視点1 今とアイツと北条葉月
タイトルの通り、第一回目は北条葉月視点です。北条って誰だよというのは読めばわかると思います。時間的には本編の番外話の翌日というような設定です。
「くだらねえ」
「まあまあそないなこと言わずに………なあ、花嵜もなんか言ってやってくれへん?」
「………やるやらないは自分で決めるべきだろう、俺が口出しする権利は無い」
「そんなこと言って。ほんとうは、めんどうなだけなんじゃないの?」
「というか言いだしたのは北条氏でござる。そう言ったものに対する責任等は皆無なのでござるか?」
とある高校の1年生の教室の前で、五人の少年少女がわいわいと騒いでいた。
「そんなもんが俺にあると思ったら大間違いだよおまえ」
しかめっ面でそう返す少年は、北条葉月。
「っ~! こんの石頭、なんとかならへんのか?! 大体アイツに返すべき恩っつーモンががあるんちゃうの!?」
ぎゃあぎゃあと喚く少女は如月和香奈。
「わかなの言う通り。はづきは協力すべき。かいちょうもたぶんそう言うと思う」
冷静にそう言う少女は八柳紗希。
「北条殿、ここは腕の見せどころでござる。ここで協力すれば、イメージアップ間違い無しでござる」
なんだか意味不明な事を言っている少女は、桐嶋灯。
「………だが、協力した方がいいとは思うのだが。強要するわけではないが」
なんだかぼそぼそと呟く少年は、花嵜竜虎。
とある学校のいたって平凡な高校生達。
「なあなあ北条、みんなこう言っとるんやし協力してくれてもいいんとちゃう?」
「メンドくせえ」
「そんなこと言わない。めんどくさくない。関係ないことじゃないし、大切なこと」
「八柳氏の言う通りでござる。意外と重要なことでありますぞ」
「………『意外と』ではなく、『結構』重要だと思うぞ……」
その騒ぎは、行事で何か係りの手伝いをするしないで口論しているようにしか見えなかった。
だけど、実際はその程度のことではない。
『最近、ちょっとした事情があって不良グループの動きが活発化してきてる傾向がある』
彼らは、その『ちょっとした事情』の内容を知らない。
だが、その事情からくる被害を食い止めるために動いている。
誰にも知られないように。誰かが傷つくことのないように。
「どうすんねんなコイツ………。ホンマに協力する気ないん?」
「何度も言わせるんじゃねえ。俺はやらねえ」
「どうしよう。人数が足らない」
「参りましたな………」
「………………………」
気まずい沈黙が辺りに漂う。
「………北条。一つだけ聞こう」
「なんだよ」
静かに口を開いたのは、この中で唯一協力を強要しなかった花嵜だった。
「………何故そうも協力を拒む? お前だってアイツと会って変わったのではないのか?」
「……………」
何も言わない北条を諭すように語りかける。他の三人は固唾をのんで見守っていた。
「………お前がそこまで拒むのなら俺は何も言わん。だが、俺の納得のいく理由を説明してからにしろ」
「………なら、俺もてめえらに聞こう」
逆に問いかけてくる北条に、四人が一瞬、怪訝そうな顔をした。
そんな反応を見て、北条は四人を憎々しげに睨みつけた。
「何でてめえらはそこまでやるんだ? 俺らは別にお友達でも何でもねえだろうが。何でそこまでするんだよ」
「………簡単なことだ」
花嵜は北条にしっかりと目を合わせたまま、吐き捨てるように言った。
「………俺はアイツに返さなくてはならないものがある。だから返す。それだけだ」
一瞬、呆気にとられたような顔をした北条は、舌打ちをして教室へ入っていった。
「りゅうこ、返さないといけないものはもうとっくに返したんじゃないの?」
「………いや、俺はまだ返せていない。アイツには、まだな」
その時、ホームルームを開始する鐘が鳴った。
4人はそれぞれの教室の中に入っていった。
「………穂坂、この時お前ならどうしたんだ?」
誰に言ったわけでもないつぶやきは、誰にも聞かれることなく消えた。
その問いに答える者はいない。
「はあ………」
