表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
京葉文化大学美術サークル及び株式会社スラストーン美術課活動報告書  作者: 荒間文寧


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

22/42

5-2

 あー、人は適当に手配しますから、個展は予定通り継続していいですよ。瀬良さんは在廊させなくていいです。あれの面倒見ながら客の相手するの大変でしょ? え? いつもやってる? そりゃあなたはできるでしょうけど。

 とりあえず瀬良さんの言うとおり五智さん探してください。こっちとしても見つけて欲しいんで。

 あの後ホテルに帰って速攻社長に電話をすると、おおむねそんな感じの返答であった。

 その後「大詰めですかね」と呟いていた。荒木の知ったことではない。仮に大詰めだったとして、最後の最後でそんな訳の分からない仕事を任される身にもなってほしい。

 そんなわけで瀬良を神戸において、荒木は東京へと戻ってきた。一人で新幹線に乗り、一人静かに弁当を食べながら、己が瀬良から解放されている現状に気がつく。意外と悪くない仕事かも知れない、と思い直した。もしかしたら普段より楽な可能性すらある。

 迷わず移動をこなし最初にやってきたのは我が社のオフィスである。訪れるのはいつぶりだろか。昼過ぎに「お疲れ様です」と躊躇いなく入室すると荒木がここで仕事をしていた時代とは顔ぶれが変わっていた。案の定「誰だこの人」と言わんばかりの目線をよこしながらよそよそしく挨拶を返してくる者も多い。年単位で離れていたのだから仕方がないが、荒木はやはり一抹の寂しさを覚えた。

 五智のデスクは、とオフィス内を見回すもすぐに分かった。隅の二つが完全に異質だ。紙やらコードが置いてある、手前のデスクがおそらく永旗のものだ。そしてその奥。木彫りの像が大量に並んでいるデスクの側にブルーシートが敷かれていた。

「なにしてんすか?」

 五智のデスク脇に立つと同時に、キャスター椅子に座ったままゴロゴロと近寄って話しかけてきたのは荒木も知っている男であった。一,二年だけ一緒にここで働いていた。確か五智より三つほど年上だったはずだ。こいつの机にも五智ほどではないが人物像が並んでいる。正確にはアニメキャラクターのフィギュアとアクリルスタンドだ。

「五智さん探しやれって」

「社長が?」

「社長が、って言うか瀬良が」

 へえ、という返答はずいぶんと気の抜けた声であった。いいよな気楽で、と荒木はほんの少しだけ苛立つ。自分だってここで普通に仕事をしていたかった。

「お前心当たりない?」

「さあ」

「これ向かいが永旗だよな? こっちもさばくっていいのか?」

「いいんじゃないですか? もう使ってないですし。辞めるって言ってますし」

 ずいぶんと軽い物言いだなあと荒木はあきれた。しかし社長も留守であり、許諾を取るのも面倒なのでこのまま勝手に捜索を始めさせてもらうことにする。五智や永旗がどう思うか知らないが、少なくとも巡は怒らないだろう。

 とりあえず漁りますか、と荒木は袖をまくった。まずはデスクの天板上を眺める。とにかく大量の人物像が並んでいた。サイズはそう大きくない。どれも片手で持てるほどだ。一応置いてあるPC本体とモニター、そしてキーボードとマウスは肩身狭そうに縮こまって埋もれている。もはや机は撤去して代わりに棚でも置いたほうがいいのではないだろうか。

 載っている彫刻は全て木製だ。風合いを見るにそう古いものはなさそうである。荒木は一つ手に取って眺める。どれもずいぶんと写実的だ。小さいながらもかなり細かくディテールが彫り込まれている。荒木には芸術がさっぱり分からない。油画家の瀬良に数年着いているにも関わらず心眼美はさっぱり身についていない。そのせいだろうか。技術の高さはなんとなく察することができるが、美術品としての素晴らしさを感じることはできなかった。強いて言えば華がない。なんだかどれもその辺にいそうな人、というのが素直な感想であった。

 次は引き出しを確認していく。上部の引き出しには道具が乱雑に収納されていた。下の大きな引き出しにはスケッチブックやクロッキー帳が何冊も詰め込まれている。そのうちの一冊を抜き出してめくった荒木は目を見開いた。流石にこれは瀬良のものを散々見ているので分かる。完全に素人だ。下手くそにもほどがある。その下手くそなデッサンの右下に刻まれている日付は二年ほど前のものだ。

 巡に金を出してもらって美大に行ったのではなかったのか。荒木は慌ててほかのスケッチブックを引きずり出して確認する。そこにはきちんと精密で上手な人物スケッチが描かれていた。

「あー、はいはい」などと一人呟いてから荒木は引き出しの中を全て出した。そして中を開いては選別していく。五智のものと永旗のものが混在している事実に気がついたのだ。

 選別作業中、永旗は一枚一枚に日付を刻んでいるが五智は一冊の表紙裏にしか記載しないことに気がついたが、実にどうでもよかった。そんなことを知らなくても簡単に選別できる。画力が比べものにならないからだ。

