ドレスアップ
ステラから用があると言われ、神奈の後ろをついて行けばまたもや立派な扉、しかし先程までとは違って二周りほど大きい扉の前にたたずむ。大きすぎて少し見上げるほどある扉を前にしてる愛羅と別に、前に立っていた神奈は躊躇わずドアノブを掴んで開く。
ぎいい…、と軋む音を出しながら両開きの扉が手前に開かれる。そして開いてはまばゆいほどの色とりどりの色彩に囲まれる。
「…ドレス?」
「あっ、愛羅!待ってたよー!!」
見れば部屋の中は色とりどりのドレスが収納された部屋に、埋まれるかのようにドレスの数々の中からステラがひょこり、と顔を出す。
後ろにはハイネもついており、ステラと同じような表情をしていた。
「えと、殿…ステラ?これはどういう……?」
「うん!パーティーだしね。男性陣はどうこうなると思うけど、愛羅は別。女の子だし、なにより私が愛羅のドレス姿みたい!」
「つまりは…?」
苦笑顔で相槌をうつ愛羅だが、どこか嫌な予感がして冷や汗が出る。
「試しにドレスアップしようか、愛羅?」
*
先程会議で使われていた部屋から抜け出せば、セラは先程士郎に言われた言葉を思い出す。
『立場の関係上難しいうえで愛羅とは恋人同士なくせに、『そういう』所までは踏みこまないんだな~と思って。』
変なところで律儀、といわれてもなんら嬉しくない。いくら恋人同士になったといえど、それはあくまで「仮」だ。彼女も大人になれば、城下に出れば、出会いの1つや2つもでてくる。そこから発展していくことだってある。
つまりは今このとき、彼女が愛してくれる人物がセラでも、時が経つに連れてそれが壊れていく可能性もでてくる。
「はぁ……」
いつの間にか重たい溜息を吐きながら壁に背を預ける。しかしそんな空気も一瞬にして変えられる。
「セラ兄っ!!」
「なんだ…?」
師匠でもあり兄弟子であるセラの顔を覗き込むようにして中腰になる隼斗に、セラは少しの悪意を覚え弟弟子の頭を乱暴にぐりぐりと撫でる。高い身長の隼斗から見れば、セラは見下ろすほどの身長差が生じる。そんな悪意を感じ取ったのか、隼斗は焦り顔で質問する。
「愛羅様、見てません?」
「…殿下と一緒なんじゃないのか?」
「いやぁ、それが。ヒメが意気揚々とドレスの物色中に熱を加えていたら逃げちゃったらしくて…」
「は?」
「つまりは着せ替え人形の状態らしいんです愛羅様」
「…は?」
「んもう、察しが悪いなセラ兄!広いんすから人手足りない位で探すの困ってるんすよ!!」
「…お前の主人は相変わらず手がつけられないような子供だな…」
「そりゃ、俺より1個上くらいですしね。1個違いの愛羅様でもえらい違いだ」
そんなこと言ってると後でシバかれるぞ、と言ってると隼斗は心配無用というまでの笑顔を見せる。
さてどうしたものか、と顎に手を添えたその時。どこからか一定のリズムで刻まれた、コツコツと響いた靴音が聞こえてくる。
どこだ、と目線を泳がしたその時。聞き慣れた声と共にその足音は先程よりも早く音をたてて近づいてくる。
「セラ!」
「………愛羅、か?」
「他の誰に見えるの?」
目の前には自分の愛する主人がドレスの裾をつまんできょとん、と首をかしげている。しかし紅を尋ねてきたときのラフな格好ではなく、遥かに華やかな姿へと変貌していた彼女にセラは大きく目を見開く。全体的に深い赤で基調された、レースたっぷりのドレス。腰回りは絞り、その下のドレープはたっぷり取っていて花のように華やかに広がっており、後ろ腰には大きいリボンがついている。二の腕あたりは細めで袖口にかけてを幅広にし、そこにも幾層のフリルをあしらっている。首元には黒いレースのチョーカーに大きいほどの赤いルビーの宝石。胸元はフリルで覆っているが、注意しなければいけないような大きい開きの造りになっていた。
しかし中途半端に髪を結っていないせいか、下ろしていた彼女の癖っ毛髪はそんな胸元を隠すかのように広がっていた。
「……」
「…あの、セラ?」
「あ、愛羅様発見!!」
突然の隼斗の声に肩を揺らす愛羅だが、思い出したように口を開く。
