始まり
* * * *
「それでは“白帝”、失礼します。また何かありましたらお申し付け下さい」
「ええ、ありがとう」
仕事も一段落し、先ほどまでデスクの上に溜まっていた書類の山は素敵な菓子や紅茶に早変わりしていた。
就いてもう幾年は経ったがなんでもやりすぎはよくないとメイドに言われ、書類は取り上げられ気づけばティータイムが出来るほどに仕上がっていた。
「お嬢、仕事途中で申し訳ないんですが」
「?」
次には仕事用のデスクとは別の、ティターイム仕様になっている長テーブルの前のソファーに腰掛ける一人の女性は尋ねる。
綺麗な長い深緑の髪は彼女が動く度美しく揺れ動き、黄金色の瞳は自分を捕らえる為だけに瞬きする。歳を重ねても特にこれといった変化がない彼女だったが、逆にそれが美しくもあった。
「私がここにいて良かったんですか?」
「何故?神奈は私の大切な人よ?いて迷惑だなんて思わないわ」
「士郎がいないだけで心地よいですものね」
「……ははは」
従兄の話に持っていかれるとてんで愛想笑いがへたくそになる私に向かって神奈はくすりと笑う。
「まあ、そんな奴はさておき…“姫”は元気ですか?」
「あの子は今確か外でセラと花摘みに、って。…どうして?」
「しばらく会っていなかったもので。久しぶりに顔が見たくなったのもあります。それにしても…可愛らしいところはお嬢そっくりですね」
「え、そう?ああでも、別に私の許可なしでも、いつでも会いに来て構わないわよ?…従兄さんは少し考えるけど」
相変わらず彼女の、自分の主人への苦手っぷりに笑う神奈だが、それも突然途絶える。
「愛羅」
「あ、セラ。おかえりなさ……あれ。あの子は?」
ノックもせずに部屋に入ってきたのは従者である彼。しかしそこには愛し、愛された見慣れた一人の少女の姿が見えず、彼女は首を傾げる。
「…なんでも見せたいものがあるとかないとか…」
「?庭で?」
「ああ」
首を傾げる主人から目を離し客人である神奈に視線を移すと、彼女は悟ったように「あぁ」と理解する。
「大丈夫ですよお嬢。私の相手より姫の方を相手した方がいいみたいです」
「そう?なら少し席空けるね。セラ、神奈の相手少しばかりお願い」
「分かった」
そう言い残して去る彼女の後姿を見送っては神奈は溜息を吐く。次に面白そうにセラに視線を移してはこう言う。
「…白帝に母親に、忙しくなったものねお嬢も。ねぇ、“お父さん”?」
◇
* * *
柔らかな春の風が少女の頬を撫でる。
まわりは木々があるだけの変哲もない森の中。その中にはひとつの小さな城が建っているだけ。
他から見ればつまらない、という意見が聞こえてきそうだが、少女はなんともない。
目の前には狭い空間の中にも数多くの花たちが咲きほこっていて彼女の興味をそそる一方だ。
そしてまだ幼い自分の両手には有り余るほどの花たちが彩っている。
ただ愛する両親に囲まれていればなにひとつつまらない事なんてない。
次には自分の名を呼ぶ母親の声が聞こえてくる。娘を見つけては笑顔で大きく腕を広げる母親。その両手にはそれぞれ金と銀の輝く指輪がはめてある。
そんな愛おしい母親の胸に向かって少女の亜麻色の髪は揺れ、脚は迷いなく駆けていく。