結
夜も明け、建国を祝う紅の城の中は終わりへと近づいていた。
城に招き入れたゲスト達は退散し、城内は後片付けをする使いの者が忙しなく動いていた。
所変わって愛羅とセラ2人はその忙しない城内を眺めているのも束の間、士郎から手招きされ“ある物”を授かってはそれを凝視する。
愛羅の片手にも収まる、淡い桃色をした小さい巾着。リボンを解けば中身は金1つ、銀2つの、輝く3つの指輪が入っていた。
「それが白帝を継承する時のものでもあるんだけど、『継承する前に自分の身や地に異変が起きたらこうして身につける』ってことになっているらしい。いやー今の白帝が父さんで助かった助かった。お陰でどうにかなりそうだ」
説明する士郎に愛羅は疑問をなげる。
「あの、ひとつは私が身につける…というのは分かりますけどもうふたつは…?」
「ん?あぁ、まずひとつは傍に仕える者に…つまりはセラだね」
「?俺がつけてどうする」
「そんなこと言われてもねー?僕にも知らないことはあるよ?」
呆れそうに言う士郎にセラは眉間にしわを寄せる。
「まあ、理由はそのうち分かるんじゃない?それと愛羅」
「はい」
「指輪だから指にはめるのが一番効力がある。でもねぇ……いや、やっぱりなんでもない」
「え?なんですか従兄さん?」
「いやぁ、なんでもない。とりあえず、肌身離さず持っているんだよ。代々継がれて使われてきている様なものだからね、それ。無くしたら弁償物じゃ済まないかもしれない。…とりあえずだ。金は継承者に、銀は仕える者に、ってことになってるから」
淡々と説明する士郎だが、何かまだ知っている事があるような物言いで睨むセラ。それにまるで、愛羅が次期白帝の位置に就くのを見計らっていたかのような準備のよさ。そして最後に残った指輪の事も訊ねる前に、セラの視線に気づいてはさっさと退散していった為、更に士郎への疑惑が積もりつつあった。そんな彼に疑いの矛先を向けていると、衣服の裾をつかまれる。
「ねぇ、セラ。これって本当につけなきゃいけないのかな?」
「…?士郎の説明聞いていただろう?」
「…うん、聞いてはいたよ?でもちょっと…恥ずかしいかなぁ…って」
「?」
「セラと同じ指輪していることが、その……や、やっぱりなんでもない」
切羽詰ったようにもごもご言う目の前の主人の頬はほんのりと染まっていく。言葉の意味に理解できずにいると、訂正を求めては首と両手をふる。
「愛羅」
「?」
「愛羅が蒼の領主を降りて白帝になろうとも、俺はお前の傍にいる。辛い事があればすぐに俺に言え。そうすれば俺はお前の盾となり、剣になる。…愛羅が泣かない国に出来るように」
「…ありがとう、セラ」
従者の言葉に嬉しくなり微笑む愛羅。そして次には右手を持ち上げられ尋ねられる。
「それで。指輪をつけるわけだが……愛羅はどこがいい?」
「特にここといったのはないし…セラの好きなようにいいよ」
「…そうだな」
しばし考えては、決まったかのように金の指輪を彼女の中指にはめる。
「…そういえば、左右、はめる指によって意味とかが違うって、昔母様から聞いたような…。右手の中指ってどういう意味なの?」
顔の前で手をかざしながら意味をたずねる。
「邪気などを祓い、直感や行動力などを高めてくれるらしい。愛羅にはもう備わっているようなものだが」
「行動力は私より従兄さんのほうが強いと思うけど…」
苦笑気味に笑うと呆れたようにセラは頬を緩める。
「じゃあ私もセラに指輪つけさせて。利き手って右よね?」
「ああ」
確認をとっては自身の左手をすくい取られる。そして主の手が自分よりも一回り、二回りも小さいものにセラは今更のようで、それでいて新しい感覚に気づく。そして次には自分の指にはめられた指輪の位置に驚く。
「……愛羅」
「?」
