7.Minority ~喧嘩日和 根性VS根性~
お越しいただき感謝! 七話目です! 今回はちと長めです。番組に例えるなら45分スペシャルかもしれませぬ。
では、ゆっくりとご覧になって下さいな~!!
【日曜日】
中間テストが終わった翌日。雨田は早速解禁されたテレビゲームに1日中齧りつき、目を血走らせながら画面上にいる一頭の馬の尻尾を睨んでいた。「寄越せ! お前の毛を寄越せ!」と、自らが操る戦士タイプのキャラが馬の尻尾目掛けて剣を振るう。
「お前、昨日寝てないだろ」隣にいる密山が呆れた様な表情を作りながら鼻を穿る。パソコンをいじり、雨田がやるゲームの攻略サイトを眺めながら口元を歪めた。「ひでぇ条件だな。強さは裏ボス級、アイテム出現確率は尻尾破壊で2パーセント。さらにお前の欲しい武器を作るにはそのレアアイテムが5つ必要ときた……一生でも捧げる気か?」
「うるへぇ! 口出しすんな! あ! オチた」と、操っていた戦士が血反吐を吐いて倒れる。「厄災馬の天毛ぇ~!!」
「諦めろよ。ソロじゃ、まず無理だ」と、コップに口を付けながら苦笑する。「で、わかってるな? 明後日の放課後、女子バスケ部の部室に行くんだからな」
「え? なんだって?」と、慣れた手つきでコンテニューし、戦闘準備を手早く済ませる。
「だから、打倒生徒会の話だよ! 協力者に会いに行くんだよ!」
「あぁ聞いてる聞いてる」と、禍々しい毛並の黒いユニコーンモドキの後ろ足に吹き飛ばされながら頷く。「くそ! このダメージの大きさはない!」
「その人の協力がなければ、最低でも一年間は生徒会の天下になっちまう、それを防ぐためにだなぁ……」
「おし! 尻尾破壊!」
「聞けって!!」
【月曜日】
「ねぇ雨田君、もしかして……」昼休み中、犲河が彼の顔をワザとらしく覗き込む。「徹ゲーですか?」
「うむ……正直、限界っす」と、赤子のように頭を前後左右に揺らし、常に瞳を涙で潤わせ、瞼を痙攣させる。「天毛……天毛が欲しいぃぃぃ」と、呪文の様に唱える。
「……このままだと、馬鹿になっちゃうぞ?」
「もう十分馬鹿だよ」密山が首を振りながらため息を吐く。「で、犲河さんはさ、明日くる?」
「その先輩に会いに? う~ん、雨田君が行くなら行く、かな?」と、横目で人間以下に成り果てた男子学生だったモノを見る。
「来てくれよぉ、あの人は一筋縄じゃいかないんだ」
「で」背後でぬぅっと立っていた紅雀が問いかける。「何故、その先輩が必要なんだ?」
密山は喉をワザとらしく鳴らし、『戦略』と書かれたノートを机に置く。「いいか? 生徒会は今、学園の実権を握っている」彼の調べによると、この学園は2年前までは普通の高校と変わりなかった。だが、学校特有の悩みを人一倍抱える学園だったのだ。『いじめ』『他校との摩擦、喧嘩、抗争』『集団カンニング』『乱れた授業』『平然と行われる校則違反』などなど。しかも、この私立校の教員たちの半数以上は給料一番のサラリーマン教師だった。学生に興味を持たない心無き者たちが殆どであり、道徳を説く者は一握りしかいない。このままでは学校が荒廃してしまうことを恐れた学生側がこれらの問題の解決策として、いまの生徒会が出来上がった。校則をわが物にし、問題児、学則違反者を容赦なく切り捨て、学生たちによる学生のための学校作りを2年前に開始し、現在に至るのである。実権をどうやって握ったかは、また別のお話。
「その実権を学園長に返還するんだ。新生徒会長がな」
「なるほど、その為にセンパイの協力を仰ぐわけだな(面白そうだなぁ)」紅雀が頷く。「私はやめておこう。足を引っ張りたくない(ちっ)」と、自らの頭を小突く。
「引っ張るようには見えないけど」と、横目で雨田を見る。「お前は明日に備えて、寝ておけよ」
「天毛……天毛、あと4本……天さん」
「寝・ろ・よ!!」
【火曜日】
