変態紳士とドS少女
ここは蒼の国のなかでも城から少し離れにある森の中。人々が盛んな街からも離れ、耳を澄ませば動物の声や木々が風に揺れざわついた音、ただ生い茂った自然があるだけのなんら変わりない森。そんな中に1つの教会が建っている。そこが愛羅の戴冠式会場となっていた。
「それでは姫様、この控え室で休んでいてください。準備が整い次第、係りの者がお迎えに行きます。」
「えぇ、ありがとうございます神父様。」
深いしわが刻まれ優しい顔をした神父は、愛羅を控え室に案内した後そういって去っていった。
「…父様、母様。やっと…やっとです…。私は…。」
そう呟いては胸の奥に言葉をのみ込んだ。
*
「………訳は?」
一方その頃。衛兵とともに教会前に待機していたセラは1組の男女に顔をしかめていた。厳密にいえば目の前にいる男、1人、に。
「訳とは失礼な~。可愛い可愛い“従妹”の戴冠式なんだ。来ないはずがないだろう?なぁ神奈?」
黒いコートに身をまとい、目立つような赤縁眼鏡をかけ直した青年はもう1人の少女に理解を求める。
「ごめんなさいセラ。士朗がどうしても言う事を聞かなくて…。本来は奥様だけの参加だったのに、この士朗がいい歳して駄々をこねるものだからいっその事付いて来ちゃったわ。」
同じく黒いロングスカートに身を包んだ神奈、と呼ばれたツインテールの少女は答えた。
「神奈ちゃんいい加減その『変態』はどうにかならいのかなぁ?僕そんなに不審者?」
「えぇ、紛れもない。」
「待て待て待て。士朗の性癖なんてこれっぽっちも興味ない!!肝心の奥方様はどこにいらっしゃる?コイツを黄の城に返却させろ!!」
「それがセラ、奥様は真っ先にお嬢に挨拶しに行ってからまだ帰ってないわ。もうしばらくしたら戻ってくると思うけど…。」
「ねぇねぇ。従者同士、息が合うのは分かるけど僕をおいて話を進めるのはどうかと思うなぁ?」
「じゃぁ帰れ。」
「ほんとにセラは僕に対しての言葉遣いがなってないなぁ~。」
余裕そうにやれやれといった動作がこれまたセラの苛立ちをふつふつと沸き立たせる。
「まぁセラ、そこは私の傘でどうにかなるから安心して。最近は先端に刃先やら銃精機やらを構築してあるから、わざわざセラが手を出さなくても私が一振りすれば仕留められるわ。」
「君ほんとに僕の従者!?」
主人に対してのドS加減が半端ない従者は愛用の傘を差し出しては淡々と説明する。そんな彼女に頭をさげるくらいセラは心底安心しつつ、1つの不安要素を呟きながら溜め息を吐く。
「…とりあえず最後に、何の問題も起こさないでくれ、士朗。」
「僕だけ!?」
2人が去ったのを見計らってか、1人の衛兵がセラに声をかけた。
「流石、セラ様はあの2人とお知り合いなのですね…。」
「…まぁ、嫌というほどな。会う度にどっと疲れるが。…一応アイツ等は黄の国領主とその従者だ。姫様の伯母様も黄の国国王の妻であるから、会いに訪問する度、何度も2人の顔は見る。」
「そうなんですか…あの、セラ様?」
「なんだ?」
「お顔が…。」
歪んでいます、と衛兵に指摘されてからセラは元の無表情な顔へと戻した。
「あぁ、セラ。ノックしないからすぐ分かったわ。」
控え室のドアを開ければふふ、と笑う愛羅にセラはしまったと思いつつも部屋に入る。
「一応、城の外だしな…きちんとやろうとしても、」
「いつもの癖がでちゃったのよねー?」
そう言ってはまた笑う愛羅。バカにされた様で少しむすっとした表情になるセラ。
「そういえば、先程まで伯母様がいらしてたのよ。『この時をどれだけ待ち望んでいたか』、て…。嬉しそうにね、私の手を握ってくれて…。」
「愛羅…。」
「こんなにも感謝されているんだもの…。式はきちんと成功させるわ。」
「成功もなにも、愛羅が心配しなくとも式は勝手に行われる。」
「えぇ、そうね。」
笑顔ではにかむ愛羅の頭を優しくセラは撫でる。こんななんでもない時が彼が一番落ち着く時であった。
時は昼の音を奏でるかのように教会内の鐘が鳴る。それと同時にか、部屋を叩く音とともに声が聞こえてくる。
「姫様、準備が整いましたのでお知らせに参りました。部屋に入っても宜しいでしょうか――?」
「?えぇ、どうぞ。」
そう言って入ってきた3人の男は愛羅に近づいた。流石に不信を憶えて愛羅は口を開く。
「?あの、立っていてもなんですし、会場に――、」
移動しませんか?そう言おうとした途中、愛羅の左腕を掴んでは1人の男が強引に愛羅の口に布切れをあてた。
「!? ん!!んんーー!!!」
抵抗しようと相手の腕を解こうとしようとすると、もう1人の男が身動きできないように愛羅の両腕を後ろに移動させ縛りつけた。ロープなどなくても細い愛羅の腕は相手のがたいが大きい男に片手だけですっぽりと掴まれる。
「すいませんが、暫く大人しくしていてください王女サマ。――貴女には消えてもらわなければいけませんので。」
「――!!」
相手の男がそういうと、狙っていたかのように次第に愛羅の視界は暗くなっていった。
*
「セラ様ーセラ様ー、たっ、大変ですッ!!!」
「何だ騒々しい。ここは神聖なる場だぞ。そして俺に様付けはいらん、と他の者にも伝えておけ。虫唾が走る。」
「そんな事言ってられません!!姫が、姫様がッ!!!」
「なんだどうした…、まさか…ッ。」
慌てたように国の主君の名を幾度も繰り返してる様子からまさかとは思うが嫌な予感がはしる。ぜえぜえ、と荒げた衛兵は息を整える前のガラガラ声で急いで言った。
「姫様が、何者かによってさらわれました…!!」
衛兵から聞かされた後には既に先程まで彼女が使っていた控え室に向っていた。
「…愛羅…!!」
『もー、ノックしてから入りなさいっていつも言ってるでしょう?』
『心無いことを言っていつか城内の者たちの心が離れていったら、私は耐えられないから。』
『いつもの癖がでちゃったのよねー?』
『頼りにしてるわセラ。』
力加減考えずに思い切り開いた部屋の中にはいつものように声をかけてくれる主はいなく、なんの変哲もない控え部屋でしかなかった。セラはそんなドアの背に力なく体を預ける事しか出来なかった。
「愛羅…ッ!!」