右手は利き手だから、と使う事が少ないような左手にはめられた。問題はそこではない。はめられた指が『薬指』ということに驚いたのだ。
「ベタ過ぎかなー?とは思ったんだけど、セラみたいに博識じゃないし…適当な場所にはめてもね…?」
「……愛羅は意味を分かってやったのか?」
「……」
そう尋ねれば両手の指をあわせたり外したりして視線を合わせまいとしようとする。今頃自分がしたことに羞恥心をもったのだろうか彼女の頬はほのかに赤く染まる。しかし次には視線をセラに戻してこう言う。
「セラは私の従者よ。誰から『ほしい』と言われても、それはセラの主である私が決めることで、誰にも渡さない。…セラは私だけの大切な人だから。これからも、私の傍にいるのはあなただけよ、セラ」
「…そうやってまた格好いいことを…」
「?」
相手の薬指に指輪をはめつつ、ある意味プロポーズであるような言い回しにセラは歓心しつつ驚く。指輪のこともそうだが、昔から自分がやっている行動力に理解が薄く、しかし他から見ればすぐに分かるような主の行動にセラはどこか焦りがあった。いくら従兄妹でも、どこか士郎と似たようなところがある、と。
そしてさっそく指輪の効果が表れたのかと思い、怪しさ半分興味半分で彼女の指輪を見つめていた。
「…なんだか少し早い夫婦漫才を見ている様だ…」
「漫才といよりも見せる相手がいないだけでノロケに近いでしょうあれは。というか士郎、あなたあれだけお嬢に変態しまくってるのにあっさりと手をひくのね。まあ私はそれで大賛成だけど」
「えぇ?諦めるとは言ってな……ねぇ変態は本当にどうしようもないの!?」
「ええ、どうしようもないわ」
うそーん、と悲鳴をあげる主人を余所に神奈は蒼の主従組へと向かって足を運ぶ。
*
「あれっ。セラ兄は愛羅様と籍でもいれるつもりなんですか?」
突然の弟弟子の発言にごほごほ、とセラは咳き込む。
「……どっからそういう…」
「いやー、兄貴の薬指に指輪とか、そんなの考えなくても相手愛羅様じゃ」
弟弟子の口を塞げど、彼はまだ何かいい足りないような顔をしては酸素の提供を求める。そんな隼斗に手を放すと次には彼のむせる声がでてくる。
「げほっ、ちょ…、セラ兄酷いっ!」
「お前の言い回しのほうが酷いぞ」
「ええ~?」
無邪気すぎる目の前の弟弟子は不満そうに眉根を寄せた。
次には傍にいたハイネが口を開く。
「まだ蒼のこともあるとはいえ…流石にながれるような形で愛羅様に白帝の継承は早すぎだろうか?」
「…とは言ってもまだ保留だ。蒼の国も段々と落ち着いてきているし、もし継承が早まったとしてもなんら問題はないと思う」
「しかし、それは愛羅様本人の意見も尊重するべきだ」
「それは大丈夫だろう。ああ見えて愛羅はちゃんとしている。駄目だったら俺が支える」
「自信満々に言える兄貴が凄い凄い」
溜息混じりの隼斗の意見に同じく、と頷くハイネにセラは首をかしげた。
「何はともあれです。この地に愛されている愛羅様が白帝に就けば、またこれからの平和も保障される」
「まっ、そんな易々と悪い事件起こさせる気ないですけどねっ俺達!」
ハイネと隼斗の2人が胸を張るかのように、そう自身あり気に言ったのだった。
◇
紅を離れると言った後には、愛羅の体にべっとりとはりつくステラ。幼子のような我が儘を連発し、なだめる様に「また会いに来る」と言えば、「何月何日何曜日?地球が何回まわった日?」なんて答えをする。返答に困り果てた愛羅を見ては融通を聞かない主を綺麗にはがし取る隼斗と、謝罪をするハイネ。
そんな2人に礼を言い、ステラには笑顔ですぐ訪れる、と返す。
「お嬢。まだ継承は先とはいえ、結果的にお嬢が白帝の立場に降りることとなった事で、私は少し謝らなくてはいけません」
「どうして?」
