過去
「…という訳だから、会場は城内じゃなく教会に変更になった。戴冠の役目は神父様になるからそのつもりで。」
「あら、そうなの?てっきりお祈りしてからそのまま城に移動するとばかり思ってたから…。」
「『戴冠』式といっても今同じ血筋の者はいない。少しでも愛羅の負担を減らすためだそうだ…けど」
「…けど?」
いつもとちがって歯切れの悪い従者に問うと、しばらくしてから『なんでもない』と返した。
「関係者しか立ち入らないとはいえ、ごくわずかな国民も参観する。…念のためだが愛羅には少し危機感をもってほしい。」
「何故?戴冠式だもの、昔みたいに賊がでることなんてないわ。蒼の国は平和よ。それこそ他の紅や黄の2国並みに。それでも出たならまた対処しなくちゃだけど…。セラはまた昔みたいなことが起きるかもしれないと考えているの?」
「……。」
「大丈夫よ、いざとなったら父様から教わった護身術があるし…セラ?」
「…なんだ?」
「父様の治世に賛成出来なかった国民がまだいて、私を襲ってくるかもしれない…娘の私に罰が降りかかってくるかもしれない…。でもそれでもいいと思うわ。私はこの国を背負うまで何も知らなかった女にすぎなかったんだから…」
「そんなこと言うなッ!!」
急な大声をだされて愛羅は少し戸惑う。
「当時、お前はまだ幼くて何も知らなかったんだ、それが事実だ。誰もお前を咎めないから、お前自身が自分を陥れるな。」
「うん。ごめんねセラ…。」
*
「え、えぇ…!?これ、着る、の…?」
「えぇ、それが教会での聖装になります。…癇に障りましたか?」
「いや、そこまで気にしてないけど、これはちょっと…。」
メイドから広げられた戴冠日用での衣装に愛羅は少しためらう。間単に言うと白いドレスではあるのだが、肩はまるだし鎖骨は見えるわ胸元は注意しなければ危ないような、というまでのオンパレード。所々に十字架などの黒い刺繍が施されていた。
「…恥ずかしいわこれ。」
「そんなことありませんわ。姫様にとってもお似合いですもの。ささ、試着なさってください。サイズがあっていなかったら当日大変ですわよ。」
「……うぅ。」
そのまま数人のメイドに人形かのように有無を言わず仕立てられては愛羅は軽く疲労を感じた。さすがに普段着慣れているワンピースで式を行うのは我ながらバカだとは思う。しかし戴冠用とはいえ、少しハード過ぎではないかと心の片隅で思ったのであった。
「それで、お人形のようにされたと?」
「大変だったわ…。ドレスなんて小さい頃少ーし着ただけだったし。当日は大変になりそうね。」
「俺も久しぶりに正装しなくちゃだからな…軍服きついんだよなあれ。」
「セラはいつもの衣服とさして変らないような気がするけど?」
「色だろそれは。違うんだよ…ああいう衣装は全体的に重いから着たくないんだよ…。」
「ふーん。そういうものなのねー。」
「愛羅は?」
「へ?」
「ドレス」
「…あ、あぁ!えーと、当日までのお楽しみね!!」
「…“あいつ”が喜びそうな衣装じゃないのかが気がかりだ…。」
少し、いやおもいっきし動揺しているのを確認されながらセラはひとつの不安要素をぽつりと言った。
「大丈夫よ“従兄さん”なら。流石に戴冠日翌日に挨拶が遅れそうだけど…当日も来そうね…。」
「愛羅大丈夫か、震えてるぞ。」
「…気のせいじゃないかな…?」
なんだろう…とてもじゃないが体が重くていう事を聞いてくれない…セラの言うとおりちゃんと休んでおけばよかったか…。
「―ら、愛羅。」
「…え?」
「準備中とはいえ、居眠りする奴がどこにいる?もうすぐ教会に移動する時間だ。」
「あ、やだごめんなさい。…ぐっすりだった?」
「頷けるほどに。」
