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翌日、永旗はいつも通りに出社し、いつもどおり急ぎじゃない簡単な仕事を振られ、いつも通り外で昼食を取った。新卒一人暮らしとしては節約をしたいのが本音だ。しかしあのオフィスに対して抱いてしまった苦手意識が永旗を外へ連れ出してしまう。
休憩時間終了の五分前に戻ると、午前中はいなかった巡がオフィスの片隅に立っていた。五智をそばで眺めながらのんびりとコーヒーを飲んでいる。関わりたくないが無視するわけにもいかない。永旗はやんわりと挨拶をした。
「永旗さん、この間はすみませんでした。入社初日から放置してしまって申し訳ない」
「いえ。五智さんが興味深い話を沢山してくれました。とても有意義でしたよ」
我ながら声にとげがある。まあ隠す意味もないだろう、と永旗はそのまま喋った。
「ああ、そうでしたか」と巡の声もワントーン下がる。平然とした顔で彫刻を続ける五智を心なしかにらんでいる。
「永旗さん、よろしければあなたも何か作りませんか。絵でも彫刻でも」
「申し訳ありませんが」
永旗は食い気味に口をひらく。
「美術と図工は筆記テストのお情けで三をもらっていました」
「それは残念」
巡はふわりと笑ったが、その目はどう見ても笑っていない。最初にとげを隠さなかったのは己自身である。永旗はその態度を甘んじて受け入れた。
「やりたくなったらいつでも言ってください。教えますよ、五智さんが」
「ここで並んでやるんですか?」
「ええ」
「ずいぶんと異質ですよね。最初見たときびっくりしました」
「まあ、オフィスで彫刻をやらせている会社なんて滅多にないでしょうね」
滅多に、というかここ以外ないのではないだろうか。彫刻に限らず、オフィスの片隅で芸術をやらせている会社など永旗は聞いたこともない。
なぜここで? と永旗が尋ねると、巡はにやりと笑った。上品とはほど遠い表情だ。
「放っておくと作らないでしょ芸術家って。手を動かしても自分が作りたいものばかり。ここなら進捗もすぐ確認できますしね」
永旗はとっさに五智を見る。何の反応も示さず、淡々と木片を削っていた。それと同時に巡のポケットから電子音が鳴り出す。スマホを取り出してさっさと席へ戻っていった。
「つまり監視されながら作ってるってことですか?」
「そうだな」
平然とした声で五智は返してきた。やっぱり聞こえてたんだ、と永旗は独り言のように呟く。
「五智さん、それでいいんですか」
「別にかまわねえよ。無心で手を動かせればそれでいい。あいつの求めるものと俺のやりたいこともそうかけ離れてねえしな」
かごの中の鳥、というには図体がでかすぎるしかわいげがない。檻の中のなんだろうか。虎では格好がよすぎるだろう。サイくらいがちょうどいいのではないだろうか、と永旗は真顔のまま脳内で五智を動物に例えた。その間も五智はひたすら彫刻刀を動かしている。
「彫刻って楽しいですか」
何気ない疑問をそのまま投げかけたところ、五智はふと手を止めた。数秒ほどじっと固まって、またさくりと木片に刃を入れる。
「別に楽しくはねえな」
「じゃあなんで彫ってるんですか」
「そっちを見るだろ。俺じゃなくて彫ったものを見る。俺じゃなくて、彫ってる手元を見る」
「人に見られたくないんですか」
「そうかもな」
であればなおさらアトリエにでも籠もってやりたいのではないだろうか。オフィスの片隅はあまりにも目立つ。しかし本人は気にしていないらしい。いまいち感覚が分からないな、と永旗は首をかしげたが、まあ芸術家なんて変な人ばかりだろう、と結論づけた。それと同時に昨日のことを思い出す。
「昨日、瀬良さんに会いましたよ」
「そうか」
「変な人でした」
「だろうな」
「絵がとても上手でした。でも、人物画は一枚もありませんでした」
五智は返事をしなかった。下を向いたまま、やはり黙々と彫刻を続けていた。




