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想想戦記―想いが力になる世界で、俺は戦う―  作者: ベルナルド
三章 始点総会議編 後編

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第60話 選択する「想い」

 優華の手は、止まらなかった。

 指先から腕へ、確かな震えが伝わっている。


「……夕陽町の事件は」


 声が、掠れる。


「救えた可能性が、ありました」


 誰も、すぐには言葉を挟まなかった。


「町では」

「人を、想獣へと変異させるウイルスが」

「ばら撒かれていました」


「ですが」

「その時点では、まだ初期段階」


「発症者はいない」

「隔離と時間があれば」

「対処できた可能性があった」


 吉沢が、静かに息を吐く。


「……それでも」

「殲滅作戦が立ったんだね」


「はい」


 優華は、はっきりと頷いた。


「感染が進めば」

「周辺都市を含めて」

「数万人規模の被害が出る可能性がありました」


「だから」

「“今、ここで終わらせる”という」

「判断が、上層部で下された」


 大地の喉が、小さく鳴る。


「……黒等級か」


「天舞愛華様が」

「投入されました」


 空気が、重く沈む。


「……本来」

「その作戦には、最終承認が必要でした」


 優華は、視線を落とす。


「形式上ですが」

「私の判断は」

「作戦を止める“最後の楔”でした」


「私は」

「それを、理解していました」


 拳が、強く握られる。


「ですが」

「私は、何も言わなかった」


「反対もしなかった」

「延期も求めなかった」


「……沈黙しました」


 はっきりとした告白だった。


「父を裏切る覚悟がなかった」

「家を壊す勇気がなかった」


「そして――」

「愛華様と、向き合うのが」

「怖かった」


 息を、吐く。


「だから」

「私は、選ばなかった」


「殺すとも」

「止めるとも」


「その結果」


 一拍。


「愛華様が」

「決断しました」


 視線を上げる。


「町を」

「“終わらせる”と」


 誰かが、息を呑んだ。


「感情ではありません」

「暴走でもありません」


「彼女は」

「泣きもしなかった」


「ただ」

「必要だから、そうした」


 優華の声が、震える。


「ウイルスは」

「完全に拡散する前に止まりました」


「想獣化は防がれ」

「被害は、町の中だけで終わった」


「……ですが」


 言葉が、詰まる。


「町の人々は」

「生きては、出てきませんでした」


 沈黙。


「私は」

「止められたかもしれない」


「選べたかもしれない」


「でも」

「私は、“誰かが決める”のを」

「待った」


 膝が、床につく。


「それが」

「私の、怠惰です」


 しばらく、誰も動かなかった。


 俺は、一歩前に出た。


「……優華」

「それは、愛華が助けてくれたんじゃないのか」


 優華は、かすかに首を振る。


「……そんなわけ、ありません」


 声が、弱くなる。


「私は」

「彼女に、一番つらい役目を」

「押しつけようとした側です」


「止めもしなかった」

「裏切った」


「そんな私を」

「助ける理由なんて……」


 言葉が、途中で途切れた。


 俺は、もう一歩、踏み出す。


「あるだろ」


 優華が、はっと顔を上げる。


「友達だからだ」


 一瞬、空気が止まった。


「……え?」


「判断できなかったんだろ」

「優華は」


 視線を逸らさず、続ける。


「父親」

「一族」

「役目」

「立場」


「全部が絡まって」

「何が正しいか」

「分からなくなってた」


 一拍。


「だから」

「愛華が、代わりに決めたんじゃないか」


 優華の瞳が、大きく揺れる。


「……そんな」


「友達が」

「動けなくなってたら」


「代わりに」

「前に出るのは、当然だ」


 静かに、言葉を置く。


「正しいかどうかは」

「分からなくても」


「友達を」

「そのままにしない」


 拳を、軽く握る。


「愛華は」

「怪物だったから」

「殺したんじゃない」


「友達だったから」

「背負ったんだ」


 優華の喉が、小さく鳴った。


「……私は」


「その優しさから」

「逃げていました」


 その瞬間。


 ――淡い光が、彼女の胸元に灯る。


 脈打つように、強く。


 光は、心臓の位置から、ゆっくりと浮かび上がり、

 優華の手のひらへ。


 そこに残ったのは――


 小さな、鍵。


 白く、静かで、

 逃げなかった証のような、確かな重みを持つ光だった。

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