「白帝の務めはこの国の『守護』。その立場になったからには、生まれ故郷である蒼に戻るのはよっぽどな理由がない限り戻れませんし、なにより一定期間をそこで過ごしていかなければいけません。そうしたら自然と…」
「大丈夫よ、神奈。皆に認められるような王になるつもりだし、弱音は吐かない……少しくらいならいいかな?」
苦笑顔で笑うと神奈は少し心配そうにして笑う。
「それに傍にはセラがいる。頼りがいがあって、真面目で、格好いい私の大切な人。従者だし当たり前よね?」
「お嬢、それはノロケですか?」
「えっ!?」
慌てて頬を染める愛羅を見つめては神奈は口を開く。
「いいですよ別に。どうせこれからも“飽きるほど”彼と一緒にいるんですから。…そういえば知ってましたお嬢?その指輪のもうひとつの“活用”法」
「?」
面白そうにくすり、と笑う神奈に愛羅はただ首をかしげた。
*
「おーおー、愛羅!よく来たねぇ、こりゃまた美人さんになってぇ!!」
そして場所は変わり、現在は三国に分け隔たれた中心部分、白帝はくていの者が治める『白織はくしき』という名の小さい空間にいた。
愛羅を歓迎するのは笑顔が特徴的な現・白帝であるウィスラー。黄の元領主であり士郎の父親でもある。抜けたような楽天的な顔は愛羅たちを見つめては歓迎する。
懐かしい、とばかりに愛羅の手をとってはすっきりと背が高い彼は愛羅に合わせて身をかがめる。口元のしわは嬉しそうに刻まれる。
そして極めつけはさすが親子だ、と思えるほどの士郎との顔の形似さ。彼の近寄りたくもなる眩しい顔は父親譲りである。そんなウィスラーに愛羅は視線を向けて言う。
「お久しぶりですおじ様。もう会うのは5…6年ぶりでしょうか?」
「そうだねぇ、君が蒼に生まれ降り立ってからまだ3,4年程しか経っていなかった時だ。その時は私も白帝になってまだ2年という時しかたっていなかった…。いやぁ、時が経つのは早いねぇ」
あはは、と笑顔で笑うウィスラーに傍にいた士郎は話を振る。
「それで父さん?説明諸々愛羅に伝えたい事もあるし、いいかな?」
「あぁ、という事はやはり私の次は愛羅が就くのかな?息子でないのが少し残念でもあるが、なんと頼もしいことじゃないか」
再び眩しいほどの笑顔を向けてウィスラーは微笑んだ。
「風がね、教えてくれたんだよ」
「風、ですか?」
「そう。“次の継承は可愛らしい天使”さんって。教えてくれたんだよ」
「はあ…」
いくら夢見るウィスラーでもこんなにほわわんとした、なんとも言い難いメルヘンな会話に流石の愛羅も戸惑いながら相槌をうつ。
風の音や木々がざわつく音、そんな自然の音を、会話として聞こえるという部分に関しても驚きだ。まるで命でも宿っているかのようなこの空間に疑問を持つ。
「不思議だろう?」
「えっ!?」
心の中を読まれたのかと思い、愛羅は肩をゆらす。そんな彼女の反応を見つめては面白そうにふふっ、と笑うウィスラー。そんな余裕の笑みに愛羅は拍子抜けする。
「…おじ様は相変わらずですね。従兄さんの父親ということがよく理解できます」
「おやっ、私はそんなに飄々としてるかい?」
「えぇ、おじ様」
笑顔で言い返すと、やられたと言ってウィスラーは笑いだした。
*
「愛羅に合わせてこの地が揺れたのが数日前らしいけど…実際にはもっと前から白帝の継承は愛羅だって決まっていたよ」
「…それはその、ここの木々などの自然が、教えてくれたんですか?」
「簡単に言えばそうだねぇ」
笑顔で言うウィスラーと先程と同じような会話に愛羅他、セラと神奈は呆けた。息子である士郎だけが唯一表情変えず話を聞いていた。
「それはどれくらい前から…?」
「そうだねぇ、確か君が攫われたとかどうとか聞いたときがあったが……その時かな。やけに周りが五月蝿く私に報告してきたのは。『大事な大事な我らの王が大変だ』とかなんとか」
