第2話:狩られるのはそちら
「……聞いているか?」
店主が電話越しに尋ねる。
「……聞いでね」
「いや、聞けよ」
「嘘だよ、ちゃんと聞いではいるさ」
イェーガーが笑い交じりで応える。
「今回の話だが……」
「いつも通り依頼人とメッセージでやりどりした。詳細は把握してら」
「ああ、それはそうだろうが……」
店主の声が気持ち小さい。
「なによ、なにが問題でも?」
「……」
「………」
「…………」
沈黙が続く。
「黙ってでは分がらね」
イェーガーが少し苛立ち気味に口を開く。
「ああ」
「何? 気になるごどがあったら言っでみて」
「……難しいんじゃないか?」
「え?」
イェーガーが電話を持ちながら首を傾げる。
「さすがのお前でも困難なミッションだと思うのだが……」
「……そう思う根拠は?」
「今回のターゲットは人気アーティストだよな」
「んだな」
「つまり……アレだ」
「アレ?」
「人前に出るのはコンサートに限られるだろう」
「コンサートって、イマドキはライブって言うんだよ」
「……それはどっちでも良い」
「あれ? 怒った? 冗談だって~」
「会場で狙撃するつもりか?」
「んだね」
イェーガーが鼻の頭を擦りながら応える。
「いくらなんでも無理だろう」
「なして?」
「会場は厳重な警備が為されている。それをかいくぐって狙撃など……」
「別にがいぐぐるつもりでねよ」
「何?」
「お客として堂々ど乗り込むのさ」
「! ……本気か?」
「マジもマジだよ」
「……勝算はあるのか?」
「愚問だね。無ぇばやらね」
「む……」
「そろそろ時間だんて切るよ」
「なっ⁉ ちょ、ちょっと待て、コ、ライブは別の日じゃ……」
イェーガーは電話を切って視線をある方向に向ける。
「さでど……」
視線の先には、大手のCDショップがある。若い女の子たちが列を成している。
「うわあ~マサト様のハグ会なんて楽しみ~」
「このためにCDも物販も買いまくったからね。ぶっちゃけ、三桁万円飛んだわ」
「うん、でもマサト様にハグしてもらって、しかも愛の言葉を囁いてもらえるならそれくらい安いもんでしょ?」
「それな!」
マサトというアーティストのファンの女の子たちがキャッキャと盛り上がっている。イェーガーもその列の最後尾に並ぶ。今日のイェーガーはバンド好きな女の子、いわゆる〝バンギャ〟と呼ばれるようなファッションをしており、場に溶け込んでいる。しばらくするとイベントが始まる。最後尾のイェーガーが係員に促される。マサトが両手を広げる。
「さあ、おいで、可愛い子ウサギちゃん……」
「……!」
「!」
フロア内に警報ベルの音が鳴り響く。マサトも係員も周りのファンも混乱する。
「ウサギ? 狩られるのはおめだ……」
(マサトはわたしに散々貢がせて、ボロ雑巾のように捨てたの! 他にもそういう女が多いみたい。アイツだけ旨い汁を吸っているなんて……許せない……!)
「女の恨みってのは怖えな、迂闊に接近イベントなんてするもんでねえよ……」
依頼人とやりとりしたメッセージを思い出しながら、イェーガーが呟く。革ジャンの内ポケットから警報ベルの鳴り響いたタイミングで拳銃を発砲したのだ。警報ベルはコインで割られていた。これもイェーガーの仕業である。混乱のドタバタに紛れ、その場を後にする。
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