朝になると、雨田の隣の部屋で寝ていた犲河が気持ちよさそうなうなり声を上げながら出てくる。「う~ん! またお世話になっちゃったな……」と、雨田の部屋をノックする。「おっはよう! ゆっくり眠れたかい?」しばらく立ち止まり、また叩き、ドアに耳を押し当てる。中からはテレビの砂嵐の音が響いていた。「雨田君!!」と、たまらずドアを開く。
目の前にはテレビの前でぐったりとうつ伏せになる雨田の姿があった。すっかり痩せこけ、両腕を激しく痙攣させ、顔中の穴から汁を垂れ流していた。「えへへへへへ、出ない……あれから1本も出ないよぉぉぉぉぉぉぉ……」
「また寝てないの……雨田君」
「あは♪ 僕ぁ中国人じゃないホ!」
「だ、ダメだこいつぁ……」
昼休みの鐘が響く。雨田は学校に密山と犲河に引きずられながら登校したが、その後は教室の片隅にゴミの様に打ち捨てられ、そのまま放置状態にされていた。寝ているのかいないのか、時折ボソボソと呟き、突然笑い、泣きを繰り返す。「……死なないかな? 死んでくれないかな?」と、密山がシャーペンで突く。
その頃、犲河は紅雀を連れて体育館裏に向かっていた。「弁当は持ってきていないんだが」紅雀は両手を軽く上げながら困ったような表情を作る。
「ちゃんと食べないと、午後の授業を乗り切れないぞぉ~」と、雨田ママから持たされた弁当を片手に機嫌よさそうな声を出す。「一口食べます? 揚げ物が絶品なんだよネ」
「ほぉ……ん?」と、たどりついた体育館裏に目をやる。そこには妙な先客がいた。
そこには、体操用マット2枚の上に大柄な女子生徒がうつ伏せになっていた。時折足をパタパタさせ、年季の入ったうなり声を上げる。犲河がワザとらしく咳をしてみると、むくりと起き上り、背中をボリボリと掻きながら彼女らの方を向いた。巨大なポニーテールが印象的な女子生徒だった。スカートの下にダブついたジャージを履き、ワイシャツの胸元を大きく開き、ブレザーを肩からかけていた。「おぅ? 昼飯かな?」と、犲河の持つ弁当箱を眺め、傍らに置いた水筒を豪快に呷る。「ぷへぇ!!」
「あ、あの、あなたは?」戸惑いながら問いかける。相手が腰を上げると犲河はぎょっとした。背には自信のある犲河でも見上げるほど、相手は高身長(192cm)だったのだ。
「2年の……侠華ってんだ。よろしく」と、不敵に笑う。
「……助っ人で有名な?」紅雀が知っているように問うと、侠華が自慢げにニヤリと笑う。「貴女の武勇伝は聞いてますよ」この女子生徒は、野球、サッカー、バレーなどの体育会系部活の他校試合や大会などに顔を出し、華々しい活躍を次々に魅せる事で有名だった。
「そう、その侠華だ」と、また豪快に呷る。おまけにゲップまで出す。しばらく彼女ら2人の体を舐めるようにじっと見つめ、にんまりと笑った。「なんだなんだ? 2人とも、い~い体してるじゃないか。部活は?」
「いえ、まだ……」「私は入る気ない(つまらんなぁ)」2人が答えると、侠華がズカズカと歩み寄り、彼女らを見下ろした。
「アタシと天下ァとる気あるなら、いつでも来な」と、頷きながら笑い、体育館裏を後にした。
「でっかい……全部でっかかった……」身長、ポニーテール、胸を順番に見て感心していた犲河が唾を飲み込む。
「それに……(強ぇな、あいつ。喰いてぇ)うん」と、納得した様に頷く。
「あ、お弁当お弁当」と、先ほどまで侠華が寝ていたマットに座り、包みを取る。「お! エビフライ! 食べます?」と、弁当箱の端から端まである海老フライを箸で摘まみ上げる。
「うぉ! いいのか?! エビフライだぞ!! (おぉ喰いてぇ)うん」
授業が終わり、生徒たち各々の時間になる。下校する者、部活に興じるものと様々だった。HRが終わるとすぐさま密山が雨田をひっぱたく。「おい! 時間だ、起きろ!」と、彼の頬を粘土の様に扱う。雨田はなされるがままに捏ねられたが、意識がハッキリすることはなかった。「くそ……犲河さん~」
「……しょうがない、あんたと2人ってのは嫌だけど……」と、密山の手つきを睨む。
「もうセクハラはしないよ! ハルカさんにも来て欲しいんだけど? いないね」