『攫われた』
そう聞かされた愛羅が思うことは1つしかない。
「……戴冠式、ですか?」
自分でも知らず知らずのうちに声が震えていたことに気づく。
「あぁ、そうそう!確か戴冠式に攫われたー!って。……どうした愛羅?」
愛羅の異変に気づいては気をつかうウィスラーの声に答えようとするが、震えて声がでない。そんな主人の様子に気づいたセラは咄嗟にウィスラーに視線を移す。
「ウィスラー氏、あまりその話は…」
「あれ、しまったタブーだったかい?すまない、ここから出れないとなると、ここにいる彼らの情報だけが頼りなんだ…すまないね愛羅」
「いえ、大丈夫です…」
頭を振り、少しつくってしまった様な笑顔をふりまくと、ウィスラーは再度愛羅に頭を下げた。
「となると、蒼の王として正式に降り立つ前から愛羅は白帝の継承者って予言でもされていたわけなのかい?」
そう言う士郎に父親であるウィスラーは首をかしげる。
「うーん…もしかしたら生まれたときからこの地の加護が愛羅に備わっている様なことになるが…。もしかしたら愛羅は神に愛された子になるなぁ!」
あはは!と笑うウィスラーに愛羅はついていけなくなる。自分の事であるのに話の展開が大きすぎてなかなか口が挟めないのだ。
そんな愛羅を余所に今度は神奈が口を開く。
「ではウィスラー王。お嬢には最初からこうなるよう仕組まれていたんですか?」
「仕組まれていたなんて誰にも分からないさ。ただこの地と神からの加護をもらっていたのが愛羅ということだった、という話になる」
神奈の質問に答えるウィスラーの表情はどこか落ち着いていた。そして次には突拍子もない事を口走る。
「それで?愛羅はいつ式をあげるのかな?」
「……はい?えと、おじ様?式、とは何の…」
「?式と言ったら『結婚式』に決まっているじゃないか。相手は誰だい?あ、セラかな?指輪はもうはめているみたいだし、差し支えなければすぐにでも挙げて継承して…」
暴走するウィスラーの言葉に愛羅よりも後ろに控えていたセラが焦りだす。
「ウ、ウィスラー氏…!?なにを言っているんだ貴方は!!?その前に色々と話が飛びすぎているっ!!」
「えっ、だって指輪つけているじゃないか。それに指輪がなければ式は挙げられないし、なにより白帝の継承さえもできなくなる。指輪をはめなければこの地に影響を及ぼしかねない…。早い話、式を挙げるのが手っ取り早い」
花をとばすウィスラーに、話が見えず頭に手を添え異を訴えようとするセラ。そんな2人を見て愛羅は少し放心する。
結婚。
軽々と口にするのには少しばかり勇気がいるものであり、気恥ずかしいものでもある。
小さい頃は『お父様と結婚するー』などと軽々と言った記憶があるが、しかしそれは幼少頃だ。今となってはだいぶ違ってくるものである。
第一その結婚さえもまだまだ先の話だろう、と思っていたのだ。急に式を挙げよう、などと言われても困る以外の反応が見つからなかった。そして次には神奈までもが敵に回るかのように口を開く。
「言いましたよねお嬢。その指輪の『もうひとつの“活用”法』。それがこれです」
「えと…神奈と従兄さんはこれを知って…?」
「あぁ、士郎には少しばかりぼやかして教えていましたが、まあ大体は知ってます」
振り向けばどこか浮かない士郎の顔が見える。なにかブツブツと言っている様な気がするが細かく聞き取れなかった。つまり『白帝の継承』以外、何も知らされず指輪を受け取った愛羅は絶好のカモとして見られていた。
*
