50:リズの真意
帝都第一中央銀行の特別会議室は、一触即発の状況にあった。ユウマ・カサギとクラリス・ヴァンルートは、デキサン侯爵の息のかかった内部調査局の責任者と、彼に従う警備員たちによって、追い詰められていた。
「貴様たちを、再び拘束する! この銀行の秩序を乱す者は、容赦しない!」
責任者の声が、会議室に響き渡る。警備員たちが、無表情な顔でユウマとクラリスにじりじりと近づいてくる。
クラリスは、ユウマの手を強く握りしめた。彼女の顔には、屈辱と、そして愛するユウマを守ろうとする強い意志が浮かんでいた。
「査定官さん……!」
ユウマは、クラリスの手を握り返し、冷静な視線で警備員たちを見据えた。彼の心の中には、この状況を打開するための、あらゆる可能性が巡っていた。しかし、彼らが今、できることは、限りなく少なかった。
その時、会議室の扉が、再び静かに開かれた。
そこに現れたのは、白い車椅子に乗った一人の少女だった。彼女の顔は、病弱なせいか血色が悪かったが、その大きな瞳には、確かな光が宿っていた。
「リズ……!?」
クラリスが、驚きの声を上げた。リズが、この場所にいるはずがない。彼女は、病のために、ヴァンルート邸で静養しているはずだった。
警備員たちも、突然の来訪者に戸惑い、動きを止めた。
リズは、車椅子を自ら操り、ゆっくりと会議室の中へと入ってきた。その背後には、セバスチャンが、心配そうな表情で控えている。
リズは、ユウマとクラリスの元へと進み、その手前で車椅子を止めた。彼女の視線は、会議室にいる全ての銀行幹部と、内部調査局の責任者に向けられていた。
「皆さま、わたくしは、リズ・ヴァンルートと申します。クラリス姉様の、妹です」
リズの声は、か細かったが、その言葉には、確かな意志が込められていた。会議室にいた者たちは、誰もが、彼女の突然の登場に、息を呑んでいた。
内部調査局の責任者が、戸惑ったように言った。
「リズ・ヴァンルート嬢。貴女は、ここに何の用だ? 病の身で、このような場所にいるべきではない」
リズは、責任者の言葉を無視し、クラリスの顔を見上げた。
「姉様……貴女が、わたくしのために、どれほどの犠牲を払ってきたか。そして、どれほどの苦しみを一人で抱えてきたか。わたくしは、全て知っていました」
リズの言葉に、クラリスの瞳が大きく見開かれた。彼女は、リズに、自身の「悪女」としての真実を、全て隠しているつもりだった。
「わたくしが、この病を患ってから、姉様は、ずっと無理をしていました。社交界で『悪女』を演じ、父の汚名を晴らそうと、一人で戦ってきた。わたくしを、この汚れた世界から守ろうと、必死になってくれた」
リズの声は、震えていた。彼女の瞳から、大粒の涙が溢れ落ちる。
「でも……姉様。貴女は、わたくしを『守る』ことばかりに囚われて、本当の『信用』を見失っていたわ」
リズの言葉は、クラリスの心を深く突き刺した。彼女は、自分の「愛」が、時にはクラリスを縛り付けていたことを悟った。
そして、リズの視線が、ユウマに向けられた。
「ユウマ・カサギ査定官様。貴方は、姉様に『感情担保融資』という、奇妙な契約を結んでくださいましたね。そのおかげで、姉様は、自分一人で全てを抱え込むのではなく、誰かと『真の信用』を築き上げることを知った」
リズの言葉に、ユウマの胸に熱いものがこみ上げた。彼は、リズが、二人の関係の「真の信用」を理解していることに、深い感動を覚えた。
そして、リズの視線が、再び銀行幹部たちと、内部調査局の責任者に向けられた。彼女の瞳は、涙で潤んでいたが、その奥には、強い決意と、そして、これまで知られていなかった「ある真意」が宿っていた。
「皆さま……わたくしが、この病を患ったのは、決して不運だけではありません」
リズの言葉に、会議室にいた者たちは、誰もが息を呑んだ。
「わたくしは、この帝都の『信用スコア』というシステムが、いかに人を蝕むものかを知っていました。父が、その犠牲になったことも」
リズの声は、か細かったが、その言葉には、確かな重みがあった。
「そして、わたくし自身、この病を通して、この社会の『偽りの信用』を、身をもって体験してきました。わたくしの病は、わたくしに、『感情』の真の価値を教えてくれたのです」
リズの言葉は、会議室の空気を震わせた。彼女は、自らの病を、この社会の「偽りの信用」と「真の信用」を見極めるための「試練」として捉えていたのだ。
「わたくしは、この『感情』を、ずっと隠してきました。姉様を心配させたくなかったから。しかし、今、この場で、わたくしは宣言します」
リズは、深呼吸をした。そして、彼女の瞳に、強い光が宿った。
「わたくしの『信用』は、決して数字では測れません。わたくしの『信用』は、姉様への『愛』と、そして、この帝都の全ての人の『感情』を信じる心の中にあります」
彼女の言葉は、これまで銀行が「誤差」として排除してきた「感情」の価値を、最も純粋な形で提示するものだった。
「そして、ユウマ・カサギ査定官様と、クラリス姉様が目指す『真の信用』は、決してこの帝都を混乱させるものではない。それは、この帝都に『再生』をもたらす、唯一の道だと、わたくしは信じています」
リズの声は、最後には、会議室全体に響き渡るほど、力強くなっていた。彼女の言葉は、純粋で、偽りがなく、そして何よりも「感情」に満ちていた。
銀行幹部たちは、リズの言葉に、誰もが言葉を失っていた。彼らは、リズを単なる病弱な少女としか見ていなかったが、今、彼女の口から語られる「真意」は、彼らが長年信じてきた「数字の信用」の脆さを、明確に示していた。
内部調査局の責任者の顔から、血の気が引いていた。彼は、デキサン侯爵の命令に従い、ユウマとクラリスを拘束しようとした。しかし、リズの言葉は、彼自身の心の奥底にある「感情」を揺さぶり始めていた。
リズは、ユウマとクラリスの顔を見上げた。彼女の瞳には、二人の「真の信用」を信じる、揺るぎない光が宿っていた。
「ユウマ査定官様、姉様。どうか、わたくしの『感情』を信じてください。そして、この帝都に、『真の信用』を築き上げてください」
リズの言葉は、ユウマとクラリスにとって、何よりも力強い支援の言葉だった。彼らは、リズという、最も純粋な「感情」の象徴が、彼らの味方についていることを知った。
会議室の空気は、完全に逆転していた。デキサン侯爵の最後の抵抗は、リズの「真意」によって、完全に打ち砕かれたのだ。彼女の「感情」は、この帝都の「信用」のあり方を、根本から覆す力を持っていた。