「彼女にとって、今がお昼時なんだってさ」と、2人は教室を出て女子バスケ部の部室へと向かった。「で? 相手はどんなセンパイなの?」
密山は戦略ノートを開き、答えた。「この街、否、県随一の大富豪のお嬢様さ。『ヒョットコ院』って苗字、聞いたことない?」
「ない……てか、なんか嫌なイメージだな……髪型や服装に気を使い、執事とかメイドを雇って、紅茶でも啜ってそう」表情を歪め、苦そうに舌を出す。
「偏見全開だね、犲河さん……で、このお嬢さんは、生徒会の幽霊役員なんだよね。なんでも、去年に起きた『近隣不良掃討作戦』に不満を持って、半ば退会状態らしいんだけど、生徒会長が残しているらしいよ」と、ノートに書かれたデータを読み上げる。「堅菱のような鷹派を毛嫌いしているみたいね。何としても味方にしなきゃな」
「正直、そんな先輩どうでもいいけど、あの生徒会をギャフンと言わせるためだよね。我慢しなきゃ」犲河は珍しく心の底から不機嫌そうな表情を見せた。
「おや? お金持ちは嫌い?」
「……ちょっとね」
丁度その頃、生徒会室にて。「いい加減、追い出したらどうです?」堅菱が生徒会長の破嶋に詰め寄る。「あいつは毎朝の会議にも参加せず、でかい顔で学園を歩き回って……我々の品位を落とします!」と、生徒会長専用の机を叩いた。
「しかし、だ。あいつは中間期末で平均点85以上とってるし、生徒会にも貢献している」と、彼をなだめるように肩を掴む。
「いつです! いつ貢献しましたか!!」と、噛みつく様に怒鳴る。
「今回の中間テスト前のカンニング・ペーパー売買問題。あいつの機転のお蔭で取り押さえる事ができた。隣の高校の技術部員が一枚噛んでカンニングキットを作っていたとは恐れ入った」と、押収したキットの山に親指を向ける。「彼女なくして、未然に防げなかった」
「くっ、ですが私は認めません!」と、乱暴に生徒会室から出て行く。
破嶋は鼻でため息を吐きながら椅子に座り、天井を見上げた。「……昔は仲が良かったが……何が起きた?」
バスケ部の部室に付くと、密山は丁寧にノックをした。「失礼します、3日前にアポを取った密山です」と、普段とは違う声色を出す。
「おぅ、待ってたゼ」と、背の高い女子生徒が出迎える。その人を見て犲河がギョっとした。
「あっ」相手は侠華だった。
「おぉ、昼に会ったな。名前を聞いてなかったな」と、水筒を呷る。彼女の自己紹介が終わると、部室の長椅子にドカっと腰かける。
「で、ヒョットコ院さん」と口に出した瞬間に彼女が睨みを効かせる。
「その苗字で呼ばないでくれ。侠華だ」と、不機嫌そうに水筒に口を付ける。
「侠華さん。今日来たのは……」密山はノートの中身を暗記したように饒舌に自分達の目的を語り、彼女の協力を頼んだ。結果……。
「聞こえないね」と、耳を穿り、指に息を吹きかけた。「もう一度頼むわ」と、彼の方を見ずに口にする。密山は軽く頷き、先ほどの内容を更に砕いて話した。だが、答えは同じだった。「聞こえねぇ……」と、大あくびする。「もう一度」
「ヒョットコ院さん」
「侠華だ!」
「……侠華さん。お願いします、貴女の協力が……貴女に委員長になってもらうしか方法がないんです!」と、深くお辞儀をする。
「聞こえねぇっつってんだよ、一年坊」と、下から上へと目線を動かし、密山を睨む。「アタシぁそんな暇じゃないんだよ。わかったらとっとと帰りな」
「しかし……あ、あなたも今の生徒会には不満が……」
「あるさ。でも、この学園にはあいつらが必要だとも思っている。あいつらがいなきゃ、このどうしようもない学園は混沌とした崩壊状態に逆戻りだ。だが、今のあいつらの行う政策ってか『自分らが学則だ』精神はやりすぎだとも思う。つまり、簡単に言えばアレだ。生徒会は苦い薬みたいなモンなんだよ。我慢して飲めば、良くなるってね。だから、別にアタシが引っ掻きまわす必要が無いってことさ」
「ですが……」密山は怯まず、何とか彼女を説得しようと試みた。すると、横合いから犲河が飛び出た。