「あっ隼斗!殿下を止めてくれないかな?私だけじゃどうにもみんなの熱気を抑えられそうになくて…っ」
「“みんな”…?神奈さんもいませんでしたっけ?それにハイネの姉御もいたんじゃ?」
「神奈は後半から満更でもないように楽しそうで…。ハイネはステラの言われるがままに…同じく楽しそうに…」
「あちゃー」
「…とりあえず、愛羅は戻れ。殿下も無理強いはしないだろう。素直に『着替えたい』と言えばしぶしぶ承諾してくれるだろう?」
「う~ん、どうだろう…。と、とりあえずお願いしては、みる…」
頷いたものの、未だ焦り顔な主人にセラは手をのばす。
「戻るぞ愛羅。元いた部屋分かるか?」
「う、うん」
差し出された手を反射的に握り返しては、愛羅は少しうろたえた。前から分かってはいたことだったが、体の大きさからしてもその他体のパーツにしても、形や大きさの違いに今更ながら驚く。それ以前に、男と女とでは何もかも違うのだ。手の大きさの違いに今更驚くなんてどうかしている。そう思った愛羅はふと気づく。
――今まで見ている様で、見ていなかったのだと。
恋人同士になってからというもの今までとは変わりない接し方だが、確実に、愛羅はセラに対する感情や対応がぐるりと180度変わった。
そう改めて認識すると恥ずかしくなって、火照ったように彼女の頬はほんのりと紅潮する。
そんな主人の異変には気づかず彼女の手を握り返すセラに、隼斗は口を開く。
「それじゃセラ兄頼みましたよ!迷子にならないで下さいよ!!俺はヒメを見つけ次第、報告してきますんで!」
「…というかお前も、主人の悪癖には警戒しながら行動しろ」
そんなセラに隼斗は「それは予想できかねませんね~」と、笑顔でやれやれと肩をすくめた。
「あの人、愛羅様が関わると通常の3倍は駄々こねて収拾つかなくなりますから」
◇
「すみません、お嬢。後半から楽しくて少し舞い上がっていました」
「私も付いていながら…面目ない」
そんな神奈とハイネの謝罪に愛羅は慌てる。
「いいよいいよっ。普段そういうものからは無縁に近いことだったし…。2人が楽しかったのも無理ないんじゃないかな?私も楽しかったよ。……前半は」
ドレスアップ時の苦労を思い出しては愛羅は苦笑する。
「ステラも…流石にこんなことになるなら先に教えて欲しかったな…?」
「そうだね。次は赤にこだわらずいろんな色に挑戦…」
「殿下っ!!」
「ああん、そんな怒らなくてもいいのにぃ!」
怒られている自覚があるのかどうか分からないものの、ステラは愛羅に謝罪する。
次に話は変わるように神奈が口を開く。
「それじゃ、今から元のお嬢に戻すから男性陣は即刻立ち退いてもらいましょうか」
そういうと彼女の視線はセラと隼斗の2人に移す。
「そうする。終わったら教えてくれ」
「はい、了解」
会話が終わったところで神奈たち女性陣は愛羅を連れて部屋の中に消える。ばたん、と重たい音をたてたドアが閉まったのを確認してか、隼斗は隣にいるセラにふる。
「セラの兄貴は本当に紳士ですねー」
「……どうした隼斗?」
いいえ何もー♪、と笑顔で誤魔化す弟弟子にセラはただ首をかしげるしかなかった。
*
着慣れた青いワンピース姿の落ち着いた格好に戻り、ひとつ溜息をこぼす。戴冠式の時や民の前での発表ごと以外、幼少時は動きやすさ重視で貴婦人達が着るようなドレスはあまり身に着けなかった。だから今回ステラに着せ替え人形のようにされた時は正直言って大変だった。
その中でもドレスを着る前の下着、ビスチェ型のブライダルインナーを装着しては、そこからウエストをこれでもかと引き絞るために色んな意味で悲鳴をあげた。いくらドレスを美しく着るためとは言え、なかなかにきついものだと確信した。
はあ、とまたしても溜息をこぼした愛羅に神奈は言う。
「お疲れ様ですお嬢」
「ああ神奈…慣れないことするものじゃないねぇ…」
疲労気味にあはは、と笑う愛羅に神奈は苦笑する。
「まあ、今日は『お試し』ということでしたが、数日後にまたお願いします」
