第1話 日常に潜む「想い」
目覚ましが鳴る前に、近藤大地は目を覚ました。
心臓が、やけにうるさい。
夢を見ていた。
――また、あの時だ。
遠ざかっていく背中。
呼び止める声は、途中で途切れる。
伸ばした手は、空を掴むだけだった。
「……っ」
喉の奥が詰まり、息がうまく吸えない。
天井を見つめる。
分かっている。これは夢だ。
それでも、胸の奥に残る重さだけは消えなかった。
――助けられなかった。
その事実が、朝になるたびに思い出させてくる。
「大地ー! 遅刻するわよー!」
「今行く!」
母の声に現実へ引き戻され、ベッドを抜け出した。
朝食の席は、いつも通りだった。
父は新聞を読み、母は忙しなく動き回る。
「最近、帰り遅いな。生徒会か?」
「うん。ちょっと仕事が多くて」
「無理はするなよ」
その言葉に、俺は笑って頷いた。
――無理をしている自覚はない。
ただ、頼まれたら断れないだけだ。
高校では、廊下を歩いているだけで声をかけられる。
「おはよ、大地!」
「この前、ありがとね」
足を止めて返事をする。
それが当たり前のようになっていた。
困っている人を見かけたら、声をかける。
迷っていそうなら、少し立ち止まる。
頼まれれば、断らない。
いつからそうしていたのかは、はっきり覚えていない。
ただ、何もしなかった後に残る感覚を、知っているだけだ。
気づけば周囲から「頼れる人」と呼ばれるようになっていたが、
俺自身に、その自覚はなかった。
それが、俺の日常だった。
授業が終わり、生徒会室へ向かう途中。
すれ違いざまに、ひそひそとした会話が耳に入る。
「最近、夜に変なこと起きてない?」
「理由もなく倒れてる人、増えてるらしいよ」
足が、一瞬だけ止まった。
聞かなかったことにしようとして、やめた。
胸の奥が、静かにざわついている。
生徒会室では、会長が腕を組んで言った。
「今日は早めに切り上げるぞ。
最近、街で妙な事件が多いらしい。夜は危ない」
仕事を終え、日が傾く頃に校舎を出る。
胸騒ぎは残っていたが、大地はそれを気のせいだと思うことにした。
帰り道。
路地の入り口で、すすり泣く声が聞こえた。
見過ごせなかった。
気づけば、足が止まっていた。
「どうしたの?」
声をかけると、小さな男の子が顔を上げた。
「ねこ……ミャー君が……いなくなっちゃった……」
必死に涙をこらえる姿を見て、大地の胸が締めつけられる。
「分かった。一緒に探そう」
そう言った瞬間、胸の奥がちくりと痛んだ。
――あの時も、こうして手を伸ばせば、何かが変わったのだろうか。
路地裏に入った瞬間、空気が変わった。
冷たく、重く、息苦しい。
猫の鳴き声が聞こえた。
その近くに――“それ”はいた。