「そう言ってただ逃げたいだけじゃないのか!」と、侠華の胸倉を掴み上げる。
「なんだと?」
「臆病者!そうやってグチグチ文句やら正論やら垂れて結局はズルズル逃げたいだけじゃないのか! あたしの思った通りだ、金持ちにロクなやつはいない!」と、額に血管を浮き上がらせて吠えた。
その咆哮には耳を貸したのか、侠華は胸倉を掴まれたままぬぅっと腰を上げ、犲河を見下ろした。「……面白いね、あんた。アタシに喧嘩売るの?」
「売るのすら勿体ないね」と、鋭い目つきで睨む。この時の犲河は、ただ喧嘩したいだけで吹っ掛けているわけではなく、何か芯の底から怒鳴っている様子だった。
「……甘いね、一年坊」と、クスリと笑う侠華。「わかった、喧嘩しよう。体育館裏に来な。これでいい?」
「あたしを馬鹿にしてるの?」さらに煮立ったのか、犲河の頭上から湯気が上がる。
「あんた、喧嘩好きに見えて、てんでシロートだからさ」と、彼女の手を握り、襟から手を離させる。
「くっ」相当傷んだのか、掴まれた手首を摩る。
「とにかく来な……」
勝手に進むやり取りを眺めながらぼんやりする密山。「あの……俺のお話が、その……」
「文句あるか?」2人が声を揃えると、彼は首を高速で横に振った。
体育館裏に着くと、侠華は自分の立ち位置を決め、そこで仁王立ちする。「いいか、ルールは簡単。アタシに尻餅を付かせれば、お前らの勝ちだ。どんな手段を使っても構わない」と、ジャージのポケットに手を突っ込む。「さぁ、来な」
【犲河椿VSヒョットコ院侠華】
「どんな手段も?」犲河が侠華を睨みながら問う。
「そう、喧嘩だからな。武器を使おうが、複数で挑もうが構わない。不利な状況の方が燃えるしな」欠伸をし、涙を拭う。「ったく、『始め』って言われなきゃ来れないのかよ!」
このセリフを合図に犲河は飛び出した。密山は嫌な予感が首筋を過り、静止しようと手を出したが、それも間に合わず、犲河は自慢の速さと重さを持つ拳を見舞った。
【羆型・爆裂拳!】体重の乗った一撃が侠華の頬を正確に捉える。最高速度に達した拳が深々と命中し、犲河はニヤリと微笑んだ。腕に手ごたえという名の痺れを感じとる。
しかし、侠華は倒れなかった。それどころか表情を変えず、ハンドポケットのまま地面を踏みしめていた。「どうした?」冷笑するかのような視線を向ける。
「別に」犲河は拳に残る手ごたえを確認しながらも次の攻撃に移った。
【狼型・鋭爪牙連斬!】侠華の周りに残像を飛ばしながら動き、次々と鋭さを帯びた拳足で彼女の体中を切り裂く。これまた全ての一撃達がクリーン・ヒットし、辺りに血が飛び散る。返り血を浴びた犲河は勝利を確信した。
だが、侠華は倒れることはおろか、「痛い」の一言も口にしなかった。
「……嘘だろう?」密山は目を疑い、擦る。攻撃をまともに喰らった侠華は見るからにダメージを負っていた。頬に痣ができ、体中に切り傷が刻まれ、血も未だに溢れていた。だが、効いている様子が全くと言っていい程ないのだ。
「う、そだ……」攻撃を放った犲河自身が一番驚いていた。
侠華は血唾を吐き捨て、口の端を親指で拭った。「一年坊が」と、馬鹿にするように犲河を睨んだ。「この程度で驚いてるんだったら、アタシに勝つのは夢のまた夢さ」勝ち誇ったような言い方が鼻につき、犲河はすぐさま飛びかかった。
【雌獅子型・狩人の双腕!】右と左の順で拳を放ち、再び侠華の頬および胸にクリーン・ヒットする。だが、そこで侠華が反撃に出た。
「いい事を教えてやる」と、犲河の胸倉を左手で、まるで抉るように掴み取り、自分の鼻先まで近づける。「『胸倉掴み』とは、相手を脅すために使う技じゃぁない。こうして、相手を自分の必殺の間合いに手繰り寄せるための技だ」話終えると、頭をこれでもかと仰け反らせる。
【ヒョットコ院流喧嘩術・落雷殺し!!】自らの額を犲河の脳天に叩き付け、次の瞬間に彼女の腹部を右拳で深々と貫いた。これにより頭突きで生じた、脳天から脊髄、背骨を伝い尾てい骨へ抜けるハズの衝撃波が、腹部からの衝撃波と衝突し、大爆発を起こした。