「…建国祭本番も着たり…?」
「少なくとも、ステラ様はそうお思いです」
「……」
また辛い思いをするのかと思うと愛羅は何もいえなくなる。そんな愛羅に神奈はくすりと笑ってからこういう。
「ご心配なく、お嬢。ちゃんと騎士はつけますよ」
所変わって、別の似たような場所にセラは隼斗に連れられ同時に愕然とする。そこには士郎もいて、自分の目の前には隼斗が持ち出した軍服に近い黒を基調とした正装服。
「愛羅は分かるが、俺がこんな格好してどうす…」
「やだなーセラ兄。パーティという煌びやかな場所で従者が似合わない格好してちゃ主人の顔に泥を塗るようなものですよ?」
「従者側もおめかしくらいはしなきゃねぇ。なによりここは紅だ。その国のルールに従うってのがセオリーじゃないかな?」
「……」
隼斗と士郎双方に言われ、セラは肩を落とす。
「…できれば裏方のほうとか」
「駄目っす」
笑顔できっぱりと断る隼斗に苦い顔をするセラ。そんな彼に士郎は問う。
「苦手なことも克服していかなきゃねセラ?大丈ー夫、愛羅がいるんだしどうにかなる!」
「お前にだけは言われたくない…」
「えっ、何が!?」
「ねぇねぇ、どういう意味!?」とうるさい士郎をよそに覚悟を決るしかないセラだった。
*
紅に滞在している間に着々と建国祭の準備は進んでいく。なにもしなくとも城内は煌びやかなのに、まだ足りないというのか、そこへ次々の飾りを施していく。
「…螺旋階段は邪魔だからパーティ中は外そうか。シャンデリアをその位置まで移動させて」
そして全体のバランスを見たステラがこう言った。長であるステラがそう言えば、係りの者達は直ちに作業に取り掛かる。
「というかあれ取り外しできるんだ…?」
取り外し作業を見つめていた愛羅は驚きながらぽつりと漏らす。そこにステラが言い足す。
「まあ1日近くかかるけどね。普段は移動手段のためにあそこに設置してるけど、パーティとなれば邪魔でしょ?」
「まあ確かに…」
「あ、あとね愛羅。お願いがあるんだけど…」
「うん?」
「パーティ当日に着るドレスのことなんだけど、愛羅は何色が好み?」
「え、好み?うーん…別に何色でも好きだけど、あえて言うなら青とか白とか…。暖色系等は私にはまだ難しいかな?」
好みを聞かれ、はっとなる愛羅。しかし気づくのも遅くステラは親指を立ててウィンクをする。
「そっか。うん、分かった!それじゃあ愛羅のドレスは当日までに用意しておくから、大船に乗ったつもりで期待してて!!」
*
城門の扉は赤地チェックのようなものに周りを黄金の金属で縁取られたもので幾倍にも大きい。人の大きさをを『1』で例えるなら、扉の大きさは大体『50』倍……いや、もう『100』倍に近いのではないだろうか。そんな城よりも扉に目がいってしまいそうな大きなそれを沢山の人々がくぐる。
日は経ち、今日は紅の建国を祝う建国祭が開かれる日となった。城門前は招待された民で騒がしいほど。まだかまだか、とそわそわしている者は多い。それもそうだ。年に1度しか行われない行事ゆえ、騒ぎたくなる者がほんとんどだろう。
城下の町も、それに伴うかのようにお祭り騒ぎのような盛り上がりようだ。そんな紅に愛羅は感嘆する。
「…凄い人達。紅は本当に民に愛されているのね」
「凄いでしょー?年々招待する民が多くなってきてるんじゃないか、って言われたけど、正にその通りだなー」
「そうなの?」
「言い出した当時の領主のときはそこまで集まらなかったらしよ。…というより、城下の広場を使って民を集めてた、って聞いたな~」
思い出すかのように顎に人差し指をあて「ん~」とうなるステラ。
そんな彼女を見つめていると、ステラは思い出したように「はっ!」と大きな声を漏らしては言う。
「そうだよ、こんな事してられないよ愛羅!準備しなきゃ!!」
「ええ、ステラの身支度済ませないと挨拶時に間に合わない…」
「違う違う!!」
首をブンブンと振るステラに愛羅は分からず首をかしげる。
「私より愛羅のほうが大事!!」
「え………えぇ…っ!?」
