南部の英雄、北部で一方的に暴れる 3
◆◇◆◇◆
神使たちは隣の集落から森を駆け抜ける。
暴走列車がごとく一直線に、行く先に邪魔なものはすべてなぎ倒しながら進む。
大地が揺れ、風が起こり、邪魔なものは粉砕する――膨大な魔力による強化魔術がなせる芸当だ。
湿った土埃が舞い、雷鳴のような音があたりに響く。
彼らが通った跡は、獣道とは言い難い、立派な道になっていた。
「森を抜けるぞ、警戒を怠るな!」
隊長格の司祭が他の神官に命令する。神官たちが頷いたことを確認した司祭は、速度を上げ、木々をなぎ倒しながら森を突き抜け、開けた平地に足を踏み入れた。
その先にいたのは、一体の魔導歩兵。
「……赤い兜の魔導歩兵?」
神官たちが足を止める。
彼らの視線の向こう、集落の防壁の前、片手剣を装備した魔導歩兵が一体だけ立っていた。
赤い兜と鋼の長靴が特徴的な機体だ。しかし、ホブゴブリンとは違い、銀色の外装の隙間から金属のフレームは見えず、浅黒い布で覆っているように見えた。
その魔導歩兵はこちらを見ず、兜を伏せていた。
「新型ですか?」
「そうだろうな。だが、おかしい……。先に戦闘していたはずのゼレフ司祭の姿が見えない……何?!」
神官たちが現状確認を行おうとした時だった。
突如、魔導歩兵の下から、大量の魔力が溢れ出したのだ。
その魔力は魔導歩兵へと集まり、赤い力線となって、浅黒い肌の上を足から胴体、そして腕に、頭へと走る。
頭に昇った赤い魔力は、実体化し、収束する。
その形はまるで、錣の長いフードのようだった。
ゆらゆらと立ち上る赤いフード。魔導歩兵の身体を巡る、赤く発光するライン。
「なんだあれは……!」
驚愕の声を出す司祭。その声が聞こえたのか、赤いフードが、顔を上げ、神使たちを赤い眼光で捉えた。
「ひっ」
若い神官だった神使が恐怖のあまり声を上げる。
「臆するな! この人数でかかれば負けることは――」
『この人数でかかれば、――何だって?』
魔導歩兵から声が聞こえた。
次の瞬間、声を上げた神使が鋼の長靴で蹴られ、飛んでいた。
その神使は森の樹にぶつかり、神使の衣装と仮面が消えていく。
そんな馬鹿な、司祭が呆然とした声で呟く。神使化が時間以外で解けるなど、聞いたことがない。
『ひとつ』、と呟いた魔導歩兵は蹴りを放った足をゆっくりと戻す。そのまま半身をずらし、片手剣を神使たちに向け、構えを取る。
『デザートスプリガン隊・隊長――いや、魔導科学研究所分局F.M.先進技術研究室付魔導歩兵試験機操縦士――カロ・デ・フォンターレ。F.M.P5GN-expand.RC『レッドキャップ』の強化魔術性能試験を開始する』
◆◇◆◇◆
強化魔術『エンハンスブースト』が、俺の身体を――レッドキャップの身体を駆け巡る。
圧倒的な力と全能感が俺の身体と脳が感じていた。
なるほど、強化魔術というのは、確かに面白い。
自分の力に、魔力による可能性を上乗せする力。
力があればできたことを、一時的とはいえ叶えてくれる魔術だ。
だが、この力の本流に飲まれたら、人は自分を見失うだろう。
眼の前にいる、神使のように。
神使を見て、ギリ、と口を噛み締める。
先程の集落にいたルツィー神国の残党は、どれも王国民を人間として扱っていなかった。
強制労働は当たり前、魔術に素質がある子供はさらい、住民を私物化する。
それを正義という彼らに吐き気がする。
そして、それに対応できない軍部や、三ヶ月も放置した自分にも怒りが込み上げる。
この赤い強化魔術は、俺が今持っている感情の具現だ。
そう、俺は怒っていた。
レッドキャップは、怒りの色を纏っていたのだ。
魔導核がその感情に同調する。強化魔術の速度上昇、筋力上昇、耐久力上昇に合わせて、魔力導線による魔力供給が上がる。
やっと動き出した神使の一人は、俺の下に潜り込み、拳を上へ突き上げようとする。
その技は、前にも見た。
俺は即座にかがみ、がら空きの側面に回し蹴りを叩き込む。
『ふたつ』
鉄靴を叩き込まれた神使は錐揉みしながら飛び、地面を数度バウンドしてから、神使化が解ける。
次は後ろから、二人が飛びかかる。
エンハンスブーストは五感も強化されているようで、音や風の動き、そして振動から、視界の外でも相手の動きが分かる。
屈伸からの跳躍。高度で勝った俺は、そのまま片手剣の腹で神使を叩き落とす。
地面に叩きつけられた二人の神使。俺は二人を潰れないように踏みつける。
『みっつ、よっつ』
そこで、相手の行動が止まる。
逃亡を考えているのだろうか。
正義ボケもここに極まれり、だ。
俺は最小の動作で剣の鞘を腰から取り外し、投げた。
回転する鞘が飛んでくるという不意打ちをくらい、木の幹まで飛ばされる神使。
俺はそこに鉄靴で追撃する。
『いつつ。――逃がすと思うか?』
地面に落ちる神官。これでも命に別状はない。
『神使』は神に愛されている、からだ。
「天罰脚だ、天罰脚を使え!!!」
リーダーっぽい神使が言う。天罰脚っていうと、あの天高く飛んで蹴りを放つアレか?