「…本来は、この指輪の案を考えたのが白帝の原点ともなった、フィルラ・ホワイトなんです。自分の負の感情が自国を崩壊しようとしていると知ってから、それを抑え込むことの出来るモノを創り上げようとした。しかし出来上がる前に彼は他界。残りの作業を後継の王たちが結束して創り上げた、というのがこの指輪の歴史です。そして有り余る力を指輪でも制御できるようみっつに分け、白帝以外がつけるもうひとつの指輪の他に、もうひとつの指輪を次期白帝にはめさせ地の均衡を保つ。――言うなれば、白帝を継承する者は身を固める、『結婚』という結論に至ります」
「……」
すらすらと迷いのない神奈の説明に愛羅は何もいなくなる。そんなことよりも、と愛羅は口を開く。
「えっと…大体は理解したよ。でもその、私にはまだまだ早いというかなんというかー…」
「今はまだ『形』だけです。正式に継承する際にはこれが決まりなんですが、別にそのまま籍を入れても構いません」
「そういう話じゃなくて…っ、いやそういう話なんだけど、えーっと…、というか神奈?」
「はい」
「この恰好はどうにもならない?」
「えぇ、どうにもならず後にもひけません」
そう自信満々に言う彼女に愛羅は肩をおとす。簡潔に言うと、愛羅は俗に言う『ウエディングドレス(仮)』を見に包んでいた。
シンプルであまり露出がない造りになっている白い白いドレス。頭にはいつだか黄の女神から授かったベールを被り、ずれ落ちないように刺繍と白い花で留めてある。髪は何も手を加えない方が愛羅らしいと言われ、いつもの癖がある下ろした髪。メイドが聞いたら卒倒しそうな美味しい状況の出来上がりだ。
そんな愛羅の姿に満足するように目の前の神奈は笑う。
「流れのような感じで大変申し訳ないですが、私は今とても楽しいです」
「でしょうねぇ。顔がにやけてるもの」
苦笑気味に笑う愛羅に神奈は悪びれもない謝罪をする。しかし本当に楽しそうで、嬉しそうな彼女の笑みで愛羅は今までのことを帳消しされたような気分になる。
ひとつ。親指と人差し指でつまみ持っているそれを凝視して彼は固まる。
指輪。自分を仕立てる道具として使われるのが多いが、使う目的や理由が違えばそれはさらに魅力的なものへと様変わりする。
例えば世に言う『結婚指輪』ともなれば、それはみるみる、どこにもない、ただひとつだけのブランド価値ができる。
本人達の意思も虚しく恐ろしいほどに話は進み、現在は主人の身支度が済むのを指輪を眺めながらひたすら待ち続けていた。
そんな硬くなっているセラにウィスラーは声をかける。
「セラ、とりあえず式だけだ。『形』だけでもあげないと、指輪をはめていてもいなくても愛羅の負の感情によってはこの地に災いはおちる。この地と神に新しい白帝が誕生したとの報せを知らせるための儀式だ。そうすれば、指輪の効力は続く。はめるだけ。指輪をはめるだけでいいんだセラ」
「…ウィスラー氏、貴方は冗談は言わない御方だ。しかしこればかりは……」
「セラは士郎を通して私をみているのかい?そりゃあ、士郎は私の息子だが、私はそこまで酷くない。どちらかといえばエミリアの方を濃く受け継いだ方だ」
「目の前に息子がいるのに失礼な父親だなっ!!」
そんな父親の発言に士郎は半目で冷や汗を覚える。
「まあ、私たちのことは置いといてだ。セラ、君は愛羅の従者だ。これからも主人の傍に仕え、肝心な時に力を発揮できるよう君の力は必要だ。それがこの儀式でもだ。……そういう事は君が一番分かっているだろう?」
「では何故このような事を俺に託すんです?」
「んー?お似合いだなぁ、と思って。それだけ」
そんな答えにセラは拍子抜けする。一瞬バカでもされたのかと思い、セラは再び問い直す。
「…おちょくっているんですか貴方は…」
「うーん、そういう意味で言った訳じゃないのになー?」
弧を描くように口の両端をあげては満面の笑みを見せたウィスラーだった。
*
再び目の前に現れた主人は何故か両手で顔を隠していた。
「…どうした…?」
