推し、来る。
所長室で、私は机に座る所長の横に立ち、彼を待っていた。
「君は、いつもの格好なのだな」
「仕事場にはこの服と決めていますので」
所長が私の姿を見る。
いつものTシャツと作業ズボン、上から白衣のスタイル。
おめかしをしようか考えたのだけど、結局はこの服装にした。理由は唯一つ、推しバレを防ぐため!
これまで何度かエレンと推しバレしないために作戦を練った結果、研究所で仕事仲間として接することに務める、『職場の同僚作戦』が出来上がった。
いつもの服、いつもの職場、いつもの仕事で過ごすことで、カロ様に会っても大丈夫な精神を養う。完璧な作戦だ。
「……まあいい。今更だな」
所長は目を伏せる。そして、ついにその時が来た。
コン、コン、と扉からノックの音が聞こえた。
「入りたまえ」
『失礼します』
扉の向こうで男の人の声が聞こえ、扉が開く。
黒い詰め襟の軍装に身を包んだ、黒髪の青年がそこに立っていた。
清潔感がある短髪の黒髪、すっとした鼻筋、細い顎と、写真で見た彼のままだった。
多分慣れていないだろう軍帽を浅く被り、こちらに金色の瞳を向けている。
「魔導科学研究所分局F.M.先進技術研究室付、魔導歩兵試験機操縦士を拝命いたしました、カロ・デ・フォンターレ大尉です。
本日より着任いたします。
以後、与えられた職務に全力で取り組む所存です。
ご指導ご鞭撻のほど、何卒よろしくお願い申し上げます」
「室長を務めているグラディウス=アウルネ=ヴェルグラナだ。本研究室の目的は、魔導科学の発展と魔導歩兵の世代更新。そのためには君のような現場を知る者の意見は貴重だ。今後ともよろしく頼む」
「ヴェルグラナ公でございましたか。御高名はかねがね」
「固くならずともいい。私はここではただの責任者だ。室長と呼んでくれたまえ」
「はっ!」
「そして、隣にいるのは」
室長に差し手を出され、私は自分の名前を伝える。
「セレスてゅア=ヴェリタ=ルキアルクです」
うん……噛んだ――――――――!
しかし、私とて一応王女として教育を受けた身。完璧なカーテシーを白衣の裾で決める。リカバーは完璧!
眼の前のカロ様は「セレテュ…ヴェリタ…?」とつぶやき、少し考えてから姿勢を正した。
「セレスティア第三王女殿下でございましたか」
「は、はい」
推しが私の名前を覚えてくれてた! いや、私、王女でした。覚えてても不思議はないね。
「彼女はここの首席研究員だ。試作機の基礎研究を主な研究課題としているので、君は彼女の専任操縦士になる。二人で協力して王国の発展に貢献するように」
「はっ!」
これは前から室長から聞いていた話だ。このせいで『職場の同僚作戦』を実施せざるを得なくなったとも。
だけど、ずっと推しに見られているこの状況は、非常に危ない。恥ずかしさで死んでしまいそう。
「早速だが、彼女が君の仕事として第四世代発展型といえる機体を開発した。セレスティア君、先に行って準備しておきたまえ」
「あ……はいっ」
た、助かった――――!! ありがとう室長!!!
私はそそくさと室長室から立ち去ったのだった。
◆◇◆◇◆
「さて、カロ大尉」
「なんでしょうか、ヴェルグラナ室長」
「室長だけでいい。君が配属された理由は聞いているか?」
「いえ、しかし先程、その足がかりは得たかと」
「君の想像どおりだ。ここにはクセの強い者が……非常にクセが強い者がいる。どうかその者を守ってやってほしい」
「承知いたしました」
◆◇◆◇◆
「ここがハンガーですか」
私が第四世代発展型の準備作業をしていたところ、頭の上から声が聞こえた。
「か、かろたいいっ」
私はすぐさま飛び退く。あ、魔導板を床に置いたままにしちゃった。
カロ様はその挙動に少し驚いていたが、「はい、お邪魔でしたでしょうか」と尋ねたので、私は顔をブンブンと振る。
「そういえば、王女殿下、でよろしいですか?」
「へ、あ、はい、好きなように呼んでください。あと、わたし、堅い言葉は苦手で。かしこまらなくてもいいですよ」
円滑なコミュニケーションには遠慮があってはいけません、とはエレンの意見だ。『職場の同僚作戦』は継続中です。
「それは助かる。俺も南の辺境出身だから、堅い言葉は苦手なんだ」
「よかった、そう言ってもらえて」
はい、推しの笑顔を頂きました! カメラ! カメラどこ!
「ところで、あれが例の第四世代発展型か?」
カロ様が指で指し示した先には、二本角の兜とカイトシールドが連なっている塊があった。魔力肢が出ていないので異様に見えるかもしれないけど、あれはれっきとした第四世代発展型の姿です。変な形は彼女の意見を反映した結果なので、私のせいではない。
「ちょっとイモムシっぽいですけど、あれが第四世代発展型です。私たちは『オーガ』って呼んでます」
「オーガ?」
「ええ、今回の魔力肢のモデルにオーガを採用したんですよ」
私は魔導板を拾い、予想完成図を見せる。
二本角の兜を被り、カイトシールド状の背負いものをつけた浅黒い偉丈夫の姿だ。二の腕、太ももに輪っかがあることも特徴だ。
今回、魔力肢で再現する魔物の体であるオーガ種は、頭に生えた二本角が特徴の中級上位に位置する魔物で、高い膂力と高身長、高い身体レベルで追い回してくる、体力オバケみたいな連中だ。
「あのオーガを……なかなか厄介なやつを」
軍部の魔物狩りで戦ったりしたのか、カロ様が眉を寄せる。
「ええ、かなり調整に苦労した、と研究員が」
魔物の遺伝子である魔体子から、魔力肢に必要な要素を取り出し、魔物化を防ぐ調整を行う人工魔体子設計は、非常に高度なスキルと忍耐力が必要になる。
アルト研究員、きみはよくやってくれた。今度焼き肉を奢ってあげよう。
「早速乗ってみますか? まだ魔力肢展開試験をしていないので」
「初仕事、ということだな。分かった」
「じゃあお願いします。アルト研究員ー!」
新機体ということで、あのカロ様も少し楽しそうなご様子。
うーん、尊い。
私は近くにいたアルト研究員を呼び出した。
「なんすかー、セレさまー」
「カロ大尉をオーガのコックピットに案内してあげて」
「お、南部の英雄様っすね! 後でサインください! じゃあこちらへ〜」
「あ、ああ」
アルト研究員の奔放っぷりに戸惑いつつ、カロ様はオーガへ向かった。
ハッチを開き、操縦席に入るカロ様。かっこいい……。脳内のアルバムに保存しないと。
魔導板を操作して、各種パラメータをチェックする。
さて、そろそろ起動するかしら。魔力肢がちゃんと発動するか確認を……あれ? カロ様が操縦席から出てきた?
まっすぐこちらに向かってくる?
なんだかすごく慌てているカロ様。
そして、カロ様は私に向かってこう言った。
「王女殿下……これ、俺の機体ですよね」
なななななな、なんでバレたの――――――!
──◆◇◆◇◆ 次回予告 ◆◇◆◇◆──
どうして推しの機体を改造したことがバレたの!
そこから推しの現実を知り動揺するセレスティア。
いや、それよりも推し活社会的死が迫っている。
セレスティアはカロを説得できるのか?
次回、『推しバレ、せ、せーーーーふ!(セーフではない)』
楽しんでいただけたら、応援やブクマで“推し”ていただけると嬉しいです!




