第4話 交錯する「想い」
「……ちっ。使いたくはなかったのだがな」
青年が、低く呟いた。
その声は苛立ちを含んでいたが、恐怖はなかった。
まるで「予定外だった」と言わんばかりの調子だ。
次の瞬間。
空気が、歪んだ。
視界が揺れ、夜の校庭にもう一つの影が浮かび上がる。
――怪物。
さっき倒れたそれとは違う。
より輪郭がはっきりしていて、人の形を保っている。
そして、こちらを見て――笑ったように見えた。
「……二体目か」
青年は、淡々と呟いた。
直後、衝撃。
視界がぶれるほどの衝突音とともに、青年の身体が宙を舞う。
瓦礫を跳ね、地面を転がり、壁に叩きつけられた。
「っ……!」
俺の喉が、勝手に鳴った。
「おい……大丈夫か!?」
返事はない。
だが、青年はすぐに片膝をつき、立ち上がろうとした。
――が、止まる。
膝が、わずかに揺れた。
「……チッ」
青年は小さく舌打ちする。
「黒等級、か」
低く、確信を込めた声。
刀を握り直そうとするが、指の動きが一瞬遅れた。
呼吸が荒い。
さっきまでの余裕は、確実に削られている。
怪物が、ゆっくりと距離を詰めてくる。
逃がすつもりなどない、という圧。
「下がれ」
青年の声が、低く飛んだ。
命令口調だが、俺を突き放す感じはない。
むしろ――守るための声だ。
「……黒等級を前にして、溜め直す時間はないか」
独り言のように呟く。
だが、その言葉は、はっきりと俺の耳に届いた。
青年は一歩、横へ動く。
俺を背に庇うように、身体を滑り込ませた。
「逃げろと言っただろ」
「……!」
「お前を守りながらじゃ、戦えない」
噛み殺すような声だった。
刃を構え直す。
「それでも――」
一瞬だけ、歯を食いしばる。
「ここで、死ぬわけにはいかない」
怪物の爪が振り下ろされる。
青年は受け止めきれず、数歩後退した。
その背中を見て、胸が締めつけられた。
――何も、できないのか。
俺は、自分の拳を見る。
昨日の感触が蘇る。
熱。
衝撃。
そして――確かに、届いたという実感。
「……違う」
小さく呟いた。
「昨日は……無意識だった」
拳を握る。
「想像しろ……」
腕を引く。
肩が、自然と落ちる。
「……あの時を。届かなかった、あの瞬間を」
踏み込む。
「届け――!」
拳を突き出した瞬間、空気が爆ぜた。
拳の形をした衝撃が一直線に走り、怪物を打ち抜く。
「――っ!?」
怪物が、初めて大きくよろめいた。
「これは……」
青年が目を見開く。
「驚きましたよ」
驚きながら怪物は俺を見る。
「今の……」
青年の視線が、俺の拳に落ちる。
「……式想?」
信じられない、という表情。
「なぜ……お前が」
答える間は、なかった。
「――惜しいですね」
愉快そうな声が響く。
怪物が、ゆっくりと身体を起こす。
「さすがに驚きましたよ。ええ、本当に」
視線が、完全に俺を捉える。
「……倒せてない」
次の瞬間。
視界が反転した。
衝撃。
身体が宙を舞い、地面に叩きつけられる。
肺から空気が吐き出され、痛みが遅れて走る。
「まずい!」
青年の声が、遠くで響いた。
――まだだ。
歯を食いしばり、立ち上がろうとする。
「……まだ……!」
拳を握る。
震えている。
だが、止める理由はなかった。
「二度も、同じ手が通じるとでも?」
怪物が嗤う。
「甘いですね、人間。――それだけでは、届かないのですよ」
爪が振り下ろされる。
その瞬間。
――ドンッ。
低く、重い音。
怪物の腕が宙を舞った。
「……?」
一拍遅れて、怪物が自分の身体を見る。
「時間切れ、ですか」
肩をすくめるような声。
「残念ですが――」
視線が、奥へ向く。
「荒木とやり合う気は、ありませんので」
身体が歪み、闇へ溶ける。
「また会いましょう、人間」
静寂。
俺は、その場に崩れ落ちた。
視界が、暗くなる。
最後に見えたのは――
刀を構えた、一人の大男。
「……生きてやがるか、号」
少し間を置いて。
「……で、誰だ。お前は」
そこで、意識が途切れた。




