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女神から始まる物語

『九百九十九個の宝玉』~勇者と俺と、時々、魔王~

作者: 兎追マヨ
掲載日:2026/08/17

「この世界には、九百九十九個集めると願いが叶うと言われる宝玉がある⋯⋯」

 

「えっ、嫌ですよ」

 

 俺の第一声に、謁見の間が静まり返った。

 

 別に国王を怒らせたかったわけじゃない。勇者一行に選ばれて、王城に呼ばれて、そこで『世界を救う秘宝の話をする』と言われたから、もっとこう、胸が熱くなるような話を期待していたのだ。

 

 それが『宝玉を九百九十九個集めろ』である。願いが叶うという魅力的な餌がぶら下げられているのに、餌より先に釣り竿の長さが気になった。

 

「九百九十九個ですよ?」

 

 俺が念を押すと、国王は玉座の上で重々しく頷いた。

 

「うむ。九百九十九個だ」


「信用できるんですか、それ」


「千年以上前から伝わる古文書に書いてある」


「七個くらいにまける気は?」

 

 隣では勇者が腕を組み、いかにも深刻そうな顔で考え込んでいる。

 

 こいつは剣の腕だけなら本物だ。歴戦の戦士が束になっても敵わない。ただし頭の方は、今のところ魔王より俺を困らせている。

 

「ちなみに、その九百九十九個を集めると何ができるんです?」

 

「だから願いが叶うんだろ……」

 

「そうか! それで魔王を倒せばいいんだね!」


 聖女が扇子で口元を隠しながら、くすくすと笑っている。魔法使いに至っては、完全に他人事の顔で窓の外を見ていた。何なのこいつら。

 

 俺は提示された資料を指差した。

 

「その九百九十九個を探す冒険者、馬車、食料、装備、宿泊費⋯⋯等々を確保する費用があるなら、普通に魔王討伐軍を作った方が早いでしょう」

 

 よし、これで話は終わりだ。俺はそう思った。


「……待って」


 隣で勇者が顔を上げた。嫌な予感がした。


「今の話だけど、人手とお金があればいいんだね?」


「かいつまんだらな」


「だったら、宝玉に報奨金を出したらどうかな」


 勇者は真剣だった。


「宝玉一個につき金貨十枚だ。そうすれば、国中の人々が宝玉を探してくれる」


「だから、その人間を魔王討伐に使えって話をしてるんだよ」


 こいつの話は、理屈だけ聞けば効率的なのかもしれない。宝玉探しが本来の目的なら。俺は即座に国王へ向き直った。


「危険だと思います。仮に金貨十枚だとしたら、一般兵の給料二か月分。誰も彼も宝玉を探し始めますよ」


「勇者殿の狙いはそれだろう」


「私が申しておりますのは、九百九十九個の宝玉を見つけた後の話です」


「どうなる?」


「⋯⋯分かりません」


 俺は頭を抱えた。


「分かりませんけど、ロクなことにならない気がします」


 さすがに国王も考え込んだ。勇者も黙った。聖女も珍しく扇子を閉じたし、魔法使いは窓の外で花壇を眺めている。えっ、何してんのお前。


 まあ、ようやく伝わったらしい。俺は胸を撫で下ろした。魔王討伐の話が、変な方向へ転がり出す前に止められた。勇者一行の一員として、最低限の仕事はした気がする。


 そう思った三日後。王国は、『宝玉一個につき金貨十枚』という制度を発表した。


 俺の忠告を、ものすごく丁寧に無視していた。


     ◇


 最初の宝玉は、王都の骨董屋から出てきた。


「あります!」


 金貨十枚と聞いた瞬間、店主は顔色を変え、さっきまで存在すら忘れていたような青い石を、店の奥から埃ごと抱えて戻ってきた。

 

 王国の魔導士が調べると、本物だった。

 

 一個目。

 

 それが王都中に知れ渡るまで、半日もかからなかった。

 

 二個目が見つかり、三個目が見つかった頃には、町の人間は「宝玉」という単語を口にするときだけ妙に声が大きくなった。

 

 五個目が出た翌日には、王都の掲示板に『宝玉探索仲間募集』という張り紙が並び、その三日後には『宝玉鑑定いたします』という店ができ、一週間後には、昨日まで剣を売っていた武器屋が看板を掛け替えていた。

