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京葉文化大学美術サークル及び株式会社スラストーン美術課活動報告書  作者: 荒間文寧


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3/10

1-2

 それから三日間、五智はいつものようにサークル室へかよった。しかし瀬良が現れることはなかった。あの後瀬良がどうなったのか、当然五智は知らない。放っておけばそのうち戻ってくるものなのか、それとも探しに行くべきなのか。普段以上に静かな部屋で五智は彫りながら考えていた。そして気がついた。彫っているのにそんなことを思案しているのは、普段通りとはいえない。

 仕方なく五智は彫刻刀を置いた。そしてサークル室を後にした。


 夏期休暇中の大学は閑散としている。食堂は開いているが利用している生徒は少ない。隅の席を陣取っているサッカー部の中に、五智は同学科の同級生を見つけて声をかけた。彼は慌てて席から離れて、五智と小声で話す。当然瀬良の行方は知らなかった。

「まだあそこに居るのか。やめとけ、って言ったのに」

 そう言ってさっさと元の輪へ戻ってしまう。彼と会話をするのは久しぶりであった。入学式が隣だったのだ。それから数日間一緒に行動した。その数日だけだった。

 入学当初、五智は全てのサークルと部活の勧誘を断った。どこにも属すつもりはなく、運動も武道ももう何もしないと決めていた。それでも体格のいい五智は格好の餌食であった。興味のない勧誘はもちろん、人混みそのものが不愉快であった五智は人気のない場所を求めてずんずんと進んだ。正門とは反対側、東門の前まで来るとずいぶんと静かになったことをよく覚えている。そのすぐそばにプレハブ小屋、通称サークル棟はあった。二階の、一番奥の部屋のカーテンだけが開け放たれていた。そのときの瀬良の髪は真っ青であった。キャンバスの様子を下から臨むことはできない。しかしそれと向き合う瀬良の表情はしっかりと五智の目に映った。何度も対峙した闘志の燃える瞳とは違うが、確かにその真摯さが分かったのだ。だから五智はその部屋を訪れた。それからずっと五智はそこに入り浸っている。


 同科生に素っ気なくされた五智は、ほかに声をかけられる人物がいなかった。だから大学構内を出て、この数ヶ月で瀬良と訪れた場所を周った。いくつかの画材屋と、またいくつかの美術館を巡ってみたがどこにも瀬良はいない。

 ほかに手がかりはなかった。五智は大学に進学してからろくな友好関係を築いておらず、また瀬良の人間関係も把握していない。

 自宅の最寄り駅へのために乗り換えで降り立った駅で五智は疲労困憊していた。この数時間、五智は人捜しのためにひたすら群衆一人一人を注視していたのだ。普通の人にとっては少しの注意力で済むかもしれないが、五智にとっては苦痛極まりない行為であった。そこまでして瀬良を探さなければいけないのか、五智は自問自答しながらも駅ですれ違う人の、遠くを歩く人の顔を確認している。それでも瀬良は見当たらないが、数日前にサークル室に侵入してきた暴漢の姿が五智にははっきりと見えた。慌てて駆けていき「瀬良はどこだ」と肩をつかむ。振り返った巡はたいそう怪訝そうな目で五智を見ていた。

「京文大美術サークルの五智だ。この間お前が瀬良を引きずっていったときに居ただろ」

 ああ、と素っ頓狂な声を出しながら巡は一度手を打ち合わせた。どうやら五智のことを思い出したらしい。

「瀬良さんを探しているんですか?ということはあの小屋には戻っていないんですね」

「お前が監禁でもしてるんじゃないのか」

「人聞きが悪いですね。そんなことしませんよ。あの後普通に逃げられてしまったので」

 であれば『しない』のではなく『できなかった』の間違いだろう。五智が眉をしかめても、巡は一切気にとめることなく平然と話し続ける。

「別の大学もまわったんですけど、見つからないんですよね」

「別の大学?」

「はい」

 あいつはほかの大学にも顔を出しているのか、と五智は思案する。その割には普段からあの部屋に入り浸りすぎている気がするが、もしかしたら顔が利くなどの理由で匿ってもらっている可能性はある。

「申し訳ないですけど、僕は忙しいのでこれで失礼しますよ。見つかったら連絡ください」

 渡された名刺を五智は素直に受け取った。連絡する気は一切ないが、突っぱねて喧嘩を売るメリットがないからだ。

 株式会社スラストーン代表取締役 巡宗佑

 手元の名刺にはそう書かれている。失礼します、などと言ったわりに、巡は目の前から動こうとしない。

「何者なのか、とか聞かないんですね」

「株式会社スラストーンの巡だろ?」

「その情報だけで満足ですか。瀬良さんを殴って引きずっていったことに対する背景は知る必要がないんですね」

 なるほど普通は気にするのか、と五智は驚いたが、反応を表に出すより先に巡は踵を返してしまった。

「それでは今度こそ失礼します。見つけたらきちんと連絡くださいね」

 するわけないだろ、と思いながら五智はその背を見送った。手元に残った名刺を乱雑にポケットに突っ込んで、五智は帰路につくことにした。


 瀬良は乗り換えがとにかく嫌いらしい。以前、画材屋に連れて行かれたときにぼやいていたことを五智はきちんと覚えていた。

 よってひたすら一本の路線をたどって五智は大学を訪ね続けた。翌日のことである。

 日本人離れした長身はどこに居てもよく目立つ。それは小学生のころから変わらない。同級生と並んでも、そして今は誰と並んでも頭一つ以上飛び抜けてしまう。それを不愉快に思うようになったのは今から一年と少し前からであった。とはいえ対策の方法はないので、ひたすら気にしないように努めるほかない。

