北部平定しちゃおうぜ! by 第二王子
「見てくださいよカロ大尉! あれがホブゴブリン! 銀の兜に黒いマギア・アクチュエータ・フレームの対比がかっこいいでしょ……うえっ」
意気揚々とハンガーへ足を向けた私たちを待っていたのは、黒いフレームが露出するフォロワーと、一人の男だった。
赤いドレスシャツの上に、黒い軍服を着ている男。その肩には金色でふさふさの飾緒と、ある階級を表す『不死鳥三つ星』の肩章が取り付けられている。
私はその姿を半目で睨む。カロ様は肩章を見て気づいたのか、顔横に手のひらをまっすぐ立て、敬礼した。
「やあ、元気なようだね。南部の英雄」
「はっ! アゼル=ヴェリタ=ルキアルク大将殿、お疲れ様です!」
そこに居たのは、軍部の長、つまり大将であるアゼル=ヴェリタ=ルキアルク、つまり私の兄であり、この国の第二王子であり、この現状を作り出した黒幕だ。
「そして、元気にしてたかい? セレ」
スタスタとこちらに歩いてくるちい兄様。
「何をしているんです、ちい兄様」
私は最大限の警戒をして迎え撃つ。
「かわいい末妹に会いたかっただけじゃ不服かい?」
「そういって前は何を持ってきたんでしたっけ?」
「ははは、でもいい開発案だったろう? おかげで我が王国はこれという名機を得た」
「これを開発するために先進研は地獄を見ましたけど?」
私の睨みが一層深まる。それだけじゃない、カロ様をオークションに出したことも、ここに彼が着任したこともこの兄のせいなのだ。後者についてはちょっと感謝してます。
「ああ、素晴らしき王国への忠義哉!」
北部のカローネ劇団の決めポーズの仕草を再現した、両手を振り上げて称えるように仰ぎ見るちい兄様。最近の推し活は劇団の箱推しだそうで、服装も演技っぽい返しも染まってしまったらしいです。
「そういう演劇っぽいのはいいです。それで、今度はなにを持ってきたんです?」
このままだと演劇ばりに話が長くなりそうなので、私は単刀直入にちい兄様の企みを聞くことにした。
「ああ、ついに南部の英雄が配備されたF.M.先進技術研究室が本格稼働すると聞いてね。仕事を持ってきたよ」
「げっ」
「淑女から聞いてはいけない声を聞いた気がしたが……まあいい」
ちい兄様は上の軍服を翻しながら、二枚目演劇俳優っぽく不敵に笑い、
「終戦したことだし、北部平定しちゃおうぜ!」
茶目っ気溢れた感じで言った。
すごく……きついです。コレが妻子持ちのすることですか?
「北部平定、ですか?」
私が呆然としていると、カロ様が真剣な面持ちで聞き直した。
「ああ、そうだ。君の活躍もあり、反ルキアルク連合の北部、南部の二面作戦に勝利した我々軍部は、ついに長年の問題に着手することにした」
ちい兄様が拳を握る。
「北部のルツィー神国軍の残党が支配している集落の解放作戦だ」
このルキアルク王国の建国当初からあった問題。
「つまり、神使を我が王国から排除する」
敵国残党の実効支配地域があるという問題だ。
「はあ、わかりましたよ。確かに北部の平定は王国にとって悲願ですし。でも、先進研ができることってフォロワー開発くらいですよ?」
「先進研は、ね。今回の依頼は先進研ではなく、君たちにする予定だ」
ちい兄様は私たちに向かって人差し指を向ける。
「魔導科学の寵児と呼ばれるセレと、南部の英雄であるカロ君にね」
人に人差し指を向けるのはよくないですよ。ちい兄様。
◆◇◆◇◆
王女殿下が依頼の話をそこそこに、お預けになっていたホブゴブリンへ向かうのを見届けた俺は、殿下に向き直る。
この場には、アゼル殿下と俺しか残っていない。
この機会しかない、と俺は殿下に声を掛けた。
「アゼル大将殿、依頼を受ける前に聞いておきたいことがあります」
「なんだい?」
