第6話 向かい合う「想い」
数日が経ち、身体はようやく言うことを聞くようになってきた。
無理に動かせばまだ痛みは走るが、命に別状はないらしい。
「もう大丈夫だよ〜」
そう言って笑ったのは、あの医者のギャルだった。
本当に信用していいのかは分からないが、少なくとも歩ける程度には回復している。
そして――
あの日、言われていた「勉強」が始まった。
案内された部屋で待っていたのは、見知らぬ男だった。
「やあ」
軽い調子で、男は手を挙げる。
「僕の名前は吉沢 源。荒木さんの部下で――君の教育係になる」
「……え?」
思わず声が漏れた。
「てっきり、あの青年が教えてくれるものだと」
そう言うと、吉沢は肩をすくめる。
「号君は赤金等級だ。常に仕事があって大忙しなのさ」
赤金等級。
その言葉の意味は、まだよく分からない。
だが、ただ事ではないことだけは伝わってきた。
「そこで、この僕が代わりに教えてあげるってわけ」
軽い口調とは裏腹に、立っているだけで妙な圧を感じる。
――この人、一体何者なんだ?
そんな疑問が顔に出ていたのだろう。
「なに、疑ってるの?」
吉沢は、こちらを“見ている”ようで、見ていない目で言った。
「じゃあ、こうしよう」
彼は楽しそうに続ける。
「僕に一回でも攻撃を当てられたら、勉強はなし」
「……本当なのか?」
「うん。その代わり、負けたら一か月、僕の修行を受けてもらう」
拒否権はなかった。
気づけば、広い部屋に連れてこられていた。
天井が高く、壁も床も無機質。
いかにも“壊していい場所”だ。
「ここは?」
「訓練場さ」
吉沢は部屋の中央へ進み、のんきに肩を回し始めた。
「条件は簡単。僕に一回でも攻撃を与えられたら君の勝ち」
かなり俺に有利な条件だ。
嫌いな勉強を回避できるかもしれない。
「……分かりました」
視線が、自然と彼の顔へ向く。
「その目隠し、つけたままやる気か?」
吉沢は、口元だけで笑った。
「なめてると、痛い目みるよ」
そのまま、指を鳴らす。
「――いくよ、少年」
刹那。
視界が、ひっくり返った。
「がっ……!」
次の瞬間、床に叩きつけられていた。
何が起きたのか、理解できない。
瞬きをした、その一瞬。
拳が、いきなり目の前にあった。
「これが、想界師の戦いさ」
吉沢の声が、上から降ってくる。
「想界師はそれぞれ、式想っていう特殊な力を持っている」
体を起こそうとするが、思うように動かない。
「その力は、人の心から生まれるエネルギー――想力を使って発動する」
なるほど。
俺の力は式想で、あのとき胸の奥から湧いてきたものが想力だったのか。
「想力は“想い”が元だ」
怒り。
憎しみ。
喜び。
幸せ。
「強く想うほど、力になる」
今度は、見えるように拳が飛んできた。
「――重っ!」
受け止めた瞬間、腕が悲鳴を上げる。
耐えきれず、また吹き飛ばされた。
「当然さ。想力で身体を強化してるからね」
特殊な技だけじゃない。
身体そのものを強くできるのか。
「君も、使ってるはずだよ」
「……え?」
「じゃないと、普通は黒等級の攻撃を受けたら死ぬ」
言われて、はっとする。
あの夜は必死で、気づかなかった。
改めて、体の内側に意識を向ける。
――守る。
耐える。
そうイメージした瞬間。
「……すごい」
内側から、力が湧いてくる感覚があった。
鼓動が耳元で鐘のように鳴り響き、吉沢の速すぎる拳が、まるで水中の映像を見ているかのように一瞬だけスローモーションに焼き付いた。
再び殴られる。
今度は、しっかり受け止められた。
「へえ」
吉沢が、少し驚いたような声を出す。
「想力の扱いは雑だけど……いきなりできるか。おもしろ」
そこからは、殴り合いになった。
だが、どれだけ拳を振るっても、吉沢には当たらない。
気づけば、体が動かなくなっていた。
想力切れ。
完全な敗北だった。
「ちなみに」
吉沢が、倒れた俺に言う。
「僕は、号君より上の等級だよ」
「……え?」
「金等級」
言葉を失った。
目の前の男は、汗一つかいていない。本気を出されたら、俺は死ぬことさえ許されないのだと、背筋を凍るような沈黙が教えていた。
「さて」
吉沢は笑う。
「一か月、覚悟しようか」
こうして、
俺の地獄みたいな修行生活が始まった。