「ッッッッ!!」犲河は己の許容範囲を大きく超えた衝撃をまともに喰らい、悲鳴すら上げることができずに崩れた。そこでやっと手を離され、侠華の足元にひれ伏す形となる。
密山は一瞬の出来事に何が起きたのか理解できなかったが、犲河から発せられる苦悶の無声を耳にして、すぐさま駆け寄った。「大丈夫かよ!!」
「それは、まずないな。これをまともに喰らって起きたヤツぁいない」と、手を払う。「で? どうする? 続けるか? お前が加わっても別にいいんだぞ」と、ギロリと視線を向ける。
すると、密山の目つきが大きく変わる。「そうさせて貰おうか……」ゆるりと臨戦態勢になった時、犲河が彼の腕を掴んだ。
「あんたは手を出さないで……」砕けた腰を無理やり動かし、侠華を睨む犲河。立ち上がろうとするも、脚が言うことを利かないのか、動く気配を見せなかった。「うぅ……くっ」
「無理だ。正中線に沿った真芯を貫いたんだ。保健室にでも行かなきゃ……」セリフを言い終わる前に、犲河は己の太ももを千切らんばかりに抓り、その痛みを利用して無理やり立ち上がった。
「んあぁぁぁぁ!!」腰と膝の震えは止まらなかったが、すぐにファイティング・ポーズをとり、相手を見据える。「かかって来いよ……」
「……へぇ」侠華は珍しいもの、または懐かしいものでも見たかのように感心し、指の骨を鳴らした。「わかったよ。もう容赦しない」
「俺も加勢する。ひとりじゃ無理だろ!」
すると犲河は血走った目を密山に向けた。「あんたはスッこんでろ!!」
「な、なんで?!」
「お~ば~ちゃん」学生食堂のカウンターで紅雀が表情に似合わない猫なで声を出す。「胡椒を下さいな」すると、学食の調理師であるおばちゃんが、年季の入った皺を顔じゅうに寄せ、紅雀に睨みを効かせ、オタマを向けた。「ダメ! あんたぁ、3日連続で胡椒を空にしたでしょうが!! もうそんな子に上げるスパイスはない!!」と、ぷいとそっぽを向く。
「お願いですよぉ~、このラーメンには胡椒が必要なんですよ!」
「だめ! 十分味ついてるんだからダメ! てかアンタぁ! どんだけかけるのよ!」そのセリフに対し、紅雀はスパイスの蓋を開け逆さまにする様なジェスチャーをして見せた。「だからダメだって!!」
紅雀は膨れ面を作りながら自分が特等席にしているテーブルへ向かった。「わかったぁよ……」渋々と鞄から胡椒缶を取り出し、醤油ラーメンにどっさりとかけた。
「自分のがあるんじゃないか!!」
「だって勿体ないんだもん」と、割り箸でラーメンと胡椒の山を馴染ませ、一気に啜る。「(やめてくれ! アタイぁこれだけは嫌なんだ!)だからだよ。しばらく下手に出てこれないだろ?」と、もう一啜り。「(くぁ! よくもまぁそんな刺激物を!)私は平気だがな」不敵に笑いながら美味そうに麺を啜り、蓮華でスープを飲む。「んぅ、美味し」
遅めのランチタイムを楽しむ彼女の背後で数人の学生たちが屯し、互いに仕入れてきた情報を交換し合っていた。「知ってる? 今、体育館裏でさぁ……」「聞いた聞いた、馬鹿だよねぇ……あのヒョットコ院と喧嘩するなんてさぁ、命知らずってぇか」「自殺志願者?」紅雀の片耳が自然とそちらへ吸い寄せられる。
その学生食堂の外にある自販機近くを、酔っ払いの様になった雨田がうろついていた。「さぁ回復して、またお馬さんと遊ばなきゃ……ぐへへへ、待ってろよぉ。今に馬刺しにして食ってやるかんなぁ…で、天毛をイヤと言うほど毟って……」と、自販機に金を乱暴に入れ、おぼつかない指先でボタンを押す。出てきた缶ジュースを飲みほした瞬間、開いていた瞳孔がぐっと縮まる。「ぐは! これダイエット飲料……」と、黒目を弾けさせながら含み笑いを繰り返し、壁にもたれ掛り名がらヨタヨタと歩き始めた。
そこへ紅雀が口の周りに付いた胡椒を拭いながら出てくる。「あのゾンビは……雨田か?」
