蒼の姫
とある一国のとある城。とある主人と従者の会話からこの物語は始まる。
◇◇◇
「愛羅、入るぞ。追加資料の事なんだがー…」
「あーもうセラったら。またノックもしないで入ってきて…。『ノックしてから入りなさい』って、いつも言ってるでしょう?」
何の音ぶれも無く書斎にはいってきたセラに愛羅は肩を落とす。しかしセラはそんな主人にはお構いなしに机に大量の資料をのせる。
「いや、やろうと思ってもドアを目の前にするとなんだか別にいいかな、て…。それに今は荷物持ってたし。」
「片手が空いてたでしょ?」
「あぁ。それで愛羅、今度の件についてなんだがー…あ、これ追加の分な。判子宜しく。」
「話をそらさないの!!…え、嘘!?」
もはや主従関係とは思えぬ様な会話だがこの2人の間ではもはやこれが当たり前になっている。ふんわりとした茶色い髪を揺らした16の少女、愛羅は3つに分け隔たれた自国の内の1つ、蒼の国と称された国の次期領主である。この国で愛羅のような少女が王、という立場でいるのは少し違和感を覚えるだろうが、蒼の国ではそれが決まりなのだ。
「それで愛羅。今度の戴冠式の日取りと日程なんだが…」
そして愛羅の従者、セラ。少し童顔な顔しているが成人済みであり、綺麗な赤い髪を後ろでひとまとめにして、黒一色な服装に身を包んでいる青年はばさり、と紙の束を愛羅に手渡す。黒く鋭い瞳は面倒くさい、というかのように目を細めた。
「―私の誕生日?」
「いやなら別の日に断っても良いんだが、どうだ?」
「そうだねー…ちょっと“トラウマ”が蘇りそうだけど…。大丈夫よ、日程はこれで。」
「…そうか。」
「それよりセラ?」
「ん?」
「今更言うのもあれなんだけど、『愛羅』っていう名前呼びどうにかならない?」
「…本当に今更だな。」
「だって普通は『主』とか『主人』って言うものじゃない?名前呼びは周りが色々と困惑しない?」
「…昔と逆な事言ってるな、お前。城内の皆は慣れたようなものだろ。外ではちゃんと呼んでるからいいだろ?」
「うん、まぁちゃんとしてればそれで良いんだけど…。でももう慣れなら今更しょうがないか。」
そう確信しては手渡された資料の続きを見た。
物心ついたときから私はこれでもかというほど国民に恵まれ、両親に愛され、そして早い別れを経験した。
私が7つの誕生日と同時の戴冠式、突然の反乱軍によって国民は襲われ、蒼の国・国王の父は『今の王の意見や行動にはついて行けない』として殺され、母は自殺して父の後を追うように去っていった。
お父様…お母様…どこ?どこにいるの?私、2人のいない世界なんて嫌だよ…怖いよ…。誰か…誰か…。
私を一人にしないで…。
「………また。」
我ながらなんて夢を見たのだろう。書斎で、しかも自身の戴冠式資料整理をしている時に居眠りとは。まだまだである。そのみた夢も1度ではなく、何度も見た昔起きた出来事であることに動揺を隠せない。
愛羅が蒼の国次期領主というのは、愛羅が7歳だったとき、両親が亡くなる前からの決定事項だった。
“もし私達に何かあったら、すぐさま後継者は娘に託す。まだまだ未熟者であるため、家内の執事やメイド、そして従者には全力でサポートしてほしい。”
そう、伝えておいたらしい。座った机から斜め右上に視線を上げれば、壁にはまだ幼い愛羅を抱きかかえた母親とそれを優しく囲み微笑む父親の、両親との写真が飾ってある。
「父様、母様、私にはなんのお咎めもなしですか…?2人を見捨てた私を…。国の王なんて、私にはまだ…」
「…どうした愛羅。」
振り向けばドア前には従者のセラが立っていた。
「…セラはまたノックしないで…。どうした、てこっちが聞きたいわよ…ねぇセラ?」
そして堪えていた何かが溢れてきそうで愛羅は目をぎゅっと閉じる。そんな愛羅をセラは自身の腕の中に優しく招きいれる。
「またか?」
「うん…。昔の…昔の記憶が、父様と母様を亡くしたあの日のこと。思い出すたびに涙がでてきてどうしても自分じゃ抑えられなくて…!」
肩を震わせながら泣いている愛羅にセラは無言で抱きしめ、頭を撫でる。
「それでも蒼の国はここまで復旧できた…それもこれも愛羅の力だ。」
「そうかな?私にはなんの力もないわ…。それこそその時はこうしてセラに慰めてもらったねぇ。メイドにもこうしてしてもらってたけど、やっぱりセラの腕の中が一番落ち着く…。違いは頭なでなでかなぁ。」
「涙は出し切ったか?」
「しばらくこのままでお待ちください…。」
「―かしこまりました。」
*
「―で。落ち着いたか?」
「うん。まだ鼻水でそうだけど。」
すん、と鼻をすする愛羅にセラは微笑む。
