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ノルン  作者: 不知火桜
case1 探し人
12/13

残暑

 空は雲が多く、時折、太陽の光が差し込む中、私の目の前に男が倒れている。男は頭から血を流し、その血が辺りのコンクリートを()めている。男に息はない。周りでは鑑識が作業し、同僚がそれぞれ仕事をしている。私はひとり何もしていない。目の前のこいつは私に何を思うだろうか。こいつは———


 カーテンの隙間から差し込む日の光で覚醒した私は身支度を整える。また、あの日のことを思い出す。最近はその回数も減ってきたが、やはり、目覚めが悪い。気候の影響もあるだろう。熱い夏も終わって過ごしやすくなるはずだが、この時期は、夏が終わってもまだ暑い。スーツに着替え、朝はパンを齧り、ニュース見る。

『続いてのニュースです。本日、議会では海上移動要塞の建造に関する質疑応答が行われる予定です。当初の予定より膨らむ追加予算により建造に対して不満や反対の声が与党や官僚の中からもでており———』

 私はパンを食べ終え、テレビを消し、家を出る。家には誰もいないので送り出しなんてものはない。駐車場にある古くなった(いつ)(びし)のパジェロに乗り込む。私は車での出勤が認められているため車を使うが、勤務地に近づくにつれ道は混んでいく。ここ十年で首都の京都から第二首都の東京に一部の行政や企業が移転したため人口が増加した。

 渋滞を抜け、仕事場である大きな建物に着く。駐車場に車を停め、入り口に向かう。門番をしている警官に軽く挨拶をし、中へ入る。ここは東京の治安を預かる警視庁のその本庁。私は、いつものようにオフィスへ向かう。こぢんまりとした部屋には誰もいない。ここは私専用みたいなものだ。部屋の入り口には『特別捜査支援係』と書かれている。聞こえは良いが、私を追いやっているだけだ。たまに前の部署である捜査一課の応援で呼ばれることもある。それ以外はここで時間を潰すか他の部署の応援かだ。今日はどう暇をつぶすか考えていると備え付けの内線電話が鳴る。

「はい?」

(とし)新條(しんじょう)だ。お偉いさんがお呼びだ。刑事部長室へ来い。」

 電話先は元上司である捜査一課長だ。珍しい人からの連絡に疑問を感じながら席を立った。


 総監室のドアをノックし、開けると中には、黒髪を長く伸ばした女性が正面に座っていた。机には刑事部長と書かれた札が置いてある。この美人できつそうな女性の横に立っている無表情の男は連絡をした新條課長。そして、来客用の椅子に金髪の女が座っている。小柄で顔も幼い。子供がなぜ、こんなところに、と考えていると刑事部長が口を開く。

(とし) 駆琉(かける)警部補。今日からそこにいる彼女とともに行動してもらう。」

 まさかの言葉に驚きを隠せない。私はこんな子供の面倒なんか見たくはないので丁寧に断りを入れさせてもらう。

「インターンの子守は勘弁ですよ。」

「利警部補? 私はあなたにイエス以外の言葉はきいていないわ。」

 刑事部長は笑顔で言う。そして何かを続けようとしたが、別の声が遮る。

「失礼なやつだな。私はこう見えても三十は超えている。」

 そう言って金髪の女が私を睨みつける。またまた驚いた。私と同年代だとは思いもしなかった。

「彼女は、警察庁より来ている。手伝って欲しいそうだ。」

 新條課長は補足してくれたが、状況が理解できない。なぜ、私なのか。考えていたところを再び金髪の女が言う。

「私は、警察庁の秋津(あきつ)だ。ある人物を探しているため警視庁に協力を要請した。とびきり優秀な人をと頼んだのだが、この男は礼儀がなっていないようだ。」

 どうやら私のことをもう嫌っているようだ。ちょうどいい、この調子で私は外れよう。私が発言しようとしたが、新條が先に発言した。

「たしかに無礼で愛想はないが、警視庁の中でも一番の警官だ。捜査力は彼に及ぶ者はいない。他の者を用意しても良いが、探し人がすぐに見つかるとは思わない方がいい。それでも構わないか?」

 そう言われた彼女は黙ってしまった。どうやら受け入れる方向に向かっている。さっきの威勢はどうした?

