とある冬の日の贈り物
シャリア・バルク伯爵令嬢はベルート・ルイド伯爵令息に恋をしていた。
ベルートは金髪碧眼の美男で、貴族なら誰しも通う王立学園では美しくて有名だった。
それに比べてシャリアは、冴えない茶の髪に緑の瞳の女性だ。
ベルートはマリーア王女に恋をしているようで、いつもマリーア王女の傍に侍っていた。
マリーア王女はいずれこのルド王国の女王になる。
いつも、お気に入りの美男達を侍らせて王立学園で過ごしている凄い美女だ。
金の波打つ髪の美しいマリーア王女の周りに侍る美男達。
それはまるで一服の絵画のような美しさで。
シャリアはベルートの事が好きで好きで好きで。
幸い、ベルートの家のルイド伯爵家はシャリアのバルク伯爵家に借金をしていた。
だから、シャリアは頼んだのだ。
「お父様。わたくしはベルート様と結婚したいのです。借金を帳消しにする代わりに、わたくしをルイド伯爵家に嫁がせて下さいませ」
父バルク伯爵は、
「あんな家に嫁ぎたいのか?ルイド伯爵とは知り合いだから、金を貸してやったがあまり有能な男ではない。息子のベルートだって王女様に侍っているだけの無能だ。それなのに?我が伯爵家に取って利はないが」
「わたくしはベルート様を愛しているのです。ですからお父様」
母はいない。幼い頃に亡くなってしまった。
父はシャリアを可愛がって育ててくれた。だからシャリアには甘い。
兄がいるが、兄には厳しくても娘のシャリアには甘いのだ。
だから、父バルク伯爵は、ルイド伯爵に申し入れて、ベルートと結婚することになった。
二人が王立学園を卒業すると同時に結婚式を挙げる事になった。
卒業する一月前に決まった話である。
王立学園でベルートはシャリアの顔を見ても、話しかけもせず、マリーア王女に相変わらず傍にいて、ご機嫌取りをしていた。
シャリアは悲しかった。
貴方はもうすぐわたくしと結婚するのよ。
それなのに?その態度は何?
結婚式は盛大に教会で行われたけれども、ベルートの態度は冷たく、
誓いのキスもおざなりで。
そして、結婚式を挙げてすぐに、
「もっと色々と勉強したい。隣国で学んで来たい」
とかいって、ベルートは新婚のシャリアを放っておいて、隣国に単身行ってしまった。
ベルートに甘いルイド伯爵夫妻は、
「ベルートがもっと学びたいのなら、金は出すぞ」
「いってらっしゃい。ベルート。頑張って学んでくるのよ」
初夜もすませないで、隣国に行ってしまったベルート。
シャリアは落胆した。
だが、嫁いで来たからには、ルイド伯爵夫人について、伯爵家の事を学ばなければならない。
そこで知り合ったのが、義弟にあたるトリアスだ。
シャリアは気の強い性格だと自分でも思う。
廊下でトリアスに合うと、つい愚痴をこぼしてしまう。
「トリアス様。ベルート様はいつ戻ってくるのでしょう。わたくしはベルート様と結婚したのに、隣国へ行ってしまって。この領地は今、大変なのでしょう?」
トリアスは頷いて、
「ええ、災害が先月起きましたから、住むところを失った人達に住むところを提供しなければならないですし、食料も用意しなくてはなりません。父も大変なのです」
「それなのに?ベルート様は隣国へ?」
「ええ。私が兄の代わりに父を助けないと。毎日大変ですよ」
トリアスは頭を下げて、
「借金を帳消しにして下さったのに、兄上が夫としての役目を放棄して隣国へ行ってしまった事、申し訳なく思っております」
トリアスはそれ程、美男という訳ではない。ベルートが派手な金髪なのに比べ、くすんだ金髪でおとなしい感じの男性だ。
でも、シャリアは思った。
この人はなんて誠実なんだろう。
今までわたくしはベルート様の見かけだけで好きになって強引に結婚してしまった。
でも‥‥‥ベルート様はわたくしなんて放っておいて、隣国へ行ってしまったわ。
わたくしは間違っていたと言うの?
