推し、キレる
俺が先進研に来て、半年が経った。
最初の頃は、戦場とは違う雰囲気で緊張していたが、今では研究員の皆と茶を囲む仲になった。
話してみると、なかなか面白い連中だ。
かたや魔物マニア、かたや兵器マニア、魔術蒐集家に魔法研究家と、魔導歩兵を開発する研究室なのに、研究員それぞれで違った専門分野を持っている。
もちろん専門研究の熱量も高く、先進研の仕事とは別に、休みも自分の研究に費やすことが珍しくない。
それに対して俺が「なかなかクレイジーだな、君ら」と言ったら「鍛錬マニアのカロ大尉に言われたくないっすね!」と言われた。
別に俺は鍛錬マニアではない……と思う。
朝の鍛錬を終え、剣を鞘に収める。
タオルを取りに行こうと振り向いたら、メイド衣装を身にまとったエレニア様がいた。いつかと同じように、手にはタオルを持っていた。
「カロ様、これを」
と、タオルを差し出すエレニア様。俺はそれを受け取る。
「ありがとうございます。ところで、どうしたんですか、エレニア様」
「ええ、カロ様にお願いがありまして」
「お願い?」
「はい、ちょっとセレ様を叱ってくれませんか?」
真剣な顔をして、エレニア様がそう言った。
「……はい?」
「最近、セレ様が調子に乗っていまして」
「調子に乗っている??」
「はい、もうノリノリです」
今この人、ノリノリって言ったか?
あまり表情が動かないエレニア様だが、この半年で茶目っ気のある性格だと分かってきた。
「最近、レッドキャップが正式に第五世代になりましたが、それで調子に乗っています」
調子に乗る王女殿下……確かに、最近は鼻歌を歌いながら廊下を歩いていたり、魔導板を振り回しながら踊っていたり、機嫌は良さそうだったが。
「第五世代に認められたのはいいことでは?」
「それはいいことですが……」
エレニア様が俺に近づき、つま先立ちをして俺の耳元で囁く。
どきりとする仕草と耳にそわっとした感触に鼓動が高鳴りそうになったが、その囁きの内容に俺は驚愕する。
「……え? いや……は?」
「ということなんです」
これが事実なら、由々しき事態だ。
何やってんだ、あの姫様……!
「今すぐ行きましょう。こんな暴挙見逃してはおけない」
俺はタオルでざっと汗を拭き、片手剣をラックにしまう。
いつもは俺がいない時間帯の今なら、現場を抑えることができるかもしれない。
「理解が早くて助かります、カロ様。やっぱり私のことはエレンと」
「流石にそれは……」
「残念です」
ちろり、とエレニア様は舌を出した。
◆◇◆◇◆
先進研には、開発したフォロワーを仕舞うための倉庫が研究棟にいくつか併設されている。
その中の一つ、セレスティア第三王女殿下のために建てられた真新しい倉庫の作業員用扉を俺は開ける。
「え、カロ大尉とエレン?! なんでこんな時間に?」
その中には、王女殿下と先進研の研究員が数名。薄暗くてわかりにくいが、結構な人数だ。視線の数からして、十五名。
「王女殿下、一体何をしているんだ?」
「べ、別に何もしてないよ! いつも通り倉庫のフォロワーをメンテしてるだけだし!」
そういう王女殿下の眼は泳ぎに泳ぎまくっていた。
「そうか、じゃあ倉庫の明かりをつけても問題ないな」
「あっ! ダメで――――」
俺は魔導電光のスイッチを押した。
そこには、フォロワーが持つ大きさの手持ち武器が、ずらりと並んでいた。
ボウガンに近い武器
片手剣
斧槍
巨大なメイス
大剣ほど大きくはない剣
フォロワーの身体ほどある盾
それらの金属光沢が目を突いてきた。
「あわわわわ」
「王女殿下」
俺は顔をぐるん、と王女殿下に向ける。
「ひゃいっ」
その動作に驚いたのか、王女殿下の声に怯えが乗る。
彼女はべたん、とその場で地面に尻をついた。
だが、そんなことは関係ない。
「これらは、なんだ?」
「違うんですよ?」
必死に首を左右へ振る王女殿下。いきなり否定から入っていて、話のキャッチボールがめちゃくちゃだ。
「確か、レッドキャップの開発で今年度の予算は使い切ったと言ってなかったか?」
話を戻すために、何故俺が追求しているかを語る。
そう、この先進研には今年度の開発予算がないのだ。
そのため、今できる仕事はレッドキャップの調整や、量産に向けた製造の最適化プランの検討ぐらいなものだ。
ぶっちゃけて言うと、先進研は暇だった。
「カロ大尉、これは我々が持ち寄った研究予算で……」
研究員の一人が王女殿下をかばうような発言をしようとするが、
「だまらっしゃい!」
俺は一喝した。
「だ、だま……」
研究員は驚いて言葉を失う。
俺は尻もちをついている王女殿下に近づき、屈んで目線を合わせる。
「王女殿下、別に開発するなとは言わない」
「は、はい」
「ただ、限度というものがある」
俺は王女殿下の顔を両手で挟み込んだ。目線を逸らさせないために。
「王家という立場で、主席研究員である貴女は、周りを巻き込む力の大きさを自覚するべきだ」
この半年で分かったことがある。この姫様の、先進研での求心力が半端ないのだ。彼女が立ち上げたプロジェクトは先進研全体を巻き込んでしまう。今回も得意なプレゼンで各人の研究心をガッチリ掴み、私財を入れ込むほどの熱狂になったのだろう。
「で、でも、せっかくレッドキャップ君が正式第五世代になったし、あの子に相応しい武器、欲しくありませんか? 欲しいですよね?」
目線を外さないように頭を掴んでいるのに、王女殿下の翠玉の瞳が上下左右に細かく揺れる。
しかも理由が、なんとも幼稚だ。
「王女殿下……いい加減にしないと、――怒るぞ」
「ぴっ!」
俺は言葉に威圧を少しだけ込める。
「武器は現状の軍部採用の武器でも十分だ。むしろこれ以上は人間相手には過剰だろ。だいたい、こんなに大きなメイスは何を倒すために作ったんだ?」
「え、えーっと……ドラゴン?」
「へえ……伝説級の魔物を倒しに行くのか。それは腕が鳴るなぁ?」
俺は口角を上げ、歪ませる。微笑むように目を細めて、じっと王女殿下を見た。
「ひゃふ」
そして、彼女は恐怖で気を失った。
「なるほど、室長も眉間の皺が深くなるわけだ……」
俺は仰向けで倒れる王女殿下を見て、頭を抱えた。
──◆◇◆◇◆ 次回予告 ◆◇◆◇◆──
セレスティアの暴走を沈めたカロは、室長から現実を知らされる。
――魔石が、ないのだ。
同時期、西の国より依頼が届く。
戦争で後回しにしていた、森の魔物を早くどうにかしてください、と。
次回、『魔石が欲しい、大量に。 by 先進研室長』
楽しんでいただけたら、応援やブクマで“推し”ていただけると嬉しいです!