「では決定だな。」

結局、私が発言する前に決まってしまった。


 金髪の女は黙って私の後ろを付いてくる。なんでこうなったのか。オフィスに着いて自分のデスクに座ったが、彼女は立ったまま私を見てくる。

「あー、とりあえずこれをやってくれ。」

私は地域課などから頼まれた書類を渡した。渡された彼女はきょとんとしていたが、徐々に不機嫌な顔になっていった。

「なんだこれは。馬鹿にしているのか。」

「見ての通り、書類仕事だよ。これを片付けないとな」

私は私で書類仕事がある。量はあるが、簡単なものだ。

「私は捜査しにきたのだ。お手伝いではない。それにこれはできない。」

彼女は断固とした態度をとっている。なんてやつだ。こっちだって勘弁だ。

「わかった。とりあえずこの行方不明者リストと身元不明者リストを見てくれ」

 私は別のバインダーを渡した。

「これを全部か?」

「そうだ。全部だ。それを全部、目を通してくれ。じゃあな」

「なっ⁉」

唖然とする彼女を置いて私は部屋を後にする。

 

それから一時間後部屋に戻ると彼女はぽつんと座っていた。

「全部目を通したぞ。」

「そうかじゃあ、そこにある棚にもファイルがあるからそれも―」

 疲れた目をした彼女に別の指示を出そうとすると彼女は言葉を遮る。

「おい、いい加減にしろ。警官なら警官らしく命令されたことに従え、くだらない嫌がらせをして楽しいか?」

 彼女はついにキレてしまった。それなら私も言わせてもらおう。

「それならなぜ、探し人について何も言わない?そいつが誰で何をしたのかしていたのか言わないと何もわからないぞ。」

私の問いについて彼女はようやく自分がなにも伝えていないことに気が付いたのか濁すように言葉を返した。

「私の探し人は佐藤(さとう) 穂香(ほのか)という人だ。ある事件の捜査対象になっていたが、消息が途絶えた。詳しいことは言えない。だから、優秀な警官を求めたのだ。」

「だからと言って何も言わないと探すことは難しいぞ。」

私は不満が沸々と込み上げてきたが彼女は私の目を真っすぐと見ている。

「頼む。」

彼女の声から力強く、そしてどこか不安げな雰囲気を感じ取れた。結局、私はまた、押されてしまった。


 私は本庁のあるところに寄っている。

「ここはなんだ?」

秋津は私にそんな疑問を投げかけてくる。その問いに私は丁寧に教えてあげる。

「ここは窃盗を担当する捜査三課だ。ここに来た理由は——今から向かうところに持っていく土産(みやげ)を探しに来たってところだな。」

私の説明を意味わからないといった顔をしている秋津をよそに土産を探す。そんな私たちにそばから話しかけられる。

「あれ?利先輩ですか?」

そう話しかけてきたのはツインテールの女性。私が彼女の説明をしようとしたが、遮られてしまった。

「この金髪のかわいい子誰です?」

彼女はそう言いながら秋津をじろじろ見ていた。秋津はたじろぎながら言う。

「私は秋津だ。」

「下の名前は?」

「り、(りん)だ。」

間髪入れずに質問され、おどおどしてしまう秋津。そんな彼女を置き去りにしてしゃべり続ける。

「じゃあ凛ちゃんって呼ぶね。あ、私のことはトキって呼んで ここ(三課)の人だから」

 秋津は呆気にとられながら一言「ああ」と言っていた。そんな中、私は彼女が手にしている資料に興味を示す。

「それはなんだ?」

「これですか?テレビの盗難ですよ。六十インチのテレビが倉庫から数台盗まれたのですが、聞き込みでも手掛かりなくて」

 彼女は資料を見せながら説明してくれる。防犯カメラに手掛かりなし、近くでイベントがあって人は大勢いたが、目撃者なしか。お?