わたくしが本当に愛する相手は、見かけではなくて、心が誠実な人?
トリアスはシャリアに、
「貴方は兄上を待ちますか?初夜を放っておいて隣国に行ってしまった兄上を許せますか?」
「どういうことかしら?わたくしはベルート様の妻よ」
「このルド王国では、貴族の責務を放棄したものを、廃嫡出来る法律があります。私は兄上を追い落とそうと思っております。だってそうでしょう?兄上は伯爵家の責務を放り出して、隣国へ行ってしまった。金だけは無心してきますよ。遊ぶ金だけはね」
そして、トリアスはシャリアの耳元で、
「貴方は私の味方?それとも敵?私としては味方になって欲しい物ですね。兄上と貴方の離縁が成立したら貴方を私の妻に迎えたい。バルク伯爵は有能だ。味方にしたいんですよ。我が父は領地経営は無能だ。だから、災害対応が落ち着いたら、母上と共に引退してもらって領地の片隅の屋敷に押し込めようと思っております。私のやりたいようにやりたい。これ以上、無能に足を引っ張られたくないのです」
自分を放って隣国へ逃げたベルート様なんて……
もし、ここでベルートを庇ったら?
いえ、庇ってもいい事なんて一つも無い。
あの人はこのルイド伯爵家のお荷物だわ。
「解りました。わたくしは貴方の味方よ。ベルート様との離縁が成立したら貴方の妻になりましょう」
「よろしくお願いしますよ。義姉上。いずれはシャリアと呼びたいものですね」
手の甲にキスを落とされた。
恋する少女の心を捨てて、貴族の女として生きる決意をした。
トリアスは、災害対応が落ち着いた頃に、自分の両親を領地の片隅の屋敷に監禁した。
「父上母上、今までお疲れ様でした。どうか、この屋敷でゆっくりして下さい」
ルイド伯爵夫妻は喚き散らした。
「トリアスっ。誰が育ててやったと思っている。ベルートが戻ってきたら、ただではっ」
「そうよ。トリアスっ」
喚きたてる二人を外へ出すなと使用人に命じたトリアス。
その事を聞いたシャリア。
そして、夫としての責務を放棄して隣国へ行ってしまった事が認められてシャリアの申し立てにより、離縁が成立した。
ベルートは三月過ぎても戻って来なかった。
シャリアは思う。
トリアスが上手く手を回して、ベルートを隣国に足止めしているのではと。
そして、トリアスからの求婚をシャリアは受け入れた。
「我が父も貴方の事を気に入っているわ」
「有難う。シャリア。これからよろしく頼むよ」
そしてトリアスは、
「兄上への送金を止める事にした。兄上は青くなって帰国してくるだろう」
「でも、もう廃嫡されていますし、貴方がルイド伯爵を継いでおりますし、わたくしが伯爵夫人」
「ええ、まさにその通り。もう、兄上に居場所はない」
そう。言ってやるの。貴方にはルイド伯爵家に居場所はないのだって。
貴方は、帰る家もない。ただただ野垂れ死ぬだけの定めだって。
初めての恋だったのよ。わたくしはベルート様を見た時に胸がときめいた。
ああ、あの人と結婚したいしたいって。
トリアス様と結婚したけれども、彼とは同志みたいな感じで。愛なんて何もない。
ただただ、ベッドでも跡継ぎを作るだけのむなしい行為。
伯爵夫人として、跡継ぎを作らねばならないのだけれども、悲しい。むなしい。寂しい。
わたくしはわたくしはわたくしはっ‥‥‥
ベルート様に引導を渡さねばならないのだわ。
ベルートが戻って来た。
門の前で喚きたてる。屋敷の中には入れない。
トリアスが門の前まで行って、
「兄上はもう廃嫡されて、私がルイド伯爵になりました。」
「妻がいるはずだ。妻のシャリアが。夫が帰ったんだぞ」