予想できたであろうステラの言動に、愛羅は予知できず驚くしかなかった。
それから。なぜか自分の事よりも愛羅の方を優先させるステラに焦りしか覚えなかった。数日前に着せ替え人形と化した同じ部屋に放り込まれると、中には黒く長いワンピースに白くフリルの付いたエプロンをした女性4人がそこにはいた。格好からしてメイドだろう。明らかに愛羅を仕立てる気満々といった顔で瞳をきらきらさせていた。
「それじゃ、後は宜しくね~」と手をひらひらふって言葉を残して去っていったステラに溜息をつく暇も無く、愛羅はメイドたちに肩を掴まれ部屋に招かれ、姿身の前に置かれた椅子に座らせられた。
「愛羅様の御髪に触れられる日が来るとは…至高の喜びであります」
「さすがまだお若いだけあって…お化粧のノリが違いますわね」
「こらあなた達、時間が無いのだからテキパキとね!まだドレスを着せるのが残っているのだから」
「私たちにも触らせてもらえませんとね!?」
途中から愛羅に触れたい、という理由をうまく誤魔化すかのようなメイドたちの会話に、当の愛羅はどこかぐったり気味だ。
いくら世話を仕事とする者でも、まさかそこまで自分にあれこれしたいという者がいるとは思わなかったもので、他国だと尚更その違和感に驚くだけである。
「あの…、私ってそんな、魅力薄いと思うんですけど…?」
そう言う愛羅にメイド達は驚きのあまり、世界が終わったであろう顔で一斉に振り返る。
「なにを言うんですか!!」
「蒼の領主様なんてこんな機会が無ければ会うことはないわ!!」
「尚の事女性ならこうやってお世話も出来る!!」
「しかもこのように可憐で美しいのよ!?」
我慢できません!!、と興奮気味に話すメイドたちに鏡越しで「は、はあ」と苦笑顔で相槌をうつ。そこまで言われると逆に恥ずかしくなり、前が向けず視線を下に反らしてしまう。
そんな愛羅にメイドは容赦なく彼女の頭を無理やり上に向かせ、手馴れた手つきで愛羅の長い髪を結っていく。
*
「……きつい」
「はいはい。辛抱っすよセラ兄。そのうちこの締め付けがいい具合にしっくりきますって」
「そんなものはいらない」
はー、やれやれ。と言う隼斗の隣ではどこか浮かない顔のセラが立っていた。普段着慣れた衣服とは少しの別れをし、今は隼斗が用意した聖装に身を包んでいる。黒を基調とした服に、引き立つような長い赤毛、整った顔立ち。黄の女神が反応したことだけある『美形』顔。そんな彼に目を留めない者はいないだろう。
現に紅の城門をくぐり、広間へと足を踏み入れた地位の高い民や、3国それぞれの民はセラの存在を確認しては、とろんとした目付きになる者や、恥ずかしそうに扇で顔を隠す者。遠くからだが遠慮なしにガン見している者。これ全て『女性』である。なので中にはある女性の連れである男性が、そんな彼女を見てどこか悲しそうな顔をしていた。
そんな国民達の表情を見て隼斗は面白そうに、しかし声を出すのは堪えてくくっ、と笑う。
「…モテモテっすねー、兄貴」
「ん?何か言ったか?」
「いえ、何も」
セラに聞こえるか聞こえないか程度の小さい声で隼斗は言ったのだ。それに、他の女性から言い寄られても我が兄師匠さまは好機とも思わないだろう。いや思うわけがない。むしろ迷惑がるだろう。
だってそれは明確しているのだから。
次には空間を見つめていた彼は何かに気づいたように足を運ぶ。
「愛羅」
「セ、ラ…?え、どうしたの聖装?」
目の前には華麗にドレスアップした彼の愛する主人が立っていて、2人とも相手の姿を見つめては何も言葉を発しない。そんな2人に隼斗は入る。
「セラ兄、俺ハイネの姉御に呼ばれてた気がするんでこれで失礼しますね。…あ、よく似合ってますよ愛羅様」
「あ、ありがとう隼斗」
笑顔で返す蒼の姫に、目をギラギラとして自分に少しばかりの怒気を送る兄弟子。そんな彼に隼斗は焦る。
―俺が言うよりも先に、素直にそう言えないのかなぁ。
ただ目の前の騎士-ナイト-にそう言ってみたかったが、後が怖いので行動に移す気は更々無かった。