「この事件はもう諦めて次やれ」

「え?」

私は彼女の疑問に答えず、さきに進もうとした。

「でも、先輩に相棒ができるなんて」

彼女の言葉に足を止めてしまう。どこから声がする。

「あいつに相棒だと」

「相棒殺しが」

影からひそひそと声がする。慣れている。別にもう気にしない。私は再び先に進む。


「おい、この車はお前の車か?」

 駐車場にある私の車に乗って動き出して早々に秋津は質問してくる。

「そうだが、なんだ?」

「なんでこの車に警察無線なんてついてるんだ? 本当は警察車両なのか?」

私の車の運転席と助手席との間にある無線器具を見て疑問に思ったらしい。自家用車に警察無線は普通ないからな。

「特別につけてもらっている。 こっちからも質問いいか?」

「なんだ?」

 利は少し考えた素振りを見せ、聞いた。

「その——髪は自前か?」

「ああ、母方の祖母がノルウェー出身でこの髪は遺伝だ。」

「そうなのか」

 それからは車内で会話はなかった。別に気まずいとかではないが、わざわざ、和やかな会話をする意味はないだろう。

 それから程なくして目的地に着いた。繁華街の路地にある雑居ビルのその地下に通じている階段を下に降り、扉を開けると大音量の音楽と声が襲ってきた。

「なんだ!ここは?」

周りの音に搔き消されないように声を張り上げる秋津。

「知らないのか? いわゆる地下ドルってやつだよ」

ステージの上では数人が衣装を纏い、歌って踊っている。今ステージに立っているグループのセンターにいる子は一番歌が上手いらしい。秋津に地下アイドルの説明がいるのかと思ったがそうではないみたいだ。「私をここに連れてきた意味は?」とでも言いたい目をしていた。

 それからライブが終わり、観客がいなくなった後、私たちに男が近づいてくる。

「これは これは 利刑事ではないですか。おや?隣にいる方は?」

 男は笑みを浮かべながら話しかけてくる。

「いきなりで悪いが、この女について調べてくれ。この隣にいるやつの知り合いでな。急ぎで頼む。」

 秋津が持っていた佐藤穂香の写真を渡す。

「私も忙しいですし、もうすぐ別のイベントもあるのでね。 ただ、それなりの感謝があれば助けてやらんでもない。どうやら訳ありみたいだからね。」

 案の定、渋ってきたので土産の話でもしてやるか。

「そういえば、この前、六十インチかなんかが倉庫から盗まれたらしいな。どうやら近くでイベントがあってたらしい。 不審車両はなかったらしいが、イベントの機材を運んでたトラックが怪しいと思うんだがな」

 男はビクビクしながら話を聞いている。あともう少しだな。

「イベントは何だったかな? どこかの地下アイドルかなんかだった気がするな? 三課に助言してやりたいが。あともうちょっとで思い出せそうだな。」

「よし、ぜひとも手伝わせて頂こう」

 男は汗をかきながらにこやかに了承してくれた。


 ライブハウスから出た後、車に再び乗りこんだ。秋津はずっと黙っていた。なんなら、不満げな様子だ。すると彼女から口を開いた。

「おい、さっきのはなんだ? お前は警察官ではないのか?犯罪者と取引するとは信じられない。これがお前のやり方か?」

 どうやら先ほどの行動にお怒りらしい。

「あの男は確かに悪人だが、重大事件は起こさない。それに情報を得るにはああいうのと関わらなきゃいけない。それにあのテレビは元々、怪しい通販サイトの商品でパチモンだからどのみち———」

「私はそういう話をしているのではない。お前に正義はないのか。市民を守るのが職務ではないのか? 私には理解できない。」

 世の中にはもちろん良い警官もいるが、悪い警官だっている。汚職警官だってみたことある。私の行動は決して褒められる行動ではない。ただ、守れるものを増やすには致し方ない。日が沈み始め、車内は行きよりも暗くなっている。


