第3話 消えない「想い」
翌朝。目覚めは、最悪だった。
「……やばっ!」
時計を見た瞬間、俺は跳ね起きた。
昨日の出来事が夢だったのか現実だったのか、確かめる余裕もなく、遅刻寸前という現実が襲ってきた。
制服を掴み、階段を駆け下りる。
「大地!? 朝ごは――」
「ごめん行ってきます!」
母の声を背中で聞きながら、家を飛び出した。
走りながら、拳を見つめる。
昨日と変わらない。
なのに、確かにあれはあった。
「間に合え……っ」
息を切らしながら教室に滑り込むと、すぐに声が飛んでくる。
「大地が寝坊!? 珍し!」
「どうしたの? 顔、疲れてない?」
机に手をつき、肩で息をしながら苦笑する。
「ちょっと……寝不足で」
「生徒会の仕事、詰め込みすぎじゃない?」
「無理すんなって」
心配する声に、いつものように頷こうとして――少し遅れた。
「大丈夫だ。たぶん」
その返事が、自分でも曖昧だと分かる。
授業中も、意識は散漫だった。
ノートを取っているはずなのに、視線が勝手に拳へ向かう。
昨夜の感触が、まだ残っている気がした。
皮膚の下に、熱が沈んでいるような錯覚が、離れなかった。
放課後。
生徒会室に集まる頃には、校舎の外はすでに薄暗くなっていた。
「大地、今日は遅刻したって聞いたぞ」
書類から顔を上げた生徒会長が言う。
「珍しいな」
「すみません」
「疲れてるなら言え。倒れられたら困る」
冗談めかした口調だったが、視線は真剣だった。
「……ありがとうございます」
仕事は、いつもより時間がかかった。
集中しようとするほど、胸の奥に重たいものが溜まっていく。
窓の外はすっかり暗く、廊下から聞こえるのは遠くの換気音だけだった。
「……もうこんな時間か」
会長が書類をまとめながら呟く。
「今日はここまでにしよう」
誰かが、ほっと息をついた。
会長は立ち上がり、大地の方を見る。
その視線は、いつもより少しだけ長い。
「最近、遅くまで残ることが増えたな」
「仕事が、少し立て込んでて」
「それだけならいいが」
鞄を肩にかけながら、会長は続ける。
「顔色、あんまり良くないぞ」
「……そうですか?」
「自分じゃ分からないもんだ」
それ以上は踏み込まず、会長は戸口に向かった。
「俺は先に帰る。戸締まり、頼めるか」
「分かりました」
「無理するなよ。真面目なのはいいが――」
一度、言葉を切る。
「……何かあったら、一人で抱え込むな。約束だ」
「はい」
俺はそう答えたが、その「何か」が何なのかは分からなかった。
「じゃあな」
会長の足音が、廊下の奥へと遠ざかっていく。
やがて、完全な静寂。
俺は一人、生徒会室に残された。
胸の奥に、朝から続くざわつきがあった。
それは疲れとも違い、不安とも言い切れない。
――気のせいだ。
そう思おうとして、できなかった。
戸締まりを終え、生徒会室の電気を消す。
廊下には、人の気配はない。
校舎には、もう誰もいないはずだった。
――その瞬間だった。
ドンッ!!
爆発音が、校舎の奥から響いた。
反射的に、大地は走っていた。
「一体なんだよ」
校庭の端。
瓦礫が散乱する中で、大地はその光景を目にする。
怪物が、立っていた。
――いや、立っているように見えただけだった。
次の瞬間、怪物の身体がずれ落ちる。
まるで時間差で現実を思い出したかのように。
断面は、異様なほど静かだった。
その傍らに、一人の青年が立っている。制服の裾一つ汚さず、呼吸の乱れすらない。抜かれたはずの刀は、いつの間にか鞘に収まっており、ただ金属が擦れる冷たい残響だけが夜気に溶けていた。
青年は、ただそこにいるだけだった。
地面は抉れ、瓦礫は周囲へ吹き飛んでいた。
焦げた匂いが、微かに鼻を刺す。
雷が落ちた直後。
そんな表現が、頭をよぎる。




