南部の英雄、北部で一方的に暴れる 1
『セレ、あなたすごいわ! ドンピシャよ!』
「ちい姉様、耳が痛いです」
『ごめんごめん、でも、これは戦後交渉で大きなカードになるわ。ありがとう、セレ』
「……どういたしまして。ということは、そろそろ始めるんです?」
『ええ。直にアゼル大将から通達されるわ、北部平定作戦の開始が』
◆◇◆◇◆
祈りの時間が終わる。ルツィー神への祈りが。
ルツィー神国の僧衣、薄青の布地に銀の刺繍が入った貫頭衣を着た十数名ほどの集団が立ち上がる。
その顔ぶれは、顔に皺が入った者からうら若き者まで男女様々だ。
しかし、その全員は神使の魔術を扱える魔術師だった。
そのルツィー神国の魔術師――神官たちが実効支配しているのが、ルキアルク王国北部にある、この集落だった。
魔術師たちはこの集落の長の家だった場所の食堂の席につく。
集落の住民たちは、なにも言わず、食事の配膳をする。
その手は、震えていた。
神官たちは、その様子に何も思わない。なぜなら、震えている彼らはルキアルク王国に住む者であり、悪である魔導具を利用する者たちだからだ。
悪であるからこそ、彼らの価値観では慈愛の対象にならない。
彼らが属するルツィー神国は、ルツィー神を崇めている宗教国家だ。
しかし、実際はルツィー神というネームバリューを利用して様々な国家へ浸透工作を行う侵略国家だ。
慈愛と正義、そして子守の神であるルツィー神は、どの地域で信仰されていても不思議ではない神だ。
そんなルツィー神信仰の総本山となったルツィー神国から派遣された神官は、信仰魔術で治癒をほどこし、住民に教養を与え、集落や村の顔役と懇意になっていく。
そうすれば、後は容易い。末端から広がる信仰という毒は、思想の侵攻へと変わり、ルツィー神をその国の主神に据えることができれば、ルツィー神国の傀儡化は完了する。
『あなたの国の主神はルツィー神ですよね。私たちの言うことを聞けないということは不義になりますが、どうされますか?』
そう直接言われた国はないだろうが、神の天罰を恐れる者は、この世界では多い。
なにせ、神は前触れもなく人から奪うことができる存在なのだから。波風を立てないことこそ、無難な回避方法なのだ。
しかし、それを突っぱねた国があった。
それどころか、神官が行う治癒魔術を盗み取り、魔術という神に選ばれし者が扱える神秘を解析して誰にでも扱えるようにする、魔導科学を標榜する国。
ルキアルク王国だ。
彼の国は自由信仰を掲げ、そのかわりに主神は取らないと宣言した。
さらに、魔導科学による治癒魔術を開発し、ルツィー神国の利権を丸ごと奪っていった。
最初は小さな国であったが、魔導具産業で勢力を伸ばし、魔導歩兵という兵器ができてからは飛ぶ鳥を落とす勢いで発展し、一気に大国へとのし上がった。
これには、当時のルツィー神国も危機感を募らせた。
隣にできた新興国家が、ルツィー神国の核を崩す存在だったのだから。
それにもともと、直接的な戦力はない信仰魔術を扱う神官が集まった国だ。
拡大を続けるルキアルク王国の武力に、神国は対応する術がなかった。
これが、上位神官たちだけに伝わる、神国の存続危機のあらましだ。
しかし、戦場へ向かう下位神官たちには、ルキアルク王国は神を否定する無神者だと教えられる。このように神国の上層部は信仰をうまく使い、国家を運営している。
若い神官も、まさか侵略の手伝いをしているとは思っていないだろう。
あくまで、力を持って不義を罰しているという認識なのだから。
そして、ルキアルク王国に危機感を覚えたルツィー神国は、神との取引によって、神使の魔術を得た。
魔導歩兵と一対一で戦える神使へと変身する魔術は、ルツィー神国の状況を一変させた。
神官の傭兵化だ。
正義の名の下、不義と断じる力を得た神官は、各国において傭兵として採用された。
そうして、戦争での実績を積み上げ、各国をまとめ上げ、ルキアルク王国を悪の王国とした、反ルキアルク連合を立ち上げることとなった。
しかし、彼らは負けた。魔術師という限られたリソースでは、工業的に生産される魔導歩兵の物量に勝てなかったのだ。
もちろん、ルツィー神国は以前にも負けたことはあった。その時も今と同じようにルキアルク国境付近の集落を支配し、本国が攻め入る時に同調して動き出す。
それまでは、支配した集落で我が物顔で過ごし、ルキアルク軍からは逃げるか、散発的なゲリラ戦を行う。
この活動も彼らの認識では悪の王国に対して行う正義なのだ。
彼らは昼食を取る。最初はまずかったが、何度か教育することで、今では彼らの口に合うものになった。
「そういえば、三ヶ月前の魔導歩兵、倒し切りたかったなぁ」
若い神官が分厚い肉にかぶりつきながら言葉をこぼした。
その言葉で、その場の全員が思い出す。
三ヶ月前、一体の魔導歩兵が近づいてきた。
ヌカハ平原の決戦で戦った魔導歩兵よりも練度が低い、まるではぐれの魔物のような、一体の魔導歩兵。
しかし、何故か倒れない。これまで数多くの魔導歩兵を屠ってきた技を叩き込んでも、致命傷を避けていく。
また、魔導歩兵の一撃が侮れなかった。
戦闘後半に見せた、これまで見たことがない魔導歩兵による全身の力を込めた横蹴り。
その蹴りを食らった神使は空を飛び、戦場外へ運ばれた時は、その場にいた全員が冷や汗を流した。
時間が経てば経つほど練度が上がる魔導歩兵。
神使の隊長はそれを脅威と判断し、天罰脚――天高く上がり、蹴りを放つ神使の必殺技――の使用を許可した。
しかし、それでも仕留めきれず、魔導歩兵は逃走。追っているうちに神使化が解け、時間切れとなった。
「そうだな。次に戦うときは、確実に脅威になるだろう」
「ですよね。あー、悔しいなぁ――あ?」
若い神官が頭の後ろで腕を組んだその時、甲高い金属音が聞こえた。
――警鐘だ。
神官全員が家の外に出る。
「何事か!」
「はっ、魔導歩兵が一体、集落の外に現れました!」
隊長の問いに、外で待機していた神官が答えた。
その場にいた全員、デジャヴを感じていた。
「一体……前のやつか?!」
「いえ、わかりません。前のものとは特徴が異なります」
神官たちは集落の門の先を見る。
その先には、赤い兜に、鋼の長靴を装備した魔導歩兵がいた。
遠目でわかる特徴はそれぐらいだ。黒い体や装備している剣は他の魔導歩兵と同じに見える。
「一応、隣の集落で待機している者たちに連絡しておけ。前回の反省も含め、全員で仕留めるぞ、出し惜しみは無しだ」
『了解』
神官たちは天へと両手を上げ、魔力を込める。
『天におわしますルツィー神よ。我らにあなたの使いとなることを許し給え。あなたの正義を示す、仮面と衣を与え給え』
魔力を捧げ、彼らは神から神使となる仮面と衣装を得る――はずだった。
いくら待っても、神使にならないことに不思議がる神官たち。
しかし、隊長の男はその事実に気づき、門の向こうにいる赤い兜の魔導歩兵を睨み、叫ぶ。
「一体、何をした……! ルキアルクの無神者どもォオオオ!!!」
そして、赤い兜は走り始めた。
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