表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/53

40:彼女に利息はあるか?


帝都第一中央銀行の厳重な取り調べ室で、ユウマ・カサギは静かに尋問を受けていた。マリナ・フロセミドの逮捕からすでに数日が経ち、帝都の混乱は未だ収まらない。特に、クラリス・ヴァンルートが自ら開いた記者会見は、世論を大きく二分し、銀行内部にも大きな動揺を与えていた。

ユウマの目の前には、内部調査局の尋問官たちが、これまでと同じく冷徹な表情で座っている。彼らの手元には、クラリスの記者会見の記録と、それに対する世論の反応を示す資料が置かれていた。

「ユウマ・カサギ査定官。先日のクラリス・ヴァンルート氏の記者会見について、貴方の見解を伺いたい」

尋問官の一人が、画面を操作し、クラリスが涙ながらに妹への愛情を語る映像を流した。

「彼女は、これまでの自身の行為を全て認めました。詐欺的契約、資産の食い潰し。その上で、『妹を守るため』という私的な感情を理由に、同情を引こうとしています。このような人物を、貴方は信用できるとお考えですか?」

尋問官の声には、明確な非難の響きがあった。彼らは、クラリスの行為が、いかにこの社会の「信用」という概念に反しているかを強調し、ユウマが彼女を「信用」していることの「不合理性」を突きつけようとしていた。

ユウマは、クラリスの涙を拭う姿を、静かに見つめていた。彼の脳裏には、初めてクラリスに出会った夜会の情景が蘇る。あの時、彼は彼女を「極悪令嬢」と査定し、徹底的に排除しようとした。しかし、彼女の瞳の奥に見た「感情」が、彼の「査定」を狂わせた。そして、その「感情」が、彼女をここまで導いたのだ。

「ユウマ・カサギ査定官。お答えください。『感情担保融資』の契約者であるクラリス・ヴァンルート氏は、銀行にとって、利息を生む存在となり得るのか? あるいは、リスクでしかないのか?」

尋問官は、ユウマの沈黙を破るように、さらに追及した。彼らは、ユウマがクラリスに「感情担保融資」という異例の契約を結んだこと自体を、銀行の信用を揺るがす行為だと見ていた。

ユウマは、深く息を吐いた。彼の心の中には、クラリスに対する複雑な感情が渦巻いていた。彼女の「嘘」と「真実」が混在する記者会見。その裏にある、妹を守ろうとする純粋な「愛」。彼の「感情査定」の能力は、その全てを読み取っていた。

しかし、この場で、彼が「信用できる」と答えれば、尋問官たちはそれを「私情による判断」として、彼をさらに追い詰めるだろう。そして、「信用できない」と答えれば、クラリスのこれまで全ての努力を否定することになる。

ユウマは、静かに口を開いた。

「……」

彼は、何も答えなかった。ただ、尋問官の目をまっすぐに見つめ、沈黙を貫いた。彼の瞳には、わずかな動揺も、迷いもなかった。それは、彼の「査定」が、この場の尋問官たちの基準では測れない領域にあることを示していた。

尋問官たちは、ユウマの沈黙に、わずかに苛立ちを見せた。

「沈黙ですか? ユウマ・カサギ査定官。それは、貴方がクラリス・ヴァンルート氏の行為を肯定していると受け取れますが?」

「あるいは、貴方は、彼女を査定することすらできない、ということですか?」

尋問官たちの声に、嘲笑が混じり始めた。彼らは、ユウマが「査定不能」の烙印を押されたクラリスと同じく、「査定不能」な存在に堕ちたのだと印象付けようとした。

ユウマは、彼らの嘲笑にも動じることなく、ただ沈黙を守り続けた。彼の心の中では、クラリスの「感情」が、この銀行の「数字」だけの信用を遥かに凌駕する価値を持っていることを、確信していた。

尋問官たちは、ユウマのその毅然とした沈黙に、戸惑いを隠せない。彼らは、ユウマの沈黙が、単なる抵抗ではないことを感じ取っていた。それは、彼の「査定官」としての矜持と、そして彼がクラリスに対して抱く、言葉では表せない「信用」の表れだった。

その頃、帝都第一中央銀行の幹部会議室では、クラリスの記者会見の影響について、緊急会議が開かれていた。重役たちの顔には、疲労と、そして深い焦りが刻まれている。

「クラリス・ヴァンルート氏の記者会見により、世論は大きく揺らいでいます! 彼女の『妹を守るため』という告白は、多くの市民の同情を買い、銀行への批判がさらに高まっています!」

広報担当者が、報告書を読み上げた。彼の声は、震えていた。

「一部のメディアでは、彼女を『悪女』ではなく、『悲劇のヒロイン』として報じ始めています! このままでは、銀行の信用は完全に失墜する!」

総裁は、頭を抱えた。マリナの逮捕、そしてクラリスの「暴走」と「告白」。全てが、彼らの予想を遥かに超えて、銀行の根幹を揺るがしている。

「ユウマ・カサギ査定官の尋問は、どうなっている!? 彼は、クラリス・ヴァンルートの不正を認めたのか!?」

総裁は、内部調査局の責任者に、苛立ちをぶつけた。

内部調査局の責任者は、顔色を悪くしながら答えた。

「それが……ユウマ・カサギ査定官は、クラリス・ヴァンルート氏の『信用』に関する質問に対し、一切の返答を拒否しています。終始、黙秘を貫いています」

責任者の言葉に、会議室は静寂に包まれた。重役たちは、互いの顔を見合わせた。ユウマが、この窮地において「黙秘」を選ぶとは、誰も予想していなかったのだ。

「黙秘だと!? 彼が黙秘することで、クラリス・ヴァンルートの行為を容認していると受け取られるではないか!」

幹部の一人が、机を叩いて怒鳴った。

しかし、別の幹部が、冷静な声で反論した。

「いや……ユウマ・カサギが沈黙した意味は、もっと深いのかもしれない。彼は、クラリス・ヴァンルートの『信用』が、我々の数字による査定では測れない領域にあることを示唆しているのではないか?」

彼の言葉に、会議室の重役たちはざわめいた。彼らは、ユウマの「感情査定」という異端の能力を、常に軽視してきた。しかし、今、彼の「沈黙」が、彼らが信じてきた「信用」の概念に、大きな疑問を投げかけていた。

「彼女に利息はあるか?」

ある重役が、ポツリと呟いた。その言葉は、銀行の存在意義そのものに対する、根源的な問いだった。クラリスの「信用」が、銀行の基準では測れないものであるならば、彼女は銀行にとって「利息」を生む存在たり得るのか? あるいは、全てのシステムを破壊する「リスク」でしかないのか?

ユウマの「沈黙」は、帝都第一中央銀行の内部に、大きな波紋を呼んでいた。それは、彼らが長年信じてきた「信用」の定義そのものに対する、静かなる「反論」だった。そして、その沈黙は、クラリスが仕掛けた情報戦と相まって、帝都の「信用」を、さらに深く揺るがしていくことになるだろう。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