「いや恥ずかしいよこれ…セラは何もしてないからいいけど、私は辛い。色んな意味で…」
白いドレスを着て、ベールの上から手で押さえて顔を隠す彼女の声色は震えていた。どうやら恥ずかしさが頂点に達して今この場にいるのもやっとだそうだ。急でもあるようなこの話で、セラだけがなんの支度もせずということが不思議なくらいだった。
先ほどまで一緒にいた、遠くから見守っている神奈に視線を移すと、セラの視線を感じ取ったのか次には親指を立てて今まで以上に嬉しそうな顔をみせる。そんな彼女に親指を立てるように返しながらも苦笑顔で返事する。神奈の傍にいる士郎は今にも失神しそうだった。
「愛羅」
「何…?」
いまだ手で顔を覆う主人にセラは視線を移す。
「似合ってる。から、自信もて。お前はそこらの女性よりも一番綺麗だ」
「…そういうことを平気で言っちゃうんだから…。セラ知ってる?私セラにそういう事言われると心臓もたないんだよ?というか、いつから従兄さんみたいなそういう言い回しになってきたの?」
「士郎と似てきているのはごめんだ…。そういう愛羅こそ、気づいていないだけで似たようなこと言ってるからな?」
「…そうなの?」
やっと顔をあげた主人はこれまで以上に不思議そうな顔をする。そんな彼女にセラは溜息をつく。
「自覚がないことは恐ろしいものだな…」
「さてさて。それじゃあ2人とも、準備は宜しいかな?」
次に蒼の主従に割り込むように笑顔なウィスラーは、先ほどまで着ていたグレーコートの上から黄金色に輝く十字架を胸にかけていた。こちらもその場で簡単に済ませたような神父の出来上がり。なんでも白帝の継承時には、必ず前の白帝が継承の儀に立ち会うのが決まりらしい。
そして流れるように式は始まり、手始めにセラによって愛羅の左手薬指に銀色の指輪がはめられる。両親もやっていたのかと思うと、自分も同じ事をしていてなんだか嬉しくなる。その作業をぼうっ、としながら見つめていると、心配そうに見つめられていたウィスラーに声をかけられる。慌てて気を取り戻すと、再び目の前の式に愛羅は仕切り直す。
本来の式では指輪の交換があるのが普通だが、これは白帝に就くための式ゆえ、指輪は就く人物にだけはめられることになる。
「はい、それでは次に誓いのキスを」
指輪の確認をした後、そう言い出すウィスラーに愛羅とセラは固まる。結婚の真似事に近い式だが、さすがにないと思っていた事を言われえて焦る。
視線を指輪に向けたまま下を向いた愛羅は赤面したまま動けず、ウィスラーに視線を向けて何も発せないセラは口を開けたままぽかんとする。
「……ウィスラー氏」
「真似事と思って見くびっていたね?困るなあ、私は徹底的にやるタイプなんだ」
笑顔で言うウィスラーにセラは冷や汗を覚える。士郎の性格は確実に両親譲りだ、そう確信したセラだった。なにより、人前でそういうことをするのが恥ずかしい主人にとっては益々顔を赤くして視線を下に向ける。そんな2人の考えを汲み取ってか、ふむ、と顎に手を添え考えたウィスラーは言う。
「なら、少しの間目を瞑っていよう。指輪の受け渡しも完了したし。それなら大丈夫かな、愛羅?」
「…それなら、まぁ…」
よし決まりだ、とウィスラーは目を瞑り、遠くから見守っていた神奈も目を瞑り、彼女の手によって士郎の視界を遮断されていた。
はぁ、と一度深い溜息をおとした目の前の主人は、それから遠慮がちに見上げてくる。
「いいよセラ、お願い」
割れ物を扱うかのように彼女の頭にかかっているベールをめくり返すと、先程よりも顔の赤い主人の顔がみえる。
「…顔赤いな」
「だって普通、こんな改まってしないよ…」
赤くなりながらもごもご言う彼女。
そんな主人の顎を優しくすくい取っては彼女の唇を自分の唇でふさいだ。