第34話 巡る「想い」
殴る。
ただ、殴る。
白い光が拳に纏っていることにも、
俺は気づいていなかった。
考えも、計算もない。
感情の赴くまま。
怪物の顔を、
胸を、
何度も打ち抜く。
「無駄だよ」
幸田の声が、頭に刺さる。
「どれだけ怒ろうが」
「どれだけ足掻こうが」
怪物の肉が、うねる。
砕けたはずの腕が、
皮膚を破って、また生える。
「再生する」
「意味なんて、ないんだ」
怪物が、笑っているように見えた。
「怪物に負けたあと」
「お前の目の前で、仲間を痛めつける」
幸田の声が、続く。
「最後は全員」
「怪物にして、俺の奴隷だ」
――うるせえ。
叫びながら、殴る。
「うるせえ!!」
幸田の声も。
怪物の声も。
自分の心臓の音も。
全部。
全部、うるさい。
怒りが、胸を焼く。
抑えきれない。
だから。
――解放する。
拳が、熱を帯びた。
今までとは、違う。
内側から、
爆ぜるような熱。
殴る。
怪物が、吹き飛ぶ。
俺は、息を吸い込む。
身体の奥にあるものを、
すべて引きずり出す。
両の拳に、集める。
町の想い。
仲間の想い。
俺に宿った、後悔しないための想い。
拳を、合わせる。
「――くらえ!!」
叫んだ。
「フィスト――ブラスター!!」
拳から、
超高密度の想力が、一直線に放たれる。
光。
熱。
衝撃。
怪物の身体が、焼ける。
溶ける。
だが。
再生する。
肉が、また形を取り戻す。
それでも。
俺は、止めない。
みんなの想いが、
俺を押し出す。
止められるはずがない。
ついに。
光が、怪物を貫いた。
そのまま、天井を突き破る。
瓦礫が舞い、
夜の空気が、流れ込む。
怪物は、
月明かりに照らされていた。
「……馬鹿な!!」
幸田が、叫ぶ。
「あんなガキに!!」
「最強の俺の奴隷が!!」
歪んだ顔。
「どこまでも」
「邪魔をしてくれる!!」
ナイフを抜く。
「いい」
「なら、俺の手で葬ってやる」
だが。
俺は、動けない。
力が、尽きていた。
脚が、震える。
――立て。
心の中で、叫ぶ。
まだだ。
まだ終わっちゃいけない。
あいつを、
殴るまでは。
なんとか、立ち上がる。
拳を、握る。
その瞬間。
――裏の扉が、開いた。
足音。
そして。
「――家族の仇ぃぃぃ!!」
男の叫び。
幸田が、振り向いた。
刹那。
ナイフが、胸に突き立てられる。
「……はっ?」
幸田の目が、見開かれる。
「なんで……」
「お前が、ここに……」
刺した男。
来枝 満。
「お前を殺すまでは」
「死んでも、死にきれなかった」
幸田が、笑おうとする。
「まさか……」
「てめぇも、再生を……」
満は、静かに言った。
「どうやら」
「俺も、持ってたらしい」
「……ば、かな……」
幸田が、血を吐く。
崩れ落ちる。
「や、やめ……」
「見逃……」
数分前まで「王」を自称していた男の口から、無様な泡と、尊厳の欠片もない命乞いが漏れ出す。満はそれを聞き届けることもなく、ただ機械的に、壊れた人形を解体するように刃を突き立て続けた。
満は、止まらない。
何度も。
何度も。
「こ……んな……」
「ところで……」
「死ぬ……なん……て……」
声が、消えた。
幸田零士は、
動かなくなった。
満は、笑った。
優しい顔だった。
「……やったぞ」
呟く。
「來未」
「晴樹」
息を吐く。
「父さんは」
「お前たちの仇を、討った」
そして。
満も、その場に倒れた。
俺は。
何が起きたのか、
理解できず。
ただ、立ち尽くしていた。
その瞬間。
怪物が、
黒い霧に、崩れた。
霧は、満と幸田を包み込む。
ピチャリ、と湿った音が響く。憎しみ合った二人の肉体が、霧の中で境界を失い、ドロドロと一つの形に溶け合っていく。
混じり合い。
歪む。
――再び。
殺したはずの怪物が、
ゆっくりと、目を開いた。
絶望が、
もう一度、立ち上がった。




