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京葉文化大学美術サークル及び株式会社スラストーン美術課活動報告書  作者: 荒間文寧


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26/42

5-6

 お披露目は永旗のアトリエで行うことになった。ライトを使用する影絵を運び出してセッティングを行うより、荒木の彫刻を持ってくるほうが楽だろう、と荒木は考えたのだ。一年以上も前に巡が用意し、永旗に与えたマンションの一室だ。

 連絡してきた五智にそう伝えるとあっさり了承してくれた。俺のは片手で持てるほど小さいからかまわねえよ、とのことであった。

 永旗と瀬良、そして巡にそれぞれ連絡する。永旗は早速アトリエで準備を始め、瀬良は喜んで日取りと行き先を聞いてきた。巡だけは「別に結果だけ教えてくれればいいですよ」と冷めた声で言った。五智の作品にも、永旗の作品にも興味がないらしい。彼の目的は一つだ。きっぱりしすぎていっそ清々しい。尊敬は一切しないが分かりやすいところは大変助かる、と雇い主に向かって失礼な感想を抱きながら荒木は適当に電話を切った。


 そんなわけで約束の日はやってきた。アトリエとして用意されたはずのマンションの一室はがらんどうとしている。五智がいた蔵とは何もかもが正反対だ。これが終わったらすぐに立ち去るためだろう。永旗は辞めると散々宣言していたのだから。そこにあるのはおそらく事前に準備されていた家具と、そして黒い布を被った大きななにかだけである。そこに彼女の作品が隠されていることは明白であった。

 永旗と荒木はろくに会話もなく五智を待った。そしてそれは着いてきた瀬良も同じだ。騒ぐでもなく、スケッチブックを開くでもなく、ただ荒木の斜め後ろにいた。どうやら複数人いると誰が誰だか区別がつかなくなるらしい。とりあえず荒木だけでも立ち位置で判別できるよう、常に荒木が視界に入る斜め後ろを陣取ることが瀬良にはよくある。永旗に続いて五智も増えるからここに立っているのだろう。

 そうして待つこと約二十分。鳴ったインターホンに反応して永旗は玄関へ向かった。扉の向こうから「お久しぶりです」などとありきたりな会話が聞こえてくる。数秒してドアが開く。永旗の後ろから入ってきた五智は、二ヶ月前とはずいぶんと風貌が変わっていた。髪を切り、髭もきちんと剃ってきたらしい。浮浪者じみていたときとは一変、それなりに年相応の見た目に変貌していた。五智はすぐにこちらへ気づいたらしい。会釈をしたあと荒木の後ろ、つまり瀬良へ視線を向けた。

「久しぶりだな……ああ、五智だぞ」

「うん」

 二人の会話はそれだけであった。

「さっそく始めましょうか。五智さんのから見せてもらっても?」

 永旗の言葉に、五智は頷いていた。持ってきた鞄から両手に収まるほど小さな包みを取り出している。

 そこの運転手は知っていると思うが、と五智は話し始めた。瀬良は隣で小首をかしげている。運転手、が誰を指しているのか分からないらしい。荒木はそれを無視して五智の言葉に耳を傾けた。

「見たことあるやつ全員を作り終えてきた。一度見た顔は忘れない、なんて言うと大概羨ましがられるんだがな、全然いいものじゃない。必要以上の情報量が脳に強制的に入り込んでくる。そして記憶として大量に残っている。疲れるなんて次元じゃねえんだ。図体に似合わず低血糖で倒れそうになったことが何度もある。治したかったよ。今すぐ治してくれるってんなら喜んで食いつくな。でもそれ以上にあの件に向き合うのが怖かったんだ」

 手の中の小さな包みへ視線を落としたまま、五智はポツポツと体格に似合わぬ小さな声で喋り続けた。荒木を含め周囲の三人は誰一人それを遮りはしない。

「忘れられねえんだ。直前までこっちを見据えてた目も、投げ飛ばしてからピクリとも動かず起き上がらない様子も、ざわつく周囲も、泣き叫ぶお前らの母親も」

 五智はぎゅっと眉間にしわを寄せながら、少しずつ包みを開きだした。

「でもちゃんと作ってきた。これが、俺がお前たち、お前とその家族からから奪ったものだ」

 五智の手の中に現れたのは片手で持てるほど小さな木製の彫刻であった。西洋由来ではなく、明らかに東洋の流れを汲んだ立体作品だ。いわゆる仏、仏陀を模したものではなく、金剛力士像に近しい。半裸で下半身に布を纏っている。上半身は精悍な筋肉を纏っており、前方に向かって伸ばされた腕も緩やかに曲がっていることで上腕がたくましく盛り上がっていた。武器は握っておらず、その腕は前方を包み込もうとしているような印象を受ける。

 そして顔つきも男らしいが、よく見る鬼のような表情ではない。口は一文字に結ばれているがまなざしは優しく、そしてどことなく目元が永旗と似ている気がした。

 五智は今まで作品として制作をしていなかった。にわかに信じがたかったそれを、荒木は今やっと理解した。オフィスで、そして寺の蔵で見たどれとも違う。見てくれを一寸違わず出力することと、見たものを作ることの違いとはこういうことなのか。