体育館裏から物騒な音が響く。1度、2度、3度と連続で響き、ボタリとした音で止まる。そしてまたゴンという音が鳴る。
「ガァ!」血反吐に塗れ、敗戦したボクサーの様な顔になった犲河が地面に転がった。「オ、オゲェ! ぐぅ……うぁあぁぁぁぁぁぁぁ!!」もう抓る場所のなくなった太ももの代わりに、二の腕の内側を抓り抉る。
痛々しい彼女の姿を見るに耐え兼ねた密山が彼女の前に立つ。「もうやめろ!! 後は俺に任せてくれよ!!」だが、そんな彼に対し犲河は弱々しく拳を振った。
「ぁ、あんたは関係ないでしょ!!」
「いや、あるんだけどさ」
そんな彼女を見ていた侠華が口を開いた。「これ以上やりあっても無駄だ。アタシは拳を緩める気はないし、仏心で折れてやる気もない」
「あたしもだ!!」と、脚を引き摺りながら侠華の間合いに入り込む。
【犀型・突げ【ヒョットコ院流喧嘩術・横綱砕き!!】犲河の膝蹴りに合わせ、彼女の顎を掬い取り、そのまま背後の体育館の壁に叩き付けた。後頭部を強打した彼女は、目から火花を散らせ、白目を剥いて顔面から地面へと倒れた。
侠華はフンと鼻で一息し、見下ろした。「終わりでいいか? まぁ今日の日の為に午後は門限(夜8時)まで暇だから、あと3時間は続けられるが……」と、中腰になる。「立つか、やめるか……自分で決めな」
犲河は、このセリフを朦朧とする意識の中で聞き取り、無理やり己を覚醒させ、声にならない唸り声を上げながら両手足で必死にもがいた。
「見苦しいな……まるで、昔のアタシだ」
ヒョットコ院侠華は財閥の長女として生まれ、皆が想像するような順風満帆な生活を送ってきた……訳ではなかった。物心がついた頃から父親直々に教育を施され、世界各国のあらゆる地域へ連れていかされ、そこで『財閥の娘として』『のちに財産、大会社を継ぐものとして』の心技体を叩きこまれた。ゆえに彼女は一流の生活を知りながらも奈落の底での暮らし方も叩き込まれていた。
小学1年の年齢になる頃、帰国しそれからは国内の学校で一般教育、道徳を学びながらも自宅の豪邸に備わる道場で基礎体力および『根性』というものを五臓六腑にまで叩き込まれた。父親に何度も投げ飛ばされ、締め落とされた。立てなくなり、むせび泣くと、いつも「立つか、やめるか……自分で決めろ」と、言われ、彼女は何度となく立ち上がった。そんな日々のお蔭で、中学に上がる頃には父親を超える体力、技を習得し、認められるほどにまで成長した。
彼女はそんな日々を、親を決して恨まず、毎日感謝している。
「んあぁぁぁぁぁ!!!」昔のロックスターの様に膝をガクガクさせながらも立ち上がる犲河椿。彼女を見て目を瞑り、苦笑する侠華。そんなやり取りを理解できない密山。
「いい根性だ。だが、もう終わらせる」と、ここにきて初めて構えを見せる。オーソドックスな正拳突きを放つ構えだった。体重を腰に乗せ、程よく脱力させたその構えは、一見やさしげに見えるが、これが侠華にとっての本気の構えだった。「いいな? 1週間は寝たきりになるぞ。覚悟しろ」侠華はそう口にすると、地面を蹴った。
密山がその間に割って入ろうとしたが、一瞬で犲河が殺気を彼に全力で注ぎこみ、歩みを止めさせる。「なんでだよ!!」
そして、拳が轟音を上げて放たれる。巨大な風圧が体育館裏から放たれ、回りの茂みや木から葉が吹き飛び、砂嵐が舞った。
侠華の拳の先には、紅雀が立っていた。「……何?」
【玄武甲・前方多重展開壁】両腕と片足で侠華の必殺の一撃を凌いだ彼女は、すぐさま気絶しかけている犲河を抱えて相手の間合いから遠のいた。「大丈夫……じゃないな、こりゃ。私とやり合った時より酷い……」
「うっぐぅ……こ、これはあいつとあたしの喧嘩だよ? 邪魔しないで、くれる?」
「あぁ、ツバキの邪魔はしないさ。だが……」と、侠華に一瞥をくれる。「センパイの邪魔くらいはさせてよ。エビフライの御礼に、さ」
すると、侠華が楽しそうに笑い始めた「いいね、できそうな一年坊が加わってくれれば、アタシも燃えるってもんだ」
