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京葉文化大学美術サークル及び株式会社スラストーン美術課活動報告書  作者: 荒間文寧


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4-3

 その後はまた急ぎではない、というかおそらく別にやらなくても支障はないであろう仕事を振られ、そしてまた丁寧に定時五分前に声を掛けられる。きっかりタイムカードを押して永旗はまっすぐ駅へ向かわなかった。

 昨日来たばかりのギャラリーの扉をまた開く。掛かっている絵は当然変わらない。瀬良が座り込んでいた場所を目視するもそこには誰もいなかった。ギャラリー中をぐるりと見回してもそれらしき姿はない。代わりにスーツ姿の男性が見つかった。なにやら別の人と会話をしている。それが途切れて一人になった隙を狙って永旗は近づいた。

「あの、今日は瀬良さんいないんですか」

 完全に外行き、というか仕事用であろう柔和な雰囲気の表情を保っていた男性が、永旗に気がついて「ああ」と漏らす。同時に作られていた表情が若干崩れた。

「瀬良さん、三十分くらい前に帰っちゃったんですよ」

「そうですか」

「今日も瀬良さんと話に来たんですか?」

 ええ、まあ、そんなところです。と永旗は歯切れ悪く誤魔化した。実際のところ自分でも何をしに来たのか分からない。瀬良となにか明確な話題があるわけではないのだ。むしろ瀬良がいないことに若干の安心を覚えてさえいる。ただ漠然とある「知らなければいけない」という感覚に動かされて今日はここまで来た。不満はある。怒りもある。何も知らないまま渦中に放り込まれたような不信感がある。しかしそれを明確な形にするほどの情報を永旗は持ち合わせていなかった。何でもいいから、何かフックになるものが欲しかった。

「あなたはギャラリーのかたですか?」

「いえ、瀬良さんのお手伝いというか、まあ小間使いだと思ってください」

「そんなにすごいんですかあの人。お世話したくなるほどに?」

「別に私の意思ではありません。仕事です」

「なるほど。楽しいですか、仕事」

「別に。面白いときもありますし、やめたいときもあります。少なくとも望んでやっているわけではないですね」

 なるほど、と永旗はまたうなずいた。仕事など得てしてそんなものだろう。そして仕事である以上、彼には給料が支払われているはずである。瀬良の面倒を見ることで金をくれる人がいるのだ。それは一体何者なのか、ちょっと考えた永旗の脳裏に浮かぶのは一人だけであった。

「誰かがあなたにやれと言っているわけですよね? 誰が? ……うちの社長?」

 目の前の男は否定も肯定もしなかった。ただ苦笑を浮かべていた。察してくださいと言わんばかりだ。永旗はもう一度「なるほど」と呟いた。

「あなたは社長の命を全うしているわけですか」

「永旗さんはしないのですか」

「どうしてあなたも五智さんも社長に素直に従うんですか。好きに使われてるだけじゃないですか」

「そりゃあ、仕事ですから。そうやってお金もらって生活してるんですよ我々は」

 五智を治す。瀬良を治すための足がかりとして。永旗が雇われた理由は間違いなくそれだ。

「私にもそうしろってことですか」

「そうですね」と目の前の男は平然とうなずく。

「この会社にいたいなら求められた仕事をするべきじゃないですか? それが嫌なら辞める。シンプルな話ですね。……少なくともやってるように見せるべきじゃないですか? 就業時間中くらいは。逆に言うと、退勤後までそんなことする必要はありません。私も五智さんもしてないです」

「勤務時間中に抜け出してこいってことですか?」

「少なくともプライベートの時間使ってわざわざ悩んだり解決したりする必要はないと思いますよ」

 勤務時間中は求められたことをしろ。プライベートの時間まで引きずる必要はない。なるほど実に現代的で理にかなっている。永旗は目の前の男、もとい会社の先輩を少しばかり見直した。見た目から察するに四十代半ばくらいだろう。もっと昭和的な、堅い価値観を持っていると想像していた。

「正直に言って、永旗さんは完全な被害者でしょう? 許してあげる必要なんてないと思いますよ。逆に利用してやるくらいの気持ちでもいいと思います。彼らのために尽力しろなんて私は口が裂けても言いません」

 意外にも饒舌に語る男の言葉をぼんやりと聞きながら、ああ、瀬良の言っていたことは本当だったんだなあ、と永旗はどこか他人事のように思った。みんな知ってるよ。瀬良は昨日平然とそう言った。そして目の前の男もやはり知っているのだ。

「そもそもあの人たち、治さなきゃいけないんですかね。瀬良さんは確かに不便でしょうけど、五智さんの、一度見た顔は忘れない、なんてむしろ羨ましくないですか? 瀬良さんだって風景画や静物画で十分値がついてます。まあ、私は芸術はさっぱりなんですけどね。別にたくさんの人を傷つけてまで解消しなくてはいけない問題だとは思えません」

「あなたはずいぶんまともというか、普通の人なんですね」

「全く理解できないので言われるがままに仕事するだけですよ。でもまあ、面白がって見ているきらいはあります。端から見てるからこそ面白がれるんですけどね。人の人生をエンタメとして消費しているのだから褒められたものではないです」

 私も性格が悪いですね。淡々と話していた彼はそう呟いてふと笑った。

「永旗さんはこんなものに付き合う必要はないですよ。ただ、今の立ち位置でなにかが手に入るなら、なにかあなた自身がやりたいことを達成できそうなら、是非してください。間違ってもあの人たちに奪われる必要はありません。……社長のことは嫌ってはいませんが、やり方は好ましくない、と思ってます」

「ありがとうございます」と永旗が頭を下げたところで、彼の脇からお客が一人、遠慮がちに声を掛けてくる。永旗はもう一度会釈をしてその場から下がった。客らしき人物は一枚の絵を指さしてなにかを喋っている。おそらく一枚売れるのではないだろうか。


 永旗は後ろ髪を引かれることもなくギャラリーを後にする。優しい人だ、と思った。聡明で読解力が高く、正しい倫理観を持ち、永旗自身の視点を考えてくれる人。地元にもそんな人がいた。一番ではない。でも二番目に多いタイプの人だ。割とよくいる。永旗自身の幸せをうんぬん。割とよく聞いた。そのたびに礼を言った。私のことを思ってくれてありがとうございます。大半の人間は兄を思う。次に母を思う。自分は三番目なのだから、そんな私を一番に思ってくれる人には感謝するのが礼儀、らしい。だいたいそれで合ってると思う。少なくとも外したと感じたことはない。

 ギャラリーを出てまっすぐ駅に進んでいく。往来が増えていく。地元と一緒だ、と悟りながら永旗は大股で駅を目指した。総数が増えただけだ。割合は変わらない。駅前は混んでるし、言うことは変わらないし、永旗を見る目も一緒だ。

 さっさと帰ろうと改札を通る。早く帰って眠りたかった。

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