前回は受け止めて痛い目を見た蹴り技だ。
いいだろう。今度は迎え撃ってやる。
俺は片手剣を構える。
王女殿下によれば強化魔術というのは身体の強化だけにとどまらない。
他には、武器の強化や、魔術自体の強化も強化魔術の範疇と聞いた。
鉄靴のような特殊な装備は発動している魔術と競合するため強化できないようだが、この標準片手剣であれば。
剣へと強化魔術のラインが伸びる。赤い発光が剣を包み、そして、剣の大きさを拡張する。
魔力肢のような、レッドキャップの帽子のような、魔力による実体化。
大剣となったそれを背負うように構える。
天高く飛ぶ四人の神使。頂点に達し、俺めがけて蹴りを放つ。
その足には、黄金の魔力が渦を巻く。ドリルのような魔力は更に高速に回転し、光り輝く。
「「「「天・罰・脚!!!」」」」
必殺技、叫ぶんだ。かっこいいな。
『エンハンスソード・暴風斬』
俺も呟いてみたが、ただ恥ずかしいだけだった。
気を取り直して。神使たちに向かって、膂力と魔力を込めた横薙ぎを放つ。
解放された赤い魔力の暴風が起こり、神使たちがそれに巻き込まれた。魔力の渦が乱れ、あらぬ方へ飛んでいく神使たち。
天罰脚とやらが外れた神使たちは、その勢いのまま、地面に埋まってしまった。
俺は埋まった神使を蹴って、神使化を解除する。
強力な技は、失敗すると大惨事になるってことだな。
胸に刻んでおこう。
『まとめて、ここのつ。なるほど、こういう強化魔術の使い方もあるのか』
残り一人であるリーダー格の神使は既に逃亡している。
部下を目眩ましにして逃げたのだ。
本当に神官かこいつら?
よし、と俺はその逃げるリーダーに向かって、飛んだ。
『天罰脚』
赤い渦が伸ばしている片足に展開され、フードの長い錣が赤い軌跡を作る。
まるで空から降る迷い星のように、速度と熱と共に、地面へ墜ちる。
その衝撃で、森の大地に巨大な穴が空いた。
熱は木を焼き、赤い渦は地面をえぐり、余波は森全体に響き、石は溶けたガラスとなる。
そのすり鉢状に空いた穴の中心で、神使化が解けた神官が伸びていた。
『とお、っと』
その惨状の影響を受けないよう、俺は神官を拾い上げる。
真似た天罰脚の影響か、エンハンスブーストは解除されていた。
「強力な技は、失敗しなくても大惨事になるってことか」
燃え広がる森、巨大な穴、ガラス化した地面。
今までのフォロワーでは到底起こし得ない、小さな町が消し飛ぶ規模の破壊の痕だった。
「……つ、次からは気をつけよう。うん」
大惨事から目を背けながら、穴から脱出すると、通信が入った。
『森から正体不明の衝撃波を感知したが、状況は!?』
『神使はすべて無力化した。また、戦闘により森に穴が空いた。森も燃えているので、処理をよろしく頼む』
『え? は? 穴? 燃えている?』
『俺はこのまま次に向かう』
『次?!』
『ここからは『信ずるは誰ぞ』が露見する前に神使を倒す、時間との戦いだ。――神使を王国から一掃する』
俺はレッドキャップを走らせ、神使が作った森の道をそのまま進む。
一日も早く、北部の人を救うために。
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