クマの罪 人の罰
朱い山から吹く風は
どこか爽やかでからっとしてて
妖しい匂いを吹き下ろす
萌える穂の道を歩く人は
燃える山へと消えて行く
「山道は気を付けなよ」
すれ違った旅人は鈴の音を鳴らしながら
言葉でも忠告してきた。
「やっぱここは出るんですか?」
知らない旅人に訪ねる私もどうかと思う
「出るよ、霊も、そしてクマも、気を付けなよ」
あんたは降ってきてるじゃないか
「ありがとうございます」
お互いお辞儀をして俺は山道を登る
登山では暗黙のルールがある
誰が始めたかわからないが、すれ違い様に
「こんにちは」など挨拶をするのだ
駅で誰かとすれ違うたびに挨拶なんかするか?
でも山ではするのだ。郷に入っては郷に従えと言うことか。
しかし、ただただ山を登るだけだと言うのに
こんなに惹かれる理由はなんだろう?
「タクは前世でなんかあったんじゃない?子供の時からそうだ」
後ろを歩くのは、去年から登山に誘った幼なじみのヒロ
「ヒロ、そろそろお前も山に惹かれるようになったんじゃないか?」
今回はヒロから誘われて登山にきた。
「なんだろうな、やっぱ秋の山は気持ちいいよな」
「あぁ、気温も丁度いい。こんな陽気はそうはない」
一年で過ごしやすい日というのはかなり少ない。
「さ、山頂まであと半分!」
俺たちは一歩ずつ足を出す。
トレッキングシューズが岩と土と俺たちの身体を繋ぐ
バキッと左の方から枝の折れる音がした。
「き、聞こえたか?」
小声でヒロに確認した。
「なにかいる…?」
ヒロはそっと左側を見た。
なぜだろう。この光景、瞼の裏に再生されるこの映像はなんだろう。
デジャブ…?というやつか?
だが、俺の脳裏に写る景色は茂みに隠れている。
手足が震える。
怖いのか?この俺が?なにを怖がっているんだ。
「おい!俺のテリトリーだ!入ってくんじゃねぇ!」
俺は立ち上がり二人の登山者に走りかかった。
緑の帽子を被った旅人目掛けて走った。
「危ない!」
赤い帽子の旅人が、緑の帽子の旅人を突き飛ばした。
赤い帽子の旅人は、この朱く燃える山に溶け込んだ
バゴンと音と共に一瞬山の色が濃くなったように見えた。
次第に目が霞み、俺はついに倒れこんでしまった。
痛い。寒い。前足が、後ろ足が動かない。
ぼんやりとした意識の中で、
頭の中に声が木霊する。
「お前、人間を襲ったな」
「はい、俺のテリトリーを犯されたと思い襲ってしまいました」
「では、習わし通り、お前は人間に生まれ変わる、お前の使命を果たすがよい」
その声を最後に映像が途切れた。
「タク、ヤバい…クマだ」
俺は我に返った。
「ヒロ、視線をそらさずにゆっくり下がれ」
俺たちはゆっくり立ち退く。
だが、クマとの距離は詰まるばかり。
「こ、こええ、死ぬかもしれない…神様!どうか…」
ヒロは戦意喪失。
クマの目付きが鋭くなる。
途端にクマが走り出した。
「ヒロ!逃げろ!」
俺はヒロを引っ張った。
だがクマはすぐに追い付いた。
クマが腕を振り上げた。
腕を伸ばすと2m以上ある。
勝てるわけない。
「ヒロ、ありがとう」
意思とは裏腹に俺はとっさにクマに体当たりした。
俺とクマは山道を転がるように下った。
絶壁の崖から俺もクマも飛んだ。
ふわりと感じる浮遊感のなかで。
「あぁ、思い出した」
人間を襲って撃たれた時に聞こえた声。
今もその声は頭の中で囁いている。
「クマよ、人間を襲ったお前は罪を背負いました」
そうだ、それで罰を受けたんだ。
「そしてお前の罪は消えました」
俺はその言葉の意味を理解した。
そして山はまた朱く化粧をした。




