらに虚空から出した果実を絞り、砂糖と少量の塩を水に溶かして、水筒に流し込んでいる。

一息ついた子供から空っぽの木皿を回収し、代わりに水筒を渡す。子供はこれも躊躇なく受取り、一気にんぐんぐと飲み干した。


「むふーーーっ!」


水筒を口から離し大きな息を一つ。その目には、先程まで希薄だった生気が、確かに宿っていた。


「さて、アル、どうしようか?」


子供が人心地ついたのを見て、満足そうに目を細めながら、ウルドはアルに問いかけた。アルは当然と言った風に頷く。


「拾ったエルフの10割は拾ったヒトのものよね。」


「なにそのこわい遺失物法」


「拾ったエルフは持って帰って可愛がる義務が生じるのよね。高貴なる責務(ノブリス・なんとか)ってやつ」


「聞いたことないわよねぇ」


「まあとにかく学園に連れていくでしょ?それからお風呂でまったりねっとりあたまからつま先まで隅々洗ったら、耳をこってりぬっぷりマッサージよね。先ずは冷たい塗れ布巾で耳朶の襞を丁寧に拭いて、火炎鳥の風切り羽で作った耳かきで、隅々まで徹底的に丁寧に汚れを取るでしょ?そしたら香油を塗して軟骨が蕩けるまでぺろぺろと「「変っ態だーーーーー‼‼」」


姉弟二人揃って叫ぶ。うん、最後まで聞きたくない。目が怖いし。

気の毒そうに子供を見ると、お腹が満たされて安心したのか、すでに我関せずと眠っていた。


「眠ってしまった様だしぃ、まぁ、確かにこれ以上は学園に連れて帰ってからねぇ。」


「そうね。ソフィ。聞きたい事もやってあげたい事も一杯あるわ!」


にこにことソフィが言うと、アルは力強く頷いた。誰に預ける気も誰かに任せる気も無いのだろう、しっかりと子供を抱きしめる。ぼろぼろの衣服は、これ迄の辛苦を偲ばせた。裾や襟には血の跡がこびり付き、ただ単に旅をしてきた訳でも無い事を、容易に察する事ができる。


ああ、そうだ。これは何時ものアルの病気(おせっかい)だ。事情は分からないながらも、それでも困っているであろうこの行き倒れを、また何時ものごとく首を突っ込んで助けようとしている。それを察した姉弟は、視線を交わらせて、目尻を下げる。


出してもらった毛布に大事そうに子供を包み、馬車に乗せると、馬車はゆっくりと動き出す。


ウルドは、定位置の屋根の上に戻り、そこに胡座をかくと、ちらりと丘の向こうまで続く草原の彼方を一瞥した。




------

その視線の先、視界に入らないギリギリの場所。大人が隠れられる位の小高い丘の向こう、一匹の黒猫が佇んでいる。


絵になりそうなほど美しい猫だが、その足元には血生臭い光景が広がっていた。五つの死体が、あるものは血塗れで、あるものは全身の骨を砕かれ、あるものは四肢をどろどろに溶かされ、転がっている。偶然に居合わせたものでない証拠に、幾つかの死体は恨みがましく猫を見つめたまま事切れている。


「とりあえず、直の雇い主は吐かせたんだけどにゃ。そいつも誰に唆されてるんだかにゃー。」


馬車が動き出したのを確認して、溜息をついて黒猫が喋る。


「面倒な追跡になりそうだにゃ。ウルドも猫使いが荒いんだにゃあ…」


ブツブツと愚痴りながらその場を離れる黒猫。その死体達が、行き倒れていたエルフを追っていたのを知るのは、今のところ馬車の上の少年と黒猫、あとは死体の雇い主だけであった。



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