「おい、今度はどこに向かっている?」

 車内の静寂を断ち切るように秋津は私に質問してきた。

「とりあえず、今日はやることはない。本庁に戻る予定だったが、このまま家に送ろう。家はどこら辺だ?」

「市ヶ谷方面に向かってくれ」

「はいよ」

 言われるがまま、車を走らせ、マンションの前まで来た。家の近くまで送るつもりだったが、まさか家の前まで送らせられるとは思わなかった。

「明日もやることはない。なにかあれば連絡するから待機しててもいいぞ。」

 そう言って彼女を送り出したが、すぐに戻ってきて運転席側の窓をノックしてきた。

「なんだ?」

「私宛の荷物がたくさんあるから部屋まで運んできて欲しい。」


 私はエレベーターを使い、秋津の荷物を運ぶのを手伝った。にしても大きな荷物だ。これは確かに一人で運ぶのは大変だ。どうして置配にしたのか。

「じゃあ、私はこれで失礼するよ」

 家の前に荷物を置いて立ち去ろうとしたが、止められてしまう。

「待て。」

「おい、まさか中まで運べとか言うのか?」

 さすがに人使いが荒いぞと考えていたが、秋津はドアの方を鋭い目つきで見ていた。

「静かに、鍵がかかっていない。中に誰かいる。」

 彼女はそう言うと(ふところ)から拳銃を取り出した。

「お前、拳銃はあるか? 私の合図で突入するぞ。」

 私も拳銃を取り出し、突入の準備をする。唐突の突入作戦に緊張してしまう。秋津の方を見ると彼女は、鼻から息をゆっくりと深く吸い込むと呼吸を止め、口からゆっくりと吐き出し、また息を止め、再び鼻から息を吸っていた。少しの間、彼女はそれを繰り返すと私に向かって頷いた。

 私はドアを開け、彼女は中へと入っていく。それに続いて私も入り、リビングのドアを開けると中に男がいた。

「動くな!警察だ!」

 私は男に向かって警告した。男の手に銃があるのが見えた。男は銃を構えた。次の瞬間には発砲音が聞こえた。ただ、その音は男の銃でなければ、私のでもない。秋津の銃口から硝煙(しょうえん)がでている。彼女は倒れた男に銃を構えながら近づき、首元に手を置いた。

「死んだ。」

 彼女は冷静にそう言って銃をしまい、男の衣類をチェックし始めた。男を見ると眉間に一発くらっていることが分かった。私は彼女の冷静な動きに怖さを感じた。

「犯人が仏になったじゃないか。」

「こいつの銃を見ろ。軽機関銃だ。やらなければみんな死んでいた。」

 わかっている。これはただの八つ当たりだ。今日一日わけのわからないことに対すること、そして、この女の態度から来る行き場のないイライラだ。

「きれいに仕留めてるな。その冷静さ お前、結構やってきただろ? これまでも犯罪者を(あや)めてきたんじゃないか? 人に正義どうこう言って自分は人殺しですか? もしかして楽しんでいるのか?」

 秋津は私の一言を聞いて一瞬で間合いを詰め、私の顎に下から銃を突きつけた。

「貴様!」

「なんだよ。撃てよ。」

「貴様は 私がどんな思いをしてきたか知らないくせに」

 彼女はこれまで見せてこなかった怒りに満ち溢れた声と顔をしていた。そんな彼女を見て私は彼女の腹に突きつけていた銃を下した。その時になって彼女は自分に銃が突きつけられていたことに気が付いたようだった。私は彼女から離れ、死体となった男の観察をしながら質問を投げかけた。

「お前にとっては大事な事件かもしれないが、私はなにも伝えられていない事件なんて捜査したくない。私たちはもっと協力できるんじゃないか? 探し人を助けたいんだろ?」

 彼女はそれを聞いてゆっくりと頷いた。


 警察がやってきて現場検証が始まった。当然、新條課長も来ていたが、詳しいことは聞かれなかった。男を射殺するまでの経緯を語るまでに留まり、私たちにもう帰るように伝えた。日付はもう変わっている。秋津と再び車に乗ることになったが彼女は行く宛てがない。思い切って私は彼女に提案をした。

「もうこの時間だ。ホテルは無理だろう。他も安全なところはない。私の家にとりあえず、ひと晩だけ泊まれ。」

 彼女はそれを聞いてやわらかい笑みを浮かべ言った。

「ありがとう。」


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