蒼炎
八月一日。
小学校夏休み初日。
セミの鳴き声が脳内に木霊する今日この頃。
僕、『時召焔』は焔という名に反して引っ込み思案な性格をしていた。
少なくとも、自分ではそう思っている。
「ああ、空から美少女でも降ってこないかな」
空を見上げ嘆息する。僕には、夏休みの間に遊ぶ友達も居なければ、物語の主役のような展開も用意されていないのだ。
今、僕は暇つぶしに散歩をしている。
散歩というのはいいものだ。散歩している間は現実の悩みから解き放たれて、清々しいほど心地よい。
「さて、帰るか」
二、三キロメートルほど歩き、帰ろうと方向転換した瞬間、誰かとぶつかった。
「あ、すいません!!」
「……ちっ」
相手の男性は舌打ちして、足早にその場を去っていった。
「舌打ちされた……死にたい」
絶望に打ちひしがれて下を向いていると、足元に小瓶を発見した。
「なんだろ? 綺麗な石が入っている」
酷く綺麗なその石の入った小瓶を僕は持って帰ることにした。
家に着く。
僕は玄関で出迎えてくれた両親に小瓶が見つからないように後ろ手に隠し、玄関を通り過ぎようとした。
だが。
「焔くん。その手に隠しているのはなに?」
両親は僕から小瓶を取り上げると、しげしげと小瓶の中の石を観察し始めた。
「返してよ! それ僕が見つけたんだ!」
「これは、サファイアによく似ているな」
両親は金に目が眩んだのか、僕の抗議を聞かず、小瓶を開けようとする。
「返して!」
僕が両親から小瓶を奪い取ると、両親は今まで見たことのない怖い顔で僕を殴った。罵った。
「誰の金で生活出来ていると思っているんだ。子供のものは親の物だ!」
そう言って、小瓶を再び手にした両親は小瓶を開けた。
その瞬間。
小瓶から青い炎が溢れ出す。
今まで石だと思っていたのは、実は炎だったのだ。
「このままだと、みんな死んじゃう……」
という理性と。
『この炎を誰にも取られたくない』
という感情で。
僕は、呆気に取られた両親を尻目に急いで小瓶を奪い取る。
そして、小瓶から溢れる炎を抑えようと小瓶のフタを探すが、見当たらない。
「ごめん、右手」
右手の手のひらで小瓶にフタをする。
途端に肉の焦げる匂いと、焼肉のようなジューっという音がして、右手が青い炎に包まれる。
「うがぁああああ!!」
痛い。
死ぬより痛い鋭い針に刺されたかのような痛みと青い炎が右手、右手手首、右肩に走る。
そして……。
「右肩が……」
右手から右肩は完全に燃え、焦げ、炭になって燃え尽きた。
両親は既に炭に変えられている。
抑えが無くなった青い炎は、四方八方にその青白い舌を蔓延らせる。
「ぁああああ…………」
無くなった右肩からの出血で意識が朦朧としている僕は、ただ、願っていた。
青い炎。
視界に映るのはそれだけだった。
青い。
全てが青い。
それは、僕の周りを焼き尽くし、そしてなお、新たなる獲物を求めてその炎の舌を辺りに伸ばす。
僕は青い炎の中、呟いた。
右手から右肩を燃やされても。
両親を炭に変えられても。
それでも。
「綺麗だ……」
それを聞いたのか、炎が人の顔の形に変わる。
『人間。お前は今何と言った?』
「綺麗……」
朦朧とした意識の中、僕は答えた。
『気に入った。人間、お前。我の主になれ』
「主……?」
炎が僕の中に吸収されていく。
そして、失ったはずの右手の感覚が戻ってきた。
『我が名はカルニア。蒼炎なり』
それが、僕、『時召焔』と蒼炎『カルニア』との出会いだった。