「そこまでおさまったなら大丈夫だな。でも少しは休め。戴冠式まであと何週間もないんだ。最近は忙しくなってきているから、お前自身が無茶するのも解る。でも肝心のお前が倒れたら俺も国民も心配する。だから少しでも時間が出来たら休め。」
「うん、解ったよセラ。でも私だけじゃなくてセラも休息は取るんだよ?」
「あぁ。だからこれからとる。もう徹夜3日目だしな。」
「お疲れ様です。」
そういってはセラの頭を一撫でする。
「にしてもセラの頭を撫でるのも一苦労だね。昔とは違って背伸びしなくちゃ届かないもの。」
「男の成長は女より早いとか言うしな。大丈夫、愛羅は横に育っても変わらず綺麗だから。」
「な…っ、太ってません!!セラ、私じゃなくて他の女性にそれ言ったら殺されるわよ!?」
「大丈夫だ、こんなこと言うのは愛羅くらいだ。」
「それもそれで…もういいわ。休んできなさい。」
「それではお言葉に甘えて。失礼します。」
そういったセラが書斎から出て行ったことを確認してからぽつり。
「大きくなったなぁ…。」
『いけません姫様!危ないです!』
『どうして?私の従者になる人なのでしょう?だったら近づいても害はないわ。お父様も部屋にいるんでしょう?』
メイドから遮られたドアの向こうを見ては愛羅はいう。
『そうですが…。ですが姫様にもしもの事があれば…、あ、姫様!?お待ちください!!』
さすがにメイドからの通行止めがうっとおしくなり愛羅はメイドを華麗に避けながらドアノブに手をかける。
『お父様ー…?』
『おお、愛羅か。丁度良い、紹介しよう。この子が今日から愛羅の従者になるセラだ。さぁ、セラ、自己紹介だ。』
セラ、とよばれた鎖骨まである綺麗な赤毛の長髪をした少年はくるりと正面を向いて口を開く。
『セラ、です…。これから宜しくお願いします、愛羅お嬢様…。』
ぺこりとお辞儀をするセラに愛羅はぱあっ、と表情を明るくして言う。
『こちらこそお願いね、セラ!!』
*
『ねぇ、セラ?』
『はい、何でしょうか。』
『髪の毛うっとおしくない?』
男の子にしてはずいぶん長い髪に対して愛羅は言う。それにセラは気づいて髪に触れがら答える。
『お嬢様が嫌なら今すぐにでも切りますが…』
『えー!?駄目駄目!せっかく綺麗な髪してるのよ!!そうねー…あ!』
『?』
机の引き出しをあさってはリボンの束をだし、ハサミで適度な長さに切る。
『セラ、そこに腰掛けて。後ろむいて。』
『…?はい。』
疑う事もなく従順なセラの髪をすくい上げてはひとまとめにまとめる。
『あの…愛羅様?』
『あ、動いちゃ駄目よ。今まとめてるのに。』
『俺の髪を触っていて気持ち悪くはないんですか?』
『なんで?綺麗じゃないセラの髪。ちょっと癖がある私の髪よりサラサラしていて羨ましいわ…よしできた、と。』
はい、鏡、と愛羅から手渡された鏡をみてセラは少し驚いたような顔をして愛羅を見る。
『うん。まとめた方が凛々しく見えるわよセラ。そのリボンはあげるからこれから大事に使ってね?』
『…ありがとうござます。』
*
『見てセラ!国の皆があんなにも城門前に集まってるわよ!戴冠式もそろそろね!!』
『そういってあまりハメを外さないようにお願いしますよ。姫様に何かあったら俺は国王様に顔向けできない。』
『それちょっと大袈裟よセラ…?』
『大丈夫。何があっても愛羅は俺が守る。国王からの命ではなく、俺個人の意思として。』
『うん、頼りにしてるわセラ。』
「―姫様?」
「あっ、何?」
書類をまとめ終えてから担当の執事に渡した後ボーっとしていたせいか、休憩しようとお茶を持ってきてもらったメイドに心配そうに名前を呼ばれては意識を戻す。一体何を考えていたのか自分でも解らないほどに意識が飛んでいた。なにか、懐かしいことを思い出していたような…それでも明確には思い出せなかった。そして次には従者がノックもせずに入ってくる。
「只今戻りました、姫様。」
「あぁ、お帰りなさいセラ。教会の手続きの方はどうだった?」
「滞りなく。神父も『姫様が来てくれる戴冠日は楽しみにしております』とのことで。」
「そう、ならよかったわ。」
「それでは姫様、私はこれで失礼します。また何かありましたらお呼びください。」
「えぇ、ありがとう。」
そういったメイドは書斎室を去っていく。
「愛羅、疲れてるのか?」
メイドがいなくなってからいつもの様に名前を呼ぶ従者は、机の上にあった飲みかけのティーカップや数量の菓子をみて問う。
「う~ん…疲れた、というよりは甘いものが欲しくなって…。」
「それはもう疲れたと言ってる様なものだぞ。ちゃんと休んでるのか?」
心配そうに見てくる従者に愛羅は心底申し訳ないと思いつつ、
「えぇ、大丈夫よ。」
嘘をついた。