オフピークトレイン
乗ってしまった。今日も乗ってしまった。明日も乗ってしまうだろう。
「おはようございます。本日も当鉄道をご利用いただきありがとうございます。
この電車は、各駅停車 いなか駅行きです」
徐々に景色が速く変わりゆくようになってきた。
この電車は地面に根を張ろうとする俺の足を、
強引に根こそぎ運んでしまう。
この電車という乗り物は嫌いだ。
俺の家と職場をレールで繋ぎ、
「お前は 休めない」と訴えてくるかのように年中無休で動いている。
ただ、顔を上げれば同士がいる。
お、今日は寝るのか、ゴンザレス。
あの向かいの座椅子に座るオールバックのおっさんは高確率で新聞を読む。
なんでゴンザレスと言っているのかというと、
以前読んでいた新聞の見出しにゴンザレスと書いてあったからだ。
お前も同じかゴンザレス。
誰かの手によって引かれたレールが、
さも俺たちの人生のレールとなっている。
「つぎは~南横丁、南横丁」
お、ザベスが乗る駅だ。今日は何色の服を着ているか当てよう。きっと緑だな。
コツコツと音を立ててブランドバッグを手に持ち歩く女がゴンザレスの前に立った。
ザベス、今日は赤か!ち、俺の負けだ。今日はA定食にしよう。
俺はいったい誰と争っているのか。
電車は蛭川の橋を通過している。
しかし今日は乗客が少ない気がする。やけに眺めがいい。
何か違和感がある…今日…何かが起きる予感がする。
「つぎは~北横丁、北横丁」
北横丁の番長、蛭川が来る。あ、あの入り口のじいさんやられるな。
停車した電車がドアを開けた。
そこから乗車したのは3人程度だ。
おかしい、番長が来ない。風邪でも引いて学校休んだのか?
蛭川と言っているのは、蛭川橋を過ぎた北横丁駅から乗ってくるからだ。
番長は今どき珍しい長ランを着た高校生だ。
あ、そうか、今日は県民の日だ。だから学生が全然いないのか。
いつもより人が少なかった違和感にようやく気が付いた。
だが、何かがおかしい。鼻がツンするような感覚は何だろう。
「つぎは~商店街前、商店街前」
ここはすごいぞ、来るぞ奴らが…
扉があいた瞬間、「ちょっとどきなさいよ」と我先に人をかき分け、
俺の前に立った。
イノさん…今日は俺の前かよ…
そして声が聞こえてくる。
「今日はハンバーグがいいな」「作って帰りを待っているわね」
今日も熱々だな、バカップルは。
イノはその名の通り、イノシシからとった。
いつもこのように人をかき分けては座席の前に立ち、誰かが下りれば一目散に席をとる。
そして再び電車が走り出した。
何だろう、今日の車内は何かがおかしい。
そして俺の違和感は悪寒に変わる。
ふと目を閉じて、再び目を開け俺は前を見た。
俺の背中に何かがはっているような、ぞぞぞという感覚が起きる。
お、俺の目の前の席にザベスが座っている…。
俺はあたりを見まわした。
いないのだ。ゴンザレスが。見間違えなんかじゃない。
ゴンザレスが消えた。神隠しか…?
彼が下車する駅はまだ先のはず…今まで一度もなかった。
こみ上げる悪寒とともに頭がくらくらしてきた。
俺はいつの間にか意識を失っていた。
目が覚めると、同じ車両に誰も人がいなかった。
突然消えたゴンザレス。
真っ赤な服のザベスもいない。
イノも、あのバカップルもいない。
この列車は次々と人を食べてしまったというのか!?
次は俺の番かと思うと、背中が汗でびっしょりだった。
「本日もご利用ありがとうございました。次は終点、いなか駅、いなか駅」
誰もいない車内には、いつものようにアナウンスが流れていた。
ふとおでこを触った。どうやら熱があるらしい。風邪をひいてしまったようだ。
今日は早退しよう。
俺は、駅のホームを降り、下り改札口と書かれた階段へゆっくりと歩き改札を出た。
俺の勤めている会社はこの駅から15分ほど歩いた場所にある。
駅を出て目の前のコンビニで栄養ドリンクを買い、
俺は再びいなか駅に戻り、上り改札口を通りゆっくりと歩き出した。
会社に「すみません、体調不良でお休みします」と伝えた。




