信仰ってこわいね 1
「な、な、な、な……」
北部に行くと言い出したカロ様を見送って一週間が経ち、私の目の前には、ぼろぼろになったホブゴブリンがハンガーに吊るされていた。
「すまん、負けてきた」
カロ様が私から目をそらして、いつもの口調で報告する。
「なんですかこれは! 新品だった外装がぼこぼこ! 腕のフレームはひん曲がってて太ももの魔筋(魔導流動筋肉の略)はぶち切れ! 流線型なんてなかったかのような凹み具合の兜! まあこれはこれで歴戦の戦士っぽくていいけど」
私はぶち切れ寸前だった。たとえ推しでもやって良いことと悪いことがあります!
「つまり、スクラップ寸前じゃないですか、何してきたんですカロ大尉!」
「だから、神使と戦ってきた」
「普通はこうなりません! こうなった経緯を! あますことなく! 正確に! 誤魔化さず! 白状しろ!」
半目でカロ様を睨む私に怖気づいたのか、カロ様がぽつりと呟く。
「……神使十人ほどと戦ってきた」
「一人ずつ? 同時に?」
「……同時に」
「なにやってんですか?!」
ホブゴブリンと神使の戦力は互角なのに、十人相手に戦おうとするなー!
はぁはぁ、と息が荒くなっていたので、少し落ち着かせてから「それで? どういう状況だったんです?」と私は聞く。
「一つの集落に寄ったらわさわさ出てくるとは思わないだろう? 故郷の水盗虫を思い出したよ。正直、十人分の仮面がこちらを向いた時、背筋が凍った」
水盗虫は南部で有名な水を溜め込む習性を持つ虫で、水場でいっぱい発生することから気持ち悪い虫の代表格みたいな存在だ。想像するだけでもぞわっとするのに、それが一斉にこちらを見たなら。
「うわぁ……怖ぁ……」
私は水盗虫並みに出てくる神使を想像し、鳥肌を立てる。
「ともかく、報告はするから、王女殿下は落ち着いてくれ」
そんな私の背筋を伸ばすように、カロ様が両肩を掴んできた。
そして、一八◯度回転させられ、そのまま研究室へ向かうように背中を押される。
「ひゃい」
私は突然のスキンシップにドギマギしながらも、カロ様と自分の研究室へ歩いていくのだった。
◆◇◆◇◆
「神使は強かった。以上」
「ふざけてます?」
簡潔な言葉を述べるカロ様を、私は睨む。
「冗談だ。なんというんだろうな、ありえない強さだったと言うべきか」
カロ様は、体験したことを、言葉を選びながら伝える。
選びながら、ありえないという言葉が出たことに、私は引っかかりを覚えた。
「ありえない?」
「人間が持っている魔力で、あれだけの強化をするのは無理がある。それに、魔術で服装まで変化して兜まで被るとか、強化魔術に必要なのか? 最初から着とけばいいのに」
信仰魔術を発動した神使は、その姿までも変わる。魔術を発動した直後、赤い目がついた鉄仮面と、妙に身体にぴったりな衣装を装備した姿に変わるのだ。
しかも、その装備の性能もすごい。フォロワーの質量で殴っても壊れず倒れず、速く動いても破れることがない。
「ああ……神使の信仰魔術はわかってないところが多いですけど、あの異常な出力の理由は判明しています。要は神から借りてるんです」
「神から借りる?」
「信仰魔術っていうのは、信仰している神さまに『助けてください!』ってお願いする魔術なんですよ」
私は席から立ち、黒板に向かう。
「なので、限りなく魔法に近い魔術と言われることがありますね。あ、魔法と魔術の違いってわかりますか?」
「魔導科学教本にあったな。確か……、魔法は神や精霊でしか行えない環境魔素を使用した事象発現、魔術は生命活動と体内魔素を用いた事象発現だと、書いてあった」
あまり理解が進んでいないのか、棒読みのカロ様。
「はい、ざっくり言えば、やばい存在が世界から魔素を引き出して事象化するのが魔法で、生き物が生命の力と自分の魔力で事象化するのが魔術です」
お立ち台に立ち、黒板に【魔法】と書いてから、『環境魔素(世界に漂う魔素)』→『神・精霊(人知を超えたやばい存在)』→『事象(世界規模)』と書き込む。
その下には【魔術】と書き、簡単な人の図を書いてから『自己魔力』→『生命活動と理念』→『事象(周囲規模)』と書いた。
「なるほどわかりやすい」
カロ様も理解したようなので、話を続ける。
「それで、カロ大尉の違和感も正しいんです。信仰魔術っていうのは魔術の限界を超えて魔法に近い出力を出せる、数少ない魔術の一つなんですよ」
私は、その魔術の図にある人の絵からずずいっと『神・精霊』へと矢印を伸ばす。
「つまり、さっき言っていた『助けてください!』というのは」
「そうです。神様に魔法をお願いする魔術が信仰魔術なんです」
「なるほど、そりゃあ人の域を超えているわけだ」
「もちろん理念制御の制限はありますけど、それでも人の身でフォロワーと戦えるくらいに強化されますからねー」
「効率がいいわけだ」
「効率はいいですが、おそらくリスクはあります。古今東西の文献でも神との取引は大抵こっちが不利です。そのリスクさえも、信仰で上書きした理念でねじ伏せていると考えたら――それは狂気の沙汰です」
ことん、と私はチョークを置く。
「ただ、残念ながら、狂気は戦争と相性がいいんですよ。この魔術ができたからこそ、ルツィー神国は攻めてきたんだと思いますよ」
席について、お茶を飲む。はちみつで甘くなって美味しい。
「神使についてはこれぐらいにして、どうでした、ホブゴブリンを操縦して」
「そうだな……デザートスプリガンとの比較になるが」
すう、とカロ様が息を吸い、続けて喋る。
「まず、何と言っても力が足りないな。デザートスプリガンだと力を込めて押し付けることができたところが、ホブゴブリンだと押し負ける。あと足技を幾つかやってみたが、直撃するタイミングが遅れたり、上げようと思った位置に足が上がってなかった。これについては類感同期がうまくできてないと思う。類感同期については反応速度にも影響しているな。ホブゴブリンから得る感覚フィードバックは骨と筋肉に埋まっている感じだ。肌感覚がない。しかし、稼働時間は特筆すべきだと思う。今回逃げ切れたのも、この稼働時間のお陰だ。稼働時間は作戦遂行時間と同義だからな。それに理念制御の負担が格段に少ないのもいい。デザートスプリガンを乗り回したときと比べて精神的負荷が軽いから、それだけ行動の精度が出せる。鍛錬次第だと思うが、神使のスピードにもついて行けると俺は思う。それから――」
嬉々としてホブゴブリンの乗り心地を語り始めるカロ様。
それは今までで一番明るい声色だった。
「ちょっと待って」
それを一旦切り、私は研究室の奥から魔導具を取り出す。
「もう一度最初から、録音していいですか?」
録音の魔導具に記憶魔結晶を差し込み、マイクをカロ様に向けた。
これで毎晩、カロ様のいい声が聞ける!
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