「残念……実は私、センパイと同い年なんですよ。ですから……馬鹿にしないでくれますかね? 二年坊さん」と、犲河に背中を貸しながら構える。「いいか、私が全力で防ぐから、ツバキは全力で攻撃に徹してくれ」
「……うん」力なく頷く犲河。だが、先ほどよりも力が漲っていた。
「いくぞ!!」
「こい!」
【TEAM BATTLE!!】
そこに密山が「お、おれは?」と、割って入ろうと一歩前に出る。
「手ぇ出すな!!」3人そろって声を上げる。
「なんで?」を合図に2人と1人が待ったなしの殴り合いを始めた。侠華の拳を紅雀が受け、その隙を犲河が狙い撃つ。だが、犲河の消耗は激しく、自分自身の放つ拳の衝撃にも耐えられなくなっていた。
「やっぱ限界かな? 大人しく降参した方が身のためだぜ?」調子づいた侠華がこのセリフを放つと、紅雀が不意に拳を振るった。
【玄武甲・白熱火球拳!!】白炎を纏った拳が飛び、侠華はとっさに身の危険を感じ、避る。頬を灼熱が掠め、黒く焼け焦げる。「ぬあっ!!」
「おっと、大人げなく必殺しちゃうとこだったかな?」と、拳の炎を憎たらしい表情で吹き消す紅雀。「悪いね、ツバキ」
「いえぃぇ……」と、痛みを堪えながら微笑む。「初めてよけたね、先輩さん」
その隙を突いて反撃に出る侠華。だが「右脇からの影鉤突きに注意しろ!!」密山がとっさに指示を出し、紅雀が防ぐ。
「危ね! ナイスなアドバイスだ!」楽しげな表情を見せる紅雀。
「侠華さん、俺も馬鹿じゃない。貴女のデータは把握済みですよ。何故、超人的な貴女が大会で入賞できないか、わかっているんですからね」彼の調べによると、侠華はワン・マン・プレーに走り、チームメイトを疎かにしてしまい、結果10位以下の成績で終わってしまうのだった。「チーム・プレイを舐めると痛い目に遭いますよ」
この一言が彼女の痛いとこを突き、逆上させた。「んなぁろぉう!! だったらこっちも本気だ!!」と、目の色を変え、歯茎を剥きだす侠華。その瞬間、背後から何者かが遅いかかった。「うおぅ!!!」後ろ髪を引かれたように狼狽する。
「うぉらぁぁぁぁぁ!!! 天毛!! 寄越せぇ! いい加減よこせ!!!!」白目を剥き、半ば屍状態だった雨田が侠華の巨大なポニーテールに掴みかかり、全力で引きちぎりにかかっていた。
「おいコラ!! アタシの自慢のポニーテールに何! うぉう! この髪型にするのにどれだけ時間がかかるかわかってんのか?! マジやめて!!!」必死でしがみつく雨田を振りほどこうとする侠華。彼女は完全に我を忘れていた。
「隙」「ありだ」「やっちまえ!!」
【体当たり!!!!】犲河と紅雀は渾身の力を込めて、完全にペースの崩れた侠華を突き飛ばす。防ぐことはおろか、地面に足を踏みしめてすらいなかった彼女は、なすすべもなく尻餅をつく形になった。
「うあ! しまった!!!」
「か、勝った……」安堵し、やっと意識を天へ飛ばした犲河に対し「え? 追い打ちは?」と、戸惑う紅雀。未だに侠華と格闘を繰り広げる雨田。彼の執念は凄まじく、彼女自慢のポニーテールをズタズタにする勢いだった。
「いい加減にしろよ! コラ! マジやめて、枝毛できるから! 髪傷むからぁ!」冗談か本気か半べそを掻く。
「麻酔針装填……」
【TRANQUILIZER GUN】と、雨田の首筋に拳を打ち込む密山。雨田はここ数日の眠気にやっと折れたか、グッタリと動かなくなった。それを確認して、密山は急いで頭を下げた。
「本っ当迷惑を掛けました!! この馬鹿には後で言い聞かせますから!」
反面、侠華の顔には微笑みが浮かんでいた。「ははっ……いいチームだな……アタシも加えてくれ。楽しくなりそうだ」
「え? ってことは?」
「おぅ、お前のくだらない話に乗ってやるよ。まずアタシは何をすればいいんだ? 教えてくれよ」と、近くに置いてある水筒を持ち上げ、ぐいっとひと飲みする。