「瀬良を知らないか。妙な油絵を描くやつだ」

 ひたすらに聞いて回った結果、四つ目の大学に瀬良はいた。五智が通う大学よりずいぶんと立派な部室棟があり、やはり瀬良はそのうちの美術部部室を我が物顔で陣取っていた。部屋の一番奥にでかいキャンバスを立て、ひたすらにそれだけを見つめて絵の具を載せている。

「瀬良、帰るぞ」

 入室早々、五智はほかの部員を無視して瀬良に話しかけた。

「誰だね。私に話しかけるときはまず名を」

「五智だ」

「五智。……ああ、京文大の。なぜこんなところに君がいるんだね」

「お前が殴られて拉致されていったから、探しに来たんだろ」

「へえ」

 瀬良はやっと五智へ向き直った。髪の色は赤色になっていた。

「私が殴られて引きずられていくと、君は探しにくるのかね。それはなぜ?」

「なぜ、って。……そのあと来なくなったから、だな」

「それはその後の経緯であって理由ではないね。私が聞いているのはそれではないよ」

 なぜ自分は瀬良を一生懸命に探し出したのか。別に瀬良が不在でも困ることはない。サークル室が使えなくなるわけでもなく、ましてや瀬良は指導の一つもしてはくれない。

 それでも五智はあの日、瀬良がいた美術サークルを選んだのだ。瀬良のいるあの部屋なら、生きていけると思ったのだ。

「一人でいるのがいやだから」

「なるほど。でも人の多いサークルや部活に入ればその問題は解決するよ。君はあちこちの部活の勧誘を断ったと噂に聞いた」

「人が大勢いるのもいやだ」

「君はずいぶんとわがままだね」

 まあいい、と瀬良は絵筆を置いた。描きかけの絵を放置して、入り口にいる五智の元まで寄ってくる。相変わらず絵の具が顔にも服にも付着しているが、本人は一切の頓着がないらしい。

「ところであれから彫ったかね?」

「ああ」

 五智はポケットから一番新しい、一人きりのサークル室で作った仏像彫刻を取り出す。会ったら見せるつもりで持ってきていたのだ。

「相変わらず下手くそだね。仏云々の次元じゃない。人間の形をしているとは言いがたいよ。目の大きさが左右で違ううえに上下にもずれている。顎はないし髪はまるで昆布のようだね。手なんか酷いなんてものじゃないよ。服もこれでは縫製からおかしい。しわの流れも布に見えない」

 一息で言い切った瀬良はため息とともに「うまくなりたいならデッサンでもするといいよ。指導はしないけどね」と呟きながら靴を履き出す。五智は手元の仏像を見た。確かに我ながら下手くそである。

「何をぼさっとしてるんだね。帰るんだろう?」

 五智はそれをポケットにしまった。そうして瀬良の後に続いて部室を後にする。その際にチラリと中を見返した。ぽかんとした顔の見知らぬ美術部員四名に、一応おざなりに頭を下げておいた。

 そんな五智と対照的に、瀬良は一瞥する様子すらなく前を歩いて行く。大股で進んで追いついたのち、五智は一応瀬良に釘を刺しておこうと思った。

「あのな、よその大学の部室を占領するのはよくないぞ」

「よその大学?」

「うちの大学なら俺とお前しかいないから……」

「私はそもそも大学生ではないよ?」

「は?」

「まったく、私のこと何歳だと思っているんだね」

 浪人してまで通うような大学でもあるまいし、せいぜい己の一つか二つ上だと完全に思い込んでいた。予想外の事実に五智は足を止め、瀬良は無視して進み続けた。

 そして日常は元の形を取り戻す。

 京葉文化大学では美術サークルを勝手に名乗る生徒二名がプレハブ小屋の一番奥を不当に占領しており、そのうち一名が己である。と五智は認識していた。これは誤りであった。占領者のうち一名は大学の生徒ですらなく、性別はおろか年齢すら不詳であり、その人物はおおよそ人物画とは言いがたい絵を、そして五智はおおよそ人の形をしていない仏像を黙々と量産している。

 ほかの人物が部室を訪れることはめったにない。パトロンを名乗る暴漢が一度乗り込んできたきりである。ただ静かに、黙々と、二人はなにかを作り続けている。

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