視点2 今と久々と上城勇人
「っだー………。本当になんなんだちくしょう………」
だらだらと裏路地を歩きながら、少年は頭を掻く。手に持つのは学校で指定された鞄と、最近新しくした携帯電話。
「勝手に電話して勝手に言って勝手に切るってどういうことだよ………」
不満不平を呟きつつ歩く少年は上城勇人。
厄介事に自分の意思で入り込んでいく少年の友人だ。
親友、と置き換えることもできる。
彼がこんなところで下校途中にぶらついているのもその友人の少年が原因だ。
彼が携帯を握りしめて溜め息を吐いたのも、その友人の少年が原因だ。
彼がこんな裏路地で不良を撃退し続けているのも、その友人の少年が原因だ。
「もうこれで何回目だよもう………次は東ヶ原の現番長とか来てもも驚かねえぞもう………」
「じゃあ、僕が来たらちょっとは驚いてもらえるのかい?」
何でもない独り言に割り込んできたのは、知っている人物の声だった。
善意100%の笑顔を浮かべているのが分かるような声。気配も音も何一つ感じさせずに現れたのは、生徒会長の谷原遼一だった。
「いや別に。むしろ毎度毎度おなじみなのでもう慣れましたよ」
「そう? やっぱりワンパターンだったねー。今度新しいの試してみようか?」
「全力で遠慮します」
そっかーざんねーん。と全然そんなこと思っていないだろうことを笑顔で言う先輩に心の中で溜め息をつきながら、上城は携帯をポケットに突っ込んだ。
「んで? なんか用ですか?」
「んー? まあ確かにそうなんだけど……はっ! 僕もしかして用事が無いと話しかけてこない先輩だと思われてるっ!!?」
「いや、だからなんか用事があってきたんじゃないですか?」
この人は大抵何かしらの用事が無いと話しかけてこない。『いや、なんとなく話しかけてみただけだよー』と言いつつ話しかけてくることはあるが、後々考えてみるとすべて意図があったものだった。
だから上城は谷原が話しかけてくるとき=面倒なことor用事しかないと思っている。
今更すぎる反応をする生徒会長を面倒臭そうに見ると、いつも通りの笑顔になった谷原が無意味なまでに笑顔で話しかけてくる。
「うん、まあ用事も用事なんだけどさ。大体分かるよね、というか分かるでしょ?」
「いやまあそこまでわざとらしく言われたら分かりますよ」
おそらく、つい先ほど勝手極まりない電話のことだろう。
そして、それには間違いなく自分達の友人が関係しているだろう。
「皆はなんて言ってたー?」
「まったくあんたは毎度毎度話をすっ飛ばしていきますね………」
とりあえず上城の先ほどの電話について再現してみる。
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上城勇人が不良に絡まれていた女子中学生を助けた直後。
「さて、じゃあそろそろ帰「おい、こいつらをやったのはてめえか?」……れないんですよね了解です」
敵意しか伝わってこない台詞。声が飛んできた方向に嫌々視線を向けると、学ランに身を包んだ少年が5人立っていた。
ちなみに言うと、少年達が来ている学ランは上城の母校の中学校のものだ。
「なんか………懐かしいなあ」
二重の意味を含めて、誰にも聞こえないように彼は呟いた。
無論目の前の中学生らには聞こえていなかったらしく、睨みつけながらじりじりと彼を取り囲もうとしてくる。
「おいてめえ、自分が何やったか分かってんのか?」
「東ヶ原に手え出して、生きていけるとでも思ってんのか?」
「年上だからっていい気になるなよ? なんてったってこちらは5人なんだからなぁ?」
本当に、本当にすべてが懐かしい。彼はそんな事を考えても、今度は口に出さなかった。たった一ヵ月聞かなかった、見なかったものが、こんなにも懐かしいだなんて思わなかった。こんな小者臭がぷんぷんする台詞も、誰かが倒れる音がこの狭い裏路地に響くのも、見ているだけでイライラする奴が顔を驚きに染めるのも、この鬱陶しい呻き声さえも、全てが懐かしい。
「そんなのが懐かしく思えるんなら、俺もまだまだってこったな」
自嘲気味に言ってから、彼は倒れている少年達を一瞥した。
そうして、顎に片手を当てふと思案してみる。
(俺らが卒業してからまだ一カ月だぞ? いくらなんでもこんな早い変化はおかしいだろうが………)
と、そんなところまで考えた少年の思考は彼の携帯電話によって断ち切られる。
姉に無理矢理設定された着信メロディは最近流行りのアーティストのものらしいのだが、彼自身はそのアーティストの名前も知らない。
地味に大きな音量で流れる音楽に眉を顰めて携帯電話を開くとそこには登録された番号が載っていた。
「うあ」
携帯電話には見慣れた番号と『キサラギさん』と記されていた。個人的にはかなり苦手な相手なのだが、そうも言っていられない。何故なら着メロがやかましいからだ。
通話ボタンを押して携帯を耳元へ持っていく。そんな3秒もかからない動作を待たずに相手は大声で話しかけてきた。
『繋がったーっ! やぁーっと繋がったがなー! おい上城、ちょいあんた遅いんちゃう? 電話してんだからさっさと出んかいなさっさとぉー!』