「シャリアは私の妻になりました。兄上と我が伯爵家はなんの関係もありません」
「父上母上は???」
「引退して貰いました。それでは、さようなら。兄上」
窓からその様子をシャリアは眺めていた。
あんなに汚れた格好で。
あれ程、美しかったベルート様。
それがあんなに‥‥あんなに…
涙が零れる。
思わず、外に走り出ていた。
驚いた様子のトリアスと、顔を輝かせるベルート。
あまりにも可哀想で、門の前に行ってシャリアは、
「貴方の面倒を見てくれる所を教えてあげるわ。幸い、ここからなら馬車で一日あれば行けるから。変…辺境騎士団という所よ。貴方を助けてくれるわ」
きっとそこなら、死なずに済む。
もうすぐ冬が来るわ。
伯爵家で甘やかされて育ったベルート様に冬を越せるとは思えない。
だから、わたくしは‥‥‥生きて欲しいから。
ベルートは青くなった。
「いやそのあの、そこはちょっとっ」
「死にたいの?死にたくはないわよね。ほら、もうすぐ雪が降ってくるわ。行きなさい。貴方ならきっと助けてくれる」
「いやいやいやっ。それはちょっとっーーー」
トリアスが、伯爵家の馬車を用意するようにと使用人に命じて、
「兄上。凍え死ぬよりはいいでしょう。よかったですね。兄上。美しく生まれて。命を散らさずに済んだのですから」
馬車に乗せられて、ベルートは泣きながら、
「悪かった。どうか助けてくれっーーー」
馬車は無情にも走り去って行った。
その様子を見送るシャリア。トリアスが肩に手を置いて、
「愛していたんだね」
「そうね。ずっと好きだった。だってベルート様が初恋なんですもの」
「私の事は?」
「夫だわ。生きる為に結婚しただけの夫」
「むなしいな。私だって君と夫婦となったからには、愛を育みたい。子が出来たら可愛がりたい。兄上ばかり両親は可愛がっていたからね。子供達には平等に愛を注いで。私は君と愛ある家庭を築きたいと思っているよ」
「貴方は油断ならない人だわ」
「それでも。例え、ナイフの上を歩くような人生を歩んでいても。だからこそ、私は‥‥‥」
冷たい人、油断ならない人、ベッドでもただただ、心も伴わず、わたくしの心は空っぽで。
でも、そうね。ナイフの上を歩くような人生だからこそ、わたくし達は同志。
そして貴方は油断ならない人だけれども、わたくしに対して誠実だわ。
「わたくしの心は空っぽなの。ベルート様を失って。貴方が新たに満たして下さるの?」
「勿論。そのつもりだよ」
雪が降って来た。
今頃、ベルートは変…辺境騎士団へ馬車で向かっているだろう。
今年の冬は寒い。
でも、トリアスの手の温かさに、この人を信じてついて行こうと思えるシャリアであった。
トリアスとの間にシャリアは三人の娘に恵まれた。
娘達を平等に愛して、皆、とても有能に育ち、よい伴侶に恵まれた。
互いに歳を取って、トリアスとシャリアが二人きりでテラスでお茶を飲んだ時に、
トリアスが、
「苦労をかけたね。私についてきてくれて有難う」
「貴方はわたくしの心を満たしてくれたわ。愛しているわ。トリアス。わたくしを愛してくれて有難う」
シャリアはとても幸せな人生を送ることが出来て、トリアスに感謝して晩年を過ごしたと言われている。
変…辺境騎士団詰所より。
「なんだ?屑の美男が送られてきたぞ」
「手紙が。好きに扱ってくれていいと書いてある」
「これは神様が俺達に送ってくれた、貢物だ」
「三日三晩うんとあったまろう」
屑の美男であったまる~♪
さっぶい日にはあったまる~♪
とある冬の日の贈り物




