第5話 選ばれた「想い」
最初に感じたのは、痛みだった。
「――っ!」
身体を起こそうとして、俺は思わず声を漏らす。
全身が軋み、内側から悲鳴を上げているようだった。
「ダメダメ。まだ動いちゃダメだってば」
軽い声が降ってくる。
「え……?」
視界を巡らせると、白い部屋。
医療施設のようにも見えるが、どこか違う。
そして――
「はい、ツン」
「いっっ!!?」
腹部に指が触れた瞬間、激痛が走った。
「な、なにすんだよ!?」
「生きてるか確認〜。あ、ちゃんと生きてるね」
ケラケラと笑う女性。
派手な髪、明るい口調、制服の上からでも分かるほどの存在感。
――ギャルだ。
「……やめろ……」
「はいはい。まだ完全に回復してないから、大人しくしてなさい」
そう言い残し、女性は満足そうに部屋を出ていった。
「……なんなんだよ……」
ため息をついた、その時。
ノックもなく、扉が開く。
入ってきたのは、昨日の青年だった。
学生服姿、刀を携えたまま。
「……」
しばし、無言。
「……なぜ、俺を助けようとした」
低い声だった。
「昨日のことだ。
お前、あれがどんな相手か分かってたのか」
「……分からなかった」
「なら、なおさらだ」
青年は眉をひそめる。
「死ぬ可能性があった。それでもか?」
俺は視線を逸らし、拳を握った。
「……見捨てたら、一生後悔する」
ぽつりと、言った。
「それだけは……もう嫌なんだ」
「……」
青年は鼻で笑った。
「バカな奴だ」
「俺にバカバカ言うな!」
「バカにバカと言って何が悪い」
一瞬、空気が張りつめる。
だが青年は、すぐに真剣な表情に戻った。
「……いつから、その力を使えるようになった」
「昨日」
「……は?」
「昨日」
青年の動きが止まる。
「ありえない」
「俺だってそう思う」
「想界師は、選ばれてなるものだ。
訓練もなしに、一般人が――」
言葉を切り、青年は大地を見つめた。
「……本当に、何も知らないのか」
「ああ。
あの化け物が“想獣”って名前なのも、今知った」
「……」
沈黙。
やがて青年は、静かに口を開いた。
「今から言う話は、本当にあることだ」
重い声音。
「聞けば、お前はもう、今までの日常に戻れない」
大地は、即答しなかった。
だが、少し考えて、言った。
「……今戻っても俺はきっと後悔する」
拳を見る。
「一生残る後悔なら、もう十分だ」
「……覚悟はある、ってことか」
「ある」
青年は、小さく息を吐いた。
「……分かった」
それから、簡潔に説明が始まった。
人の心から生まれる力――想力。
それを扱う者――想界師。
人々の想いが歪み、生まれる存在――想獣。
どれも、俺には現実味がなかった。
だが、昨夜の拳の熱だけは、嘘じゃない。
「お前は……例外だ」
青年は言った。
「本来、ありえない形で“目覚めた”」
「……じゃあ俺は、なんなんだよ」
「知らん」
即答だった。
「だが、一つだけ確かなことがある」
青年は立ち上がる。
「お前は、もう関わってしまった」
逃げ道はない、と言外に告げていた。
「……これからどうすればいい」
「決まってる」
青年は振り返り、言った。
「想界師になれ」
その言葉は、放課後のチャイムや、母の作る朝食、生徒会室の穏やかな空気との決別を意味していた。
喉の奥が乾く。だが、昨日握りしめた拳の熱が、その震えを止めた。
「……なる。」
即答だった。
「……即答か」
「後悔しないためなら、なんでもやる」
青年は、少しだけ驚いたように目を細めた。
「……ならまずは勉強だ」
「え」
「想界師になるってことは、命を懸けるってことだ」
「……俺、勉強苦手なんだけど」
「知らん。なるんだろ」
「……分かったよ」
俺は苦笑した。
――場面は変わる。
薄暗い空間。
「……逃げた、だと?」
低い声が響く。
「はい。荒木とやり合うには、まだ早いかと」
「軟弱だな」
「ですが……良いものを見つけました」
「ほう?」
人型の想獣が、歪んだ笑みを浮かべる。
「想王の――器に」
「……なんだと」
沈黙の後、愉快そうな笑い声。
「面白い。逃げた罪は不問だ」
「あの方が、喜びますよ」
「……フハハハ」
低く、腹の底から響く笑い声。
獅子の声が、夜気を震わせた。
静かな病室で、俺は天井を見つめていた。
もう戻れない。
拳を、そっと握る。
「……それでも」
後悔だけは、したくない。




