リコ樹国へ 1
ガタン、ゴトンと車輪が線路を刻む音が響く。
私は車窓を流れる緑の景色を見ながら、思いふけっていた。
『そういえば、セレ様もしばらくリコ樹国へ行っていませんし、たまには旅行に行きませんか?』
と数日前に提案したエレンは、私の隣でリンゴを剥いている。
ナイフから出る皮はひと繋ぎで床に落ちそうになっていた。
『カロ様もちょうどリコ樹国へ行くのでしょう? でしたら、護衛をお願いできませんか?』
そして、私の向かいにはカロ様が座っていた。
どうしてこうなったの……?
私は推しを眼の前にして、ひどく緊張していた。
「カロ大尉、そういえばレッドキャップ――」
会話がない状態に耐えきれなくなり、私はカロ様と話題を作ろうと話しかけたけど――。
「セレ様? 研究は禁止ですよ」
エレンに話題を却下された。
「うぐっ」
今の私は、カロ様と唯一緊張せず話せるフォロワー談義を封じられているのだった。
「エレニア様も厳しいな」
カロ様も、私たちの様子に苦笑する。
「最近は特にですが、楽な方へ逃げようとしますからね、セレ様は」
「研究の話は楽な方なのか……。あんなに難しそうな内容を考えるほうが辛そうなものだが」
身体を動かす方が楽とも言いたげなカロ様。私は逆にそっちが苦手です。
「好きなことに熱中できるのは、言い換えれば眼の前の現実から目を背けることですから」
「なるほど、確かにそうかも知れないな……」
カロ様は、右手を握ってから目を伏せた。
…………。
――どうしよう。会話がない……!
すでに天気の話題は消費、趣味の話なんて推しバレの危険があるからできるわけもなく、共通の話題である先進研の話題もエレンが目を光らせている。
ただ、魔導列車の動輪の音が響く車内で、私にとっては気まずい無言空間が展開されていた。
「そういえば、この話題は聞いていいのかわからないのだが」
そんな空気を察してか、カロ様がふと思い出したように、私に尋ねる。
「どうして魔石が消費されると魔物が出やすくなるんだ?」
「あ、えーっと」
私はちらり、とエレンを見る。
「ふむ、ただの講義内容ですし、いいですよ」
お上の許可が下りたぞ―! やったー!
「それはですねっ! 原始魔法が関係するんです」
「それだ。原始魔法ってなんなんだ? 確かスプリガンにある魔力肢も原始魔術が使われているんだろう?」
「はい、原始魔術は原始魔法のマネごとをする魔術ですね」
私は魔導板を取り出し、原始魔法の下に矢印を伸ばし、原始魔術と書く。その矢印に「劣化複製」と書いた。
「原始魔法とは簡単に言うと、世界のルールを決める魔法です」
「世界のルール?」
「はい、神話にもありますよね、『この世には最初、魔法があった』と。世界の始まりを告げる魔法、世界の形・ルールを決める魔法、それが原始魔法です」
リンゴが剥けましたよ、とエレンがリンゴを携帯まな板にのせて私たちの間に差し出してくる。
私とカロ様は一切れを取り、シャクリと食べる。
「……すごい壮大な魔法だとは分かった。しかし、それと魔物がどう関係するんだ?」
リンゴを飲み込んでから、カロ様は疑問を口にする。
たしかにスケールが大きすぎて、理解の範疇を超えてるよね。
「魔物というのは、この世界の魔素を循環させるシステムの一つだからです」
「魔素を循環させるシステム?」
「はい、私たちの中で魔素は魔力になり、魔術で消費されますが、実は魔素自体はなくなっていないんです」
魔導板に魔素→魔力→魔術と書いてから、魔素が無くなる図を書いて、その上にバッテンマークを書く。
「魔素には活性状態と不活性状態があって、魔法や魔術は活性状態の魔素から不定形エネルギー、つまり魔力を取り出して、不活性状態の魔素にしているんですね」
「お、おう?」
「リンゴでいうと、元気でパワーがある魔素がこのみずみずしい一切れです。これを手や絞り機を使ってジュースを作ります。残った魔素は、ジュースを絞った後の、リンゴの搾りかすのような状態になるってわけです」
ちなみに、ジュースは魔力で、手や絞り機は生命活動や魔導核のことだったり。
「なるほど、わかりやすい」
「そして――魔物はこの不活性状態の魔素を使って作り出されてるんです」
魔導板に、搾りかす魔素から矢印を伸ばし、デフォルメの魔物の絵を描き、『誕生!』と書いた。
「搾りかすから魔物が出来ているのか?!」
驚愕の声を出すカロ大尉。相変わらず反応が良い!
教え甲斐があって良いですね!
「正しくは、搾りかすの魔素を、また元気な魔素にするのが、魔物の根源的な役割であり、ルールなんです」
そして――と私は続ける。
「魔法や魔術が多く使われると、搾りかすである不活性魔素が増え、元気な活性化魔素にしようと、多くの魔物が生まれる、と」
「なるほど」
「だから、昔から戦争が起こると魔物の氾濫が起きやすいんです。人が死んで、魔素は多く消費されますから」
私はもう一つリンゴを手に取り、しゃく、と噛んだ。
「今から行くリコ樹国は、そんな人が起こした戦争の負債を請け負ってくれていた国なんです」
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