着メロより大きな怒鳴り声に一瞬携帯を放り投げるかと思った。だが、なんとか持ち直して耳元へ近づける。
「なんですか突然」
『んにゃ。まあ言わなくてもよかったりするんやけどやっぱり言っといた方がええんちゃうかなーとか思うてかけたっつーな? あ、でももし上城が知っとったらめっちゃ恥ずかしいやんかこれ』
「はあ………?」
支離滅裂すぎる、ついでに早口すぎてよく聞こえないというコンボに上城は首を傾げた。ついでに起き上がりざまに殴りかかってきた不良中学生を返り討ちにする。
「だから何が何なんですか? 言いたいことがあるんだったらさっさと言って下さいよ」
『いやー、まあ聞いていないと思うんやけどねえ……。迅人は言ってないんやろし、カイチョーも言うてへんみたいやし』
「?」
何故そこで迅人の名前が出てくるのか。一瞬だけ戸惑った上城は、ただ相手が話すのを待つことにした。
『最近東ヶ原を筆頭に不良校が好き放題やってるのには、迅人が関わってるらしいで』
「………っな!?」
『うんまあ言いたいことは言ったわけやし切るわ。そんじゃまたにゃーっ!』
「はっ!? いやちょっとま……切りやがった」
携帯を折りたたみポケットに仕舞いこむ。鞄を一度大きく振って、深い深い溜め息を吐いた。
「どういうことだよ………ったく」
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「…………とまあこんなかんじで………」
「なるほどね~」
事の顛末を簡潔に伝えきった上城は疲れ切ったような溜め息を吐いた。
先輩の視線が自分を同情するものであることにはもう気付いている。
「大体どういうことなんですか。あいつはもう、こういうことに手を出さないはずじゃあ………」
「正直、僕もなんであいつが動いたのかは分かんないよ」
なんだかんだと口論が続く。どちらにしろ彼らにあの少年の心中を完璧に言い当てることなどできない。
「けどなんであいつは俺に相談しなかったんですか?」
「ん、まあ、ちょーっと詳細は伏せとかないとなんだけども。正直今回は簡単に首突っ込んでいいわけでもなさそうなんだよ」
「どういうことっすか」
「えーとだね。まあ簡単に説明するとこの件はね、僕と迅人個人への依頼なんだ」
「はぁ………?」
「ともかく、これは僕達への依頼じゃない。あくまで僕と迅人への依頼なんだ。それに、依頼主はこれまで以上にスケールが大きいからそう簡単に巻き込むわけにもいかなくてね~」
相変わらず人の話を聞かない生徒会長に心底呆れる上城だが、聞き捨てならない発言がいくつかある。
『依頼』。『巻き込むわけにはいかない』。
その言葉は、一年と半年近く前から何度も何度も何度も何度も聞いた言葉だ。忌々しく感じるとともに、懐かしい。複雑な気分だった。
「まあ今回話せるのはここまでさ。もし、『僕』じゃなくて『みんな』に協力してくれるなら協力してほしい。あとそれと」
「なんですか一体………」
想定外の出来事の連続と、限りなく当たっている気がする日常の崩壊の予感。自分が思っている以上に心労にまみれる上城は億劫そうに返す。
「迅人のこと、怒らないであげて。迅人だって、勇人を巻き込みたくなくて言わなかっただけなんだから」
「っ…………分かってますよ、そんなことは」
「ならよしっ!」
あははーっ!! と快活に笑いながらぶんぶんと鞄をぶん回す谷原。後輩の肩に鞄ががっつんがっつん当たってることに関してはもうスルーしているようだ。
「それじゃー僕はこの辺でっ! また明日会えたら学校でねー!」
あでゅおーすっ! と叫んで走り去っていく先輩を見送ると、上城は本日何度目になるかも分からない溜め息を吐いた。
毎度毎度思うのだが、自分の周りには人の話を聞かない奴が多すぎる。どいつもこいつも大切なことをずっと黙っていて、たった一人で無理矢理解決しようとして。『心配掛けたくないから』『自分でだけで大丈夫だと思ったから』と最後に見苦しく言い訳する。事後報告の後愕然とさせられるのは、いつもいつも自分だった。
「くそっ………」
今回もそうだった。あいつが黙っていたからって何一つ気付けずにいた自分を殺したくなる。
猛烈な自己嫌悪に気分を悪くしつつ、ぶんぶんと頭を振った。精神的に参ってきて、少しだけ吐き気がした。
「……………どうすっか……」
それはまあともかく。と上城は思考を切り替える。今自分が考えるべきことは自分の立ち回りだ。この切り替えの速さのせいで『お前って冷たい奴だよな』と言われた事を思い出したが、それはひとまず頭の端っこに戻した。
だが、それほど考える必要はなかった。そもそも生徒会長に釘を刺された時点でやるべきことは決まっていた。
「はあ…………」
溜め息を吐き出した口が笑みの形に歪んでいるのは分かっていた。後は携帯を使って苦手な人物に自分から連絡するだけだ。
「さあて、俺も久々に楽しもっかな?」
楽しそうに嗤いながら、彼は裏路地から出た。一ヵ月ぶりの高揚感が、忌々しくて懐かしい。