放課後。北条葉月は歩いていた。
そこは北条の自宅から学校までの道ではない。誰かの家に行くためのものでもない。
ただ当てもなくぶらぶらと歩いているだけだ。
「っくそ………なんだよ……」
『………俺はアイツに返さなくてはならないものがある。だから返す。それだけだ』
朝、自分を諭すために放たれた言葉が妙に耳に残っていた。
アイツに返さなくてはならないもの。そんなもの、自分だって持っている。
けど、自分は。
(俺は…………アイツが嫌いだ)
(あんな奴、大っ嫌いだ……………)
なのに、借りを作ってしまった。嫌いなのに、苦手なのに、羨ましいのに。
「くそが……………」
当てもなくただぶらぶらしているだけでは、このイライラした気分も晴れてくれない。
どうしたらいいのかではなく、自分がどうしたいのかさえ分からなくなってきていた。
「はあ………………」
北条はそこで、ふらりと狭い裏路地に足を進めた。
意味もなく、ふらふらと入っていった訳ではない。
そこには、壁際に追いつめられた少女と下卑た笑みを浮かべた少年が二人立っていたからだ。
三人は北条が突然現れたのに驚いていた。
至極面倒臭そうに、北条葉月は告げる。
「…………今、ちょっとイライラしてんだ。ちょっとばかし付き合ってもらうぜ? ……はあ、メンドくせ」
二人の少年を軽くボッコボコにした北条は、(心の中で)頭を抱えていた。
なぜなら、絡まれていた少女が微妙に北条の鞄の端っこを掴んでいるからだ。
「えっと、助けてくれてありがとうございました」
「いや、それはいいからちょっと放s「でもすごいですね、二対一なのに圧勝ですよ」
少女はあまり人の話を聞かないタイプらしい。
「私の従兄もケンカ強いみたいなんですよね、見たことは無いですが」
「…………………」
「なんでも東ヶ原中学校っていう不良校に居たらしくて。そこで鍛えられたらしいですよー」
「…………………」
「けど普段は結構穏やかなんですよ」
改めて少女を見ると、アイツと同じ学校に通っているらしいことが制服で分かった。
何故か従兄の話やら通っている学校の話を始めた少女を半分以上無視して、北条は考えた。
自分はなぜこの少女を助けようとしたのだろうか?
正直、とてつもなくイライラしていたからちらりと見えた裏路地のクズヤロウをボッコボコにした、という考え方もないわけじゃないのだが…………それだけでは納得できない気がする。
「はあ………………」
「む、さてはあなた人の話聞いてませんね? だめですよ人の話は聞いておかないと」
「(いやお前が言うな)……ああ、悪い」
心の中では突っ込みながら、平謝りをしておいた。
なんというか、今はそれが一番いい気がする。
「でも本当にありがとうございました。助かりました」
「いや別に………礼を言われるほどのことはしてねえよ」
北条本人からしてみれば本当に大したことをしたつもりはない。
だが少女にとっては違うようで「そんなことありませんよ」と、笑顔で言ってきた。
「何度も言いましたが、本当に危なかったです。ありがとうございました」
「………そうか」
北条は、何かが吹っ切れたかのような表情で一度溜め息を吐いた。
「だったらもう帰れ。もう大分暗くなってきてるぞ」
「あ、そうですね。それでは失礼します」
風のような速さで去っていった少女を見送った彼は、ゆるりとした動作で踵を返した。
携帯を取り出しながら、少年はこう呟いた。
「まあ、オマエが何を考えてるかは知らねえがな」
いつもやかましい関西弁の少女の番号を捜しながら、酷薄な笑みを浮かべる。
「俺も少しは暴れさせてもらうぜ? そんでもって全責任をお前になすりつけてやる」
少しばかり物騒な台詞からは考えられないほどに楽しげに言った少年の足取りは、これ以上ないほどに上機嫌だった。
「うえおあっ!!?」
「!? ど、どうしたいきなり」
「いや、なんかスゲエ寒気したわ、今」
ちょうどその時、いろいろな事情を隠し持つ少年が凄まじい寒気に襲われたことを北条葉月が知ることは無い。