 結局永旗のスケッチブックは少数であり、詰め込まれていたうちの九割が五智のものであった。荒木は床に座り込んだまま再度中を見ていく。デッサンよりはスケッチがメインであった。そしてどれも人物画である。静物や風景を描いたものは一つも見つからない。

 とにかく多様であった。老若男女問わず描かれているが、成人男性が多いように感じる。少なくとも子供は少なめのようだ。頭部がメインでありバストアップばかり。そしてその顔がなんとも普通である。しかしパラパラとめくっていると時折荒木の知った顔もある。その場合は総じて華やかで整った顔つきであった。いわゆる芸能人だ。荒木は積極的にテレビメディアを見る方ではないが、CMや街頭広告で見たことある顔が変哲ない人のスケッチに混ざっている。

 そこで荒木は一つの仮説を立てた。スケッチも彫刻も、全てモデルがいるのではないだろうか。実在する人物、メディアで見た芸能人から町ゆく人まで、それを五智は紙や木に起こしているのではないだろうか。しかし先ほどから同じ顔は二つとしてない。

 荒木はスケッチブックを一度切り上げてまた彫刻へ戻る。デスクではなく壁に備え付けられた棚を見た。やはり人物の彫刻が立ち並んでいる。

 スーツ姿で電話をしている男、ランドセルを背負った少女、杖をついた老人、エプロン姿で丸いトレーを持った若者。

「荒木さん見てください。ほら」

 真剣に見比べている荒木に向かって、先ほどの後輩がやはり気の抜けた声で話しかけてくる。隣を向くと彼は木彫りの彫刻を持っていた。わざわざ自分の顔の横に掲げている。見比べられるようにだろう。そして荒木は素直な感想を零す。

「そっくりだな」

「はい。やばいっすよねえ」

 それだけ言って彼はまた自分のデスクへ戻っていく。荒木はその背を視線で追いながら逡巡した。本当にそっくりである。彼を知っている人物があの像を見たら、一瞬で名前を挙げるだろう。

 五智はいったいここでなにをしていたのか。何がしたくてここにいたのか。ひたすら人を作り続けている。見かけた人を片っ端から作っているのだろうか。それは一体何のために?

 荒木は再度棚へ視線を戻した。一つ一つの顔を確認していく。二つ目の棚の三段目に差しかかったところで驚愕した。そっと手を伸ばしてその像を取る。そこにいたのは荒木であった。それも何年も前の姿だ。サークル室で瀬良を殴る巡を迎えに行ったころの、駅で五智を待ち構えていたころの、瀬良の絵がある場所へ車で送っていったころの己である。それ以来、荒木は五智に会っていない。

 五智がこの会社に勤めるようになったのはそれからずっと後だ。あの大学を中退して美大に入り、卒業してからのことだ。入社してすぐの作品だとしても、最後に会ってから五年以上は経過している。荒木は震える手でそれを後輩の元へ持っていった。

「なあ、これ。いつ作ったやつか分かるか」

「裏に日付彫ってありません?」

 荒木は恐る恐る裏返した。そこに刻まれた日付は今日から一年半前であった。

「一度見た顔は忘れねえんだ」

 確かに荒木はあの日、五智本人からそう聞いていた。

 人の顔が覚えられない、という話はよく聞く。せいぜいそれの反対版程度に思っていた。もしかしたらその認識は大幅に間違っていたのではないだろうか。

 荒木は彫刻を元の場所に戻して再度スケッチブックをひっくり返す。どれも違う顔だ。一ページに一人ずつ、明確に一目で別人だと分かる人ばかりが描かれている。しかし何冊も確認していくうちに荒木はついにその一冊を見つけた。全てのページに同じ人物が描かれている。瀬良だ。まるで生きているかのように、そして瀬良本人を目の前に捉えてスケッチブックを構えたかのようにそっくりである。

 使用開始が四年前で終了が一年前。そこに描かれている瀬良の絵はどれも今より若い。それもそうだろう。彼らはもう七年以上も会っていないのだ。そんな人物を彼は一年前にこれだけ精密に、そしてそっくりに描いている。

 五智の行き先などさっぱり見当がつかない。荒木に分かっていることは二つだけだ。巡は五智の、一度見た顔は忘れないという症状を治そうとしている。そして五智は姿を消した。

 芸術など知らない。さっぱり理解できない。そんな荒木でも想像できる。人はこれを、少なくとも芸術を志すものならこれを病気とは呼ばないのではないだろうか。

 荒木は躊躇いなく電話を掛けた。巡は三コールでそれに応えた。

「社長、昔五智を美大にやりましたよね? そのときの同期と連絡取れますか?」

「知りませんよそんなの。自分で探してください」

 どうやらことの重大さを理解していないらしい。さっさと切られたスマホ相手に舌打ちをして荒木は調べ物をしようと自分のデスクへ向かおうとした。しかしその机にはとっくに知らない社員が座っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