 強さと優しさ、それを奪ってしまったことに対する懺悔。そしてそれを、奪われた者に捧げるために作られた像。

 これが彫刻家である五智の作品か、と荒木は感嘆の息を吐いた。

 それと同時に、彫刻を見ることもなくその事実を見抜いた瀬良の慧眼にも驚く。荒木は隣を見た。瀬良はまっすぐ五智の手元を凝視している。瞬きも最小限にじっと見つめていた。

 それは永旗も同じである。五智の真正面で、彼女もまた目を見開いてそれを凝視している。

「これが、私の兄ですか」

「ああ」

 五智はその像を永旗へ差し出した。永旗もゆっくりとした手つきでそれを受け取る。両手でそっとそれを持ち、俯いたままひたすらに眺めていた。やがて永旗の口元が歪んだ。目元にも力が込められていく。

 ああ、これは泣き出してしまうな、と荒木は思った。それは目の前の五智も同様らしい。五智は困ったような顔つきをした。しかしそれは一瞬であった。

 永旗は仏像を持つ手を頭よりも高く上げた。そして間髪入れずに床へ、五智の足下あたりを狙って叩きつけるように投げ飛ばしたのだ。

 彫刻とフローリング、木と木がぶつかる音を聞きながら、その発生源を驚愕とともに凝視することしか荒木はできない。叩きつけられた五智の作品は、衝撃で細やかな装飾が破損しかけらが散らばっていく。

 理解が追いつかないまま、荒木は永旗を見た。

 その表情に浮かんでいるのは間違いなく怒りであった。

「あいつは、こんなじゃない」

 五智に向かってまっすぐ、彼を睨みつけるようにしながら永旗はそう呟いた。五智も、当然瀬良もなにも言わない。室内の無音を破るように、永旗は早足で出て行ってしまった。

 数秒後、玄関の扉が閉まる大きな音が室内に響く。荒木の隣で大人しくしていた瀬良がその沈黙を破った。

「出て行ったのは永旗だね?」

「……はい」

 我ながら間抜けな声が出た。理解が追いつかないまま荒木はとっさに瀬良へ返事をする。

 目の前の五智は足下を、投げられた自分の作品を無言のまま見つめていた。

「見てみようか。永旗が作った兄の姿を」

 誰の返事も待たずに瀬良は動き出す。壁際に設置されていた、黒い布を被ったそれを覗いていそいそと準備を始めた。やがて布の中が発光する。

「荒木、部屋の電気を消してくれるかね」

 はい、とドア横のスイッチを切った。カーテンは元から閉まっている。日中とは思えないほど部屋の中は暗くなった。五智と荒木は、隠された作品の前へ無言で移動した。やがて瀬良はその布を一気に引いた。

 裏に設置されたライトは、彼女の作品の輪郭を、全容をありありと照らしている。絶句する二人に瀬良は並んだ。そして小さく「なるほどね」と呟いた。

 目の前に浮かぶこれは、はたして『人』なのだろうか。カラーフィルムも使用しているが少量である。ほとんどが黒で構成されていた。輪郭は揺らめく炎のようにいびつだ。なぜか腕が何本もあり、それぞれには禍々しいものを握っている。

 なにより目を引くのはその表情だ。大きくつり上がった目と、歪んだ形で口角が上がった大きな口。これが永旗から見た『兄』なのか。絶句する荒木の横で、瀬良がしゃがんだ。仏像を拾って五智に手渡している。影絵用の光源をたよりに、荒木はその様子を眺めた。五智は手元をじっと見て、そのあと正面の影絵と見比べている。

「そりゃキレるわな」

 自嘲気味に笑いながら五智は呟いた。隣で瀬良も微笑んでいる。

「ずいぶんと虐げられていたみたいだね。……いっそ壊されて完成かもね、君のは」

「お前、見えるのか」

「両方ともね。……どっちも人じゃない」

 五智に向かって、きっぱりと瀬良は言った。そのまま部屋の隅へ移動して電気をつける。部屋が明るくなったことで、永旗の『兄』は禍々しさを失った。

「実はな、もう一つ作ってきたんだ」

 壊された作品を片手に、五智は晴れ晴れとした顔をしていた。展開の早さについていけない荒木の前で、彼はまた鞄を開いている。

「お前が来るって聞いてたからな」

 そして取り出したものを瀬良へ渡した。あ、と荒木は呟く。技法も何もかもが違う。だけど荒木はそれを知っていた。一目見た瞬間にそれがなんなのか理解できた。

「ああ、これも見えるね。私はこの人を知っているよ」

 瀬良は嬉しそうに目を細めた。手の中で大切そうに持っている。

「これは私の母だよ」

 なつかしいね、と呟く声はずいぶんと明るい。

 荒木も知っていた。見せてもらったことが何度かある。雇い主である巡が執着している、何度も瀬良に描けとせがんだ女性であった。

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