「それは後日……とりあえず、保健室へ行きましょう」密山の背後では、紅雀が気絶した犲河に肩を貸し、もう片手で雨田の足首を掴んでいた。引き摺る気満々であった。
「あぁ、アタシは大丈夫。自宅でチョチョっと済ませるからさ」と、去りゆく彼らを、片手を振りながら見送った。彼らが目視できなくなると、我慢していたのか目に涙を浮かべた。「ひぃぃぃぃぃ!! 痛かったぁぁぁぁ!! めっちゃ痛い! てか馬鹿か! あいつらもアタシも! クソ! 体中が久々に痛ェ!!!」と、体中の傷を押さえながら喚き散らす。すると、近くの物陰から黒い何かがヌッと現れた。
「侠華さん、久々に大怪我をなさいましたね」その者は学校指定の制服ではなく、上品な燕尾服を身に纏っていた。
「……何度も言うけど、不法侵入だよ……テツヤ」この燕尾服の青年は、ヒョットコ院家の養子で侠華の義兄に当たる『ヒョットコ院テツヤ』である。彼の境遇はまた別の話だが、ヒョットコ院家の後継ぎという道をあえて捨て、彼女の執事として身をささげる事を誓った、風変わりな青年である。年齢は19歳。
「今年度より、生徒会長さんから許可を取りました故。これからは堂々と潜んでおります。本日の紅茶の味はどうでした?」と、空になった水筒を拾い上げる。
「悪くなかった。明日はミルクティーで頼む」
「かしこまりました」と、一礼。「で、手当は?」
「これくらい自分で……」と、立ち上がろうとすると、苦悶の表情を作る。「痛!」
「私にお任せを」と、どこからか救急箱を取り出す。
「用意がいいね……」
「執事で御座います故」
すると、彼の鼻先を指先で小突いた。「アタシは認めないよ、兄貴」
【水曜日】
翌日、雨田家の長女の部屋で、またもやミイラとなった犲河がむくりと起きる。「いたたたたたた……」弱々しい声を小さく絞り出し「ムキにならなきゃよかった……」と、松葉杖片手にベッドから降りる。隣の部屋のドアをノックし、耳を押し付ける。中ではゲームを操作するような音が響いていた。「ウソ!!」と、扉を開く。
そこには雨田の代わりにゲームに勤しむ密山の姿が合った。雨田はベッドでグッタリと横になり、死んだように眠っていた。「今朝、お目当てのアイテムが出て、ガラガラと崩れ落ちたよ」と、呆れた表情で雨田を見る。その眼差しには憐れみが込められていた。
「そ、よかったね……」
「あと3つ必要なんだけどな」と、ため息交じりに口にする。「昨日のは、こいつの助力があったからな……ちょっとお手伝い」
「うん……」犲河は包帯越しに頬を赤らめ、雨田を見つめた。
やっぱ長かった……あ、お疲れ様です! 楽しんでいただけましたか? またもや新キャラが増えて、この物語も盛り上がって参りましたね~ってなわけで早速解説します!
まずサブタイはまたもやグリーン・デイの曲です。邦訳すると『少数派』という意味ですね。で、邦題はかのドラゴンボールZで使われた曲、『運命の日 魂VS魂』のパロディです。何故か? いや、咄嗟に思いついただけです……。
キャラ解説! まずはヒョットコ院侠華! このお嬢様は私のお気に入りです。どんな教育でこんな子になったのか……まぁ父親がブルース・ウェインみたいな人だったら……ね。キャラのモデルは、気付いた方もいらっしゃるでしょう。『花の慶次』の主人公『前田慶次』です。あの変わった苗字はここからきています。
もう一人紹介。この侠華の執事で義兄のヒョットコ院テツヤ。執事キャラって流行ってるじゃない? てかお金持ちと言ったら執事かメイドってことで急きょ生まれたキャラです。しかし、ただの執事じゃ面白くないので、なんか複雑な感じに仕上がっております。
因みにこの二人に関しては、短編一本分の話がありますので、いつかどこかで書こうと思っております!
そういえば密山のヤツ、全く役に立ってませんでしたねぇ……このままあんな感じだったら出番を……
密山「え!? 俺、役にたってたじゃないか!!」
そう? そうは見えないな~ってことで次回はこいつの出番ナシ!!
密山「そりゃないよ!! てかいい加減にしろコラ!!」