忙しく日にちが経てば本日は愛羅の戴冠式当日となっていた。普段サイドアップにした髪も今回はハープアップといった少しお上品な髪型に仕上がっている。なんでもこの日のためにメイドが考えに考えたのだとか。椅子に腰掛けた白いドレスを身にまとった主に黒い軍服を着た従者は明らかそうな溜め息をつく。
「でも大丈夫よ。体はー…まぁ少しだるいけど調子は万全だから!!」
「だるいところで万全じゃないだろうに…まぁいい。これ、今日来る参観者と紅と黄の国からの来訪者のリストだ。」
「えーと……わぁ、叔母様も来てくれるのね。紅の国は…家族全員で?騒ぎにならないかしら?」
「どっちにしろ戴冠式で騒ぎになる。先王の時も似たような事があっただろ。」
「…そっか。そうよね、うん!」
「…愛羅、」
「大丈夫よセラ。何も言わないで。」
「あぁ…。」
「姫様、お支度の方は宜しいでしょうか?少し確認ごとが御座いまして…。」
と、少しの重い沈黙が続いた後、突然メイドからのノック音が聞こえてくる。
「えぇ、どうぞ。ほら、セラは出て行って。お色直ししてくるから。」
「姫様はお色直ししなくても十分美しいが?」
「ふふ。ありがとう。」
そう会話を済ませれば、従者はメイドとすれ違うようにして部屋を出て行った。
「姫様、衣装のほうはなんら心配なさそうですね。それでですね姫様…。」
「ん、何?」
「実は…。」
*
「…賊だと?」
主の部屋を出てから数分。いや、数分も経っていないであろう時に一人の衛兵が切羽詰ったようにセラに声をかけてきた。
「はい。この戴冠式を利用しては姫様を狙っている輩がいるとか、との噂が城内や蒼の国の民に広まっているんです。あの辺りは森が教会を囲んであるだけなので、色々と都合が良いのか賊が潜伏しているというのもあるらしく…。恐らくセラ様が教会での手続きをしている段階を見計らって奴らが噂を流したのではないか、と…。」
「てっとりばやく噂を流して力もない民を脅かし、他国の貴族を遠ざけさせてから姫を狙う気か…?」
「とにかく、姫様の安全が最優先です。戴冠式は、」
「駄目よ。」
突然の聞き慣れた声に視線を向ければ目の前には自分の主人が立っていた。
「愛羅…」
「それは駄目。」
「しかし姫様!予定通り式を行えば姫様の身が危ないのです!!」
「それでも戴冠式は予定通り行うわ。あなたの気持ちは解るわ。忠誠を誓った国王から預かった大事な一人娘ですものね。でも自分の命くらい自分で守れるわ。」
「…姫がこう言うんだ。もう何言っても聞かんだろう…お前は持ち場に戻れ。」
「…は。」
少し気力を失った衛兵の後姿にセラは何とも言えない気になる。
「…ほんとはねー?」
「うん?」
「ほんとは父様みたいに命令口調は嫌なの。心無いことを言っていつか城内の者たちの心が離れていったら、私は耐えられないから。」
「だからいつも飄々とした感じで話してるのか?」
「そこまで軽くないわよー?飄々としているのは従兄さんだわ。口調といい性格といい。」
苦笑したように愛羅が笑うとセラも少し安堵した様に微笑む。そんな愛羅にセラは片膝をついては彼女の手をとる。
「セラ?」
「俺はこれから、何があっても愛羅の傍にいる。従者というのもあるが、それも関係なく俺はお前を守る。お前から離れる者が出たとしても、俺は愛羅から離れずに傍にいると誓う。」
「……。」
「愛羅?」
「なんか、結婚式で見るような誓いの言葉みたいで照れるな~と思って。」
えへへと笑う愛羅。しかしそんな緊張感がないような声で照れられても困るのだが。内心そう思ったセラだった。
「…このまま本当に求婚しようか?」
「え?」
「……冗談だ。」
いま少しばかりの間に戸惑う愛羅ではあったが、気にせず答える。
「貰い手がいなくなったらセラのものになってもいいよ?」
「…本気かお前。」
「え。何かいった?」
「ナンデモゴザイマセン。」
そう?と愛くるしそうに尋ねてくる主に顔が向けられない従者であった。