 

 “宝玉探索用品専門店”

 

 俺はその看板を見上げて、少し嫌な気分になった。まだ一週間だぞ。

 

     ◇


 一か月後には五十個を超え、三か月後には百個を突破した。

  

 気づけば、もう宝玉を探しているというより、宝玉を探す人間を探している人間がいる状態だった。

 

 農家は畑を掘り返し、商人は古物を買い漁り、冒険者は洞窟へ潜る。学校帰りの子供まで河原で石を拾ってくるし、とうとう王都の犬が宝玉を一個掘り当てた。

 

 犬の飼い主に金貨十枚が支払われた翌日、王都中の犬が穴を掘り始めた。犬にまで経済的インセンティブが伝わった瞬間である。

 

「なあ」

 

 城に納められた宝玉を眺めながら、俺は勇者に言った。

 

「これ、ちょっとまずくないか?」

 

「何がまずいの?」

 

「価値があるものを、これだけ一か所に集めてるんだぞ。誰かが欲しがると思わないか?」


    ◇

 

 王国は宝玉保管庫を建てた。

 

 鉄扉、魔法結界、二十四時間の見張り。さらに鍵は三人の大臣が別々に持ち、扉を開けるには三人全員の許可が必要という、考えられる限り面倒な仕組みまで採用した。

 

 俺は完成した保管庫を見て、一安心していた。


     ◇

  

 翌朝、その安心は一個の宝玉とともに消えた。

 

「盗まれました!」


 兵士が騒いでいる。


「何個?」


「一個です!」


「……一個?」


 拍子抜けした。


 百個以上あるうちの一個だ。すぐに取り戻せるだろう。むしろ、あれだけ厳重に警備していた保管庫からどうやって持ち出したのか。そっちの方に興味が向く。


「今、三十人くらいが一個の宝玉を奪い合っています」


「何だよその地獄」


「誰が最初に盗んだのか、もう誰にも分かりません。盗んだ宝玉は国に届けても報奨金が出ないので、みんな自分のものだと言い張っているようです」


 見に行ってみると、本当に三十人くらいいた。


「これは俺のものだ!」


「いや、これは俺が持っていたものだ! お前は俺の後に来ただろ!」


 もはや宝玉の所有権どころか、誰から誰の手に渡ったのかすら誰も把握していない。ただ全員が「これを持っていれば金になる」という一点だけを理解していた。


     ◇


 それからも王国は大変だった。

 

 宝玉を十か所に分けると、盗賊も十か所に現れたし、百か所に分けると、盗賊も百か所に現れた。

 

 最終的には王国中の金庫に一個ずつ保管され、金庫を作る職人、運ぶ商人、守る傭兵、盗む盗賊、盗賊を捕まえる騎士、騎士に飯を食わせる料理人まで、宝玉一個のためにものすごい人数が動き始めた。

 

 街道が整備され、橋が架かり、宿が増え、商売が活発になった。

 

 俺はある日、王国の地図を眺めながら気づいた。

 

「……国、豊かになってないか?」


「なってるね」


 勇者が頷く。


「魔王を倒すための宝玉で、魔王を倒す前に国が発展してる。素晴らしいことじゃないか」


「いいことばっかりでもない。家賃は二倍になるわ、宝玉探し以外の人手は足りないわ、宝玉鑑定詐欺が横行するわ⋯⋯」


 非常に複雑な気分だ。魔王より先に、宝玉の方が世界を変えている……何なんだ、この状況。


     ◇

 

 二年後、宝玉は九百九十八個まで集まった。

 

 ここまで来ると、新聞は連日『残り一個、いまだ見つからず!』と一面で報じていた。

 

 酒場では「北の山だ」「南の島だ」と根拠のない噂が飛び交い、商人は最後の一個を見つけた人間に金貨五十枚を出すと宣言した。

 

 その結果、盗賊が商人を狙い、商人が護衛を雇い、護衛が宝玉を探し始めた。

 

 誰も本来の仕事をしていなかった。

 

 それは俺たちも一緒で、聖女はいつの間にか宝玉探索者向けの融資を始め、魔法使いは「実家に帰る」と言い残してパーティを抜けた。何なのあいつら。

 

 俺は勇者を見た。こいつは、相変わらず勇者をやっている。もっとも、宝玉の捜索部隊が冒険者張りに魔物を倒していくため、剣を抜く回数はごっそり減ったが。まあ、本人が気にしていないなら、それでいいのだろう。


「勇者様」


 背後から声をかけられた。振り返ると、見知らぬ男が立っている。

 

「お届け物です」

 

 男が一通の封筒を差し出した。

 

「お届け物?」

 

 勇者が受け取る。差出人を確認した瞬間、その顔から笑みが消えた。


「……魔王からだ」


 俺も息を呑んだ。


 ついに魔王が動いた。決戦の時が来たのだ。魔王からの宣戦布告。あるいは、最後の宝玉の在処を示す挑戦状。もしかすると、勇者を魔王城へ誘き寄せる罠かもしれない。


 俺は目の前の男を睨んだ。


「……お前、いったい何者だ? 魔王軍のメッセンジャーか?」


「いえ、郵便屋です」

 

 封筒には、確かに郵便局の判子が押してあった。

 

 魔王。

 

 世界征服を企む男。

 

 そして、簡易書留を使う男。

 

     ◇

 

 魔王城の玉座には、魔王がどっしりと腰を下ろしていた。黒い鎧。頭には巨大な角。瞳は血のように赤い。

 

 背後では紫色の炎が揺らめき、床には何のためなのか分からない巨大な魔法陣まで描かれている。

 

 ここだけ見れば、完璧な魔王だった。問題は、ここに辿り着くまで城の中に誰もいなかったということだ。

 

「――よく来たな、勇者よ⋯⋯我が城へ足を踏み入れたこと、後悔させてくれよう——」

 

 魔王が立ち上がり、右手を掲げる。その手の中で、一つの宝玉が淡く輝いた。

 

 「――最後の宝玉は、我が手中にある——」

 

 九百九十九個目の宝玉。人間が欲に目をくらませた、すべての原因。その最後の一個が、目の前にある。


「――さあ、勇者よ——」

 

 魔王が腕を広げた。

 

「――最後の戦いを始めようではないか!——」

 

「来た!」

 

 思わず声が出た。勇者が聖剣を抜き、魔王が魔力を解放し、世界の命運を懸けてぶつかり合う。誰だって憧れるだろう。この瞬間、俺は観客として最高の席を手に入れた気分になった。

 

 勇者が剣の柄に手をかける。

 

 魔王が身構える。

 

 空気が張り詰める。

 

 俺は拳を握った。これだよこれ。俺が二年間待っていたのは。なお、ここまでずっと言うタイミングがなかったが、俺はシーフだ。戦闘には向かない。応援は任せとけ。


「……やっぱり、やめよう」


 勇者の手が、剣の柄から離れた。


「えっ、何を?」


「戦うの」


 俺は思わず勇者の顔を二度見した。お前、今ものすごく格好いいところだったぞ。魔王も、構えていた腕をゆっくり下ろした。


「――なぜだ――」


「もう戦う理由がない」


「――ある⋯⋯私は魔王だ――」


「魔王だから勇者と戦うって? 戦わなくて済むなら、それが一番だよ」


 そう言って、勇者は微笑む。魔王はその姿をしばらく眺めていたが、やがて全身から力が抜けたように、玉座へゆっくり腰を下ろした。


「——我は、疲れた——」

 

 魔王は最後の宝玉を握ったまま、深々と息を吐いた。

 

「――もう、我が軍は存在しない。宝玉を探す者どもに、次々と引き抜かれた――」


「引き抜かれた?」


「――宝玉探索の護衛の方が給料が高かった――」

 

 俺はしばらく黙った。魔王軍の兵士が敵に殺された、という話ならまだ分かる。だが実際に起きていたのは、もっと世知辛い人材流出だった。


「――四天王の一人は護衛会社を始めた。一人は商人になった。一人は騎士団に再就職し、一人は宝玉鑑定士になった——」


 魔王が淡々と語るたび、かつて世界を恐怖に陥れた魔王軍の面影が一つずつ消えていく。四天王が全員、転職済み。しかも全員、それなりに成功してそうだ。魔王だけが時代に取り残されていた。


「じゃあさ」


 俺は言った。


「もう、いいんじゃないか?」


 魔王がこちらを見る。


「結果として、俺たちの国は豊かになったし、街も増えた。盗賊も増えたけど」


「――うむ――」


「魔王軍もなくなった」


「――それは少し悲しい――」


 魔王の眉が、ほんの少しだけへの字に下がった。世界征服を企む大魔王の顔というより、会社を畳んだ社長の顔だった。


「こいつの言うように、もう戦う理由がないんだよ」


 俺は少しだけ肩を落とした。


 もちろん、戦わない方がいい。誰も死なないし、俺だって巻き込まれずに済む。ただ、せっかくここまで来たのだから、勇者対魔王は見てみたかった。シーフなので、できれば安全なところから。


 魔王は最後の宝玉を見つめた。


 長い沈黙の後、魔王はゆっくりと頷いた。


「――我は、魔王を引退する――」


「急だな」


「――農業を始める――」


「もっと急だな」


「――今度は土と向き合う――」


「ポエミーだな」


 こうして、魔王は世界征服をやめた。勇者は魔王を倒さず、俺は一度も剣を抜かなかった。

 

 最後の宝玉は、魔王の魔力によって、その身体の中へ封じられた。それを知っているのは、俺たち三人だけ。

 

    ◇


 王国では、「この宝玉は誰のものなのか」という話で裁判が始まっていた。もちろん、報奨金を出して買い取った王国のものなのだが、自分にも権利があると主張する連中が現れ始めた。「俺が見つけた」という冒険者。「俺が守った」という商人。「私は金融面で貢献した」という元聖女までしゃしゃり出てきた。

 

 魔王は本当に農家になった。だが、そんなこと誰も気にしていなかった。


「よう、魔王」


「——来たか——」

 

 魔王は麦畑の真ん中で汗を拭きながら、元魔法使いからお茶を受け取っていた。どうやら、こいつの実家は農家だったらしい。家業を継ぐために、魔法使いを辞めたそうだ。ごめん。君のこと、ちょっと誤解してた。


 しかしまあ、農夫の服装で鍬を持っていても、魔王には威圧感しかない。どう見ても畑を耕しているというより、畑を征服しようとしている。


「調子は?」

 

「——悪くない——」


 風が麦を揺らしていた。平和だった。あれだけ大騒ぎしたのだから、これくらい静かな方がいい。

 

「——そういえば、面白い噂を聞いたぞ——」


「面白い噂?」


 魔王が、悪巧みを思いついた子供みたいな、妙に邪悪な笑みを浮かべた。


「——九百九十九枚の竜の鱗を集めると、永遠の命を得られるそうだ⋯⋯探してみるか?——」


「ごめんだね」


 俺たちは顔を見合わせた。そして、どちらからともなく笑った。


     ◇


 それから数日後。俺は王都の酒場で、すっかり無職になった勇者と酒を飲んでいた。


「僕もさ、魔王みたいに麦畑で働かせてもらおうと思うんだ」


 勇者がグラスを傾けながら言った。


「へえ。いいんじゃない?」


 宝玉の最後の一個も見つからないとなれば、さすがにこの騒ぎも終わるだろう。


 人手を奪われていた農村も、これで少しは元に戻る。食料は誰だって必要だ。どれだけ世界が変わっても、腹が減ることだけは変わらない。そう考えると、農業ってのはとても強い仕事なのかもしれない。


「俺も一緒にやらせてもらおうかなあ」


 そう呟いたとき、酒場の扉が勢いよく開いた。


「大変だ!」


 男が駆け込んでくる。


「新しいのが出た!」


「何が?」


「九百九十九個集めると願いが叶う『星の欠片』だ!」


「⋯⋯」


「しかも、一個で金貨二十枚!」


 酒場中の空気が変わった。さっきまで酔いつぶれていた男たちが立ち上がる。


「金貨二十枚だと!」


「こうしちゃおれん!」


 俺と勇者は顔を見合わせると、同時に酒を飲み干した。会計を済ませて酒場を出た頃にはもう、王都中に号外が配られていた。


 “探せ! 九百九十九個の星の欠片!”


 号外を読んだ民衆が叫ぶ。


「よっしゃー! 稼ぐぞー!」

 

「九百九十九個、バンザーイ!」


 俺は空を見上げた。

 

 たぶん世界は、まだ平和にはなれそうにない。

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