「南部への物資が滞った理由をお聞きしたい」
飄々としていたアゼル殿下の顔が、氷像のような印象になる。
「……南部の物資不足は申し訳ないと今でも思っている。しかし、我が国が生き残るためにも仕方なかったことだと理解して欲しいな」
氷鉄の司令と呼ばれたアゼル殿下は、徹底した現実主義の指揮官だ。戦力評価の能力が非常に高く、故に戦力分配は徹底したデータの上に成り立っている、と聞いたことがある。
そんな彼が言うのだから、そうしなければこの国は負けていたのだろう。
「ええ、理解はします。納得はしません」
だが、軍が、国が南部戦線を捨てたことには変わらない。
南部戦線を終わらせた自分達からすれば、裏切りに近いのだ。
せめて、その言い訳だけは聞いてやろう。
「それでいい。さて、軍の物資供給が偏った理由は、神国軍の兵士――神使の存在だ」
「神使……北部戦線が激戦区となった理由、とは聞いています」
軍部教練の座学で習った内容。
「そうだね。信仰魔術で自らを強化して肉弾戦を挑む神使は、第四世代のフォロワーを持ってしても対応が難しい相手だった」
俺が戦ったことのない、北部戦線の敵。
たしか、神国との戦争が始まった時から投入された、向こうの対フォロワー僧兵だ。
「人の大きさでフォロワーと大差ない膂力を誇り、フォロワーより細やかな足回りと速度を出す。いくら反魔術機構を搭載したフォロワーでも、強化魔術だけは無効化できないのも痛かった」
アゼル殿下が左の肩章を右手中指で叩きながら語る。
「特につらいのはゲリラ戦だ。人の身で隠れられ、突発的に被害を与えながら逃げていく彼らは、戦場では悪夢と言ってもいい」
叩く手が止まり、右手で握り拳を作るアゼル殿下。
「そこで、我々は神国軍を正面から叩き潰すことにした」
そのまま、開いた左手を右手の拳で、パン、と叩いた。
「徹底した殲滅戦だ。神使よりも、数で、稼働時間で、範囲で圧倒する。そのためのリソースの集中、そのための人員投入、そのためのホブゴブリン開発だった」
神使に、いや、ルツィー神国に反撃の手を与えないための殲滅戦。
王国にとっての後顧の憂いを断つための作戦だったのだろう。
そのために、南部では地獄が展開されていた。
北部はゲリラ戦を防ぐために軍資集中作戦が、今度は南部の軍資不足を招いた。その結果、南部戦線で遊撃作戦が主になったのは、どんな皮肉だろう。
「結果、北部戦線は我が王国の勝利。しかし、南部戦線は捨てざるを得ず、結果、反ルキアルク連合とは痛み分けになるはずだった」
氷像のようだった顔が、少し緩み、目を細めて俺を見る。
「南部から届く報告には耳を疑ったよ。なんで南部戦線で勝ってるんだって。まさか、自分の計算を超える者が出るとは思わなかった」
少し笑うアゼル殿下。すでにそれは氷鉄の司令ではなく、先程の王女殿下に向けるような顔だった。
「議会や貴族から君に対して『余計なことをした』と言われるかもしれない。しかし、王族として、民を守る者として、アゼル=ヴェリタ=ルキアルクはカロ・デ・フォンターレ大尉に最大限の感謝を送ろう」
「……受け入れます」
「ありがとう。――そうだ、君も北部に行ってみるといい。南部の現実もあるだろうが、北部には北部の現実がある。そこを見るのも、セレの代わりに君が行う仕事だ」
アゼル殿下が俺に近づき、肩を叩く。
「我が末妹をよろしく頼むよ」
◆◇◆◇◆
「王女殿下」
「なんですー?」
「北部に行って神使と戦ってきます」
「なんで?!」
──◆◇◆◇◆ 次回予告 ◆◇◆◇◆──
北部から帰って来たカロからもたらされた北部の現実。
その情報から、セレスティアは対神使兵器の開発を開始する。
次回、『信仰ってこわいね』
楽しんでいただけたら、応援やブクマで“推